疑い晴れた後
香山が農場の小屋に戻ってきた。
智子の疑いは晴れ、香山から受けた監禁状態から解放された。
香山は、彼女に気をつかってか、智子の車を北見まで運転した。
さらに途中、香山のお金で燃料を満タンにしていた。
警察署に着くと、智子はようやく車と家の鍵を返してもらった。
「すまない」
「……」
智子は香山に対して何も言わず、そのまま車に乗り込んだ。
智子は車を運転すると、まず運送会社の事務所に立ち寄った。
佐藤に欠勤の説明をすると、涼子社長から連絡があったという。
「警察からお詫びが入ったみたいね」
智子は佐藤に何度も謝って、今日は休ませてもらうことを伝えた。
車で家に戻ると、智子はすぐにアルバートの棺を家に入れた。
そして夜を待って、今度はルビーの姿になると、アルバートと共に農場に向かい、建物に入ると四人をロッカーから出した。
二人で担ぎあげ、メルヴィンの眷属たち四人を、ひとまず智子の家の地下に匿った。
今のところ、四人とも拒絶反応などもなく、順調にルビーの眷属へと変わりそうだった。
暴れたり騒がれたりしないよう、彼と手分けして四人とも毛布に包んだ。
智子はルビーに話しかけた。
『またこの娘たちの『呪い』を解かないといけないのね』
イヴァンナにしたと同じように、どこかでルビーの指示を与えて『呪いを解く』必要があるのだ。
そこまでやって、この件はおしまいだ。
アルバートがルビーを求めてくるので、智子はそっと意識を消した。
疑いが晴れた数日後。
智子はふと、思うことがある。
ルビーの体になっているときに、私はアルバートとセックスしている。
体そのものが智子に戻った時、影響はないのだろうか。
智子のノートパソコンの後ろから、ふらっと白い猫が現れた。
『妊娠するわけないでしょ』
「うそ!」
智子の後ろに立つ佐藤が驚いた声を上げた。
白い猫は、自分にしか見えないはずだ。
「な、なんですか?」
「ほら、ここ!」
佐藤の視線を追っていく。
智子のノートPCの左の方……
「何もないですよ」
いや、智子には白い猫が見えている。
「すぐ消えちゃったけど、ほら、ここに」
佐藤が智子のパソコンに触れると、左下の領域にニュースが表示された。
「消息不明となっていた四人、相次いで発見される、だって。ほら、例のイヴァンナと同じようにいなくなった娘が相次いて見つかったって」
佐藤は勝手に智子のパソコンで記事のウィンドウを広げ、読み始めた。
「四人とも病院で検査を受けたが、短期記憶障害となっている以外は健康に異常なしということ…… だって。全くイヴァンナと一緒ね」
佐藤が気づいたように言った内容が『白い猫』でないことに安心し、智子は胸に手を当ててから、言った。
「とにかく、見つかってよかったですね」
「これで安心して飲みに行けるわね」
それを聞いて、智子は思った。
確かに失踪事件は解決したかもしれない。けれど、世間的には加田の殺害事件も、神河社長の事件も解決していない。
佐藤にとっては、そんな状況でもいいのだろうか。
その晩、智子と佐藤は、山村を加えて飲みに出かけた。
三日月に入ると、すでに大勢客がいて、盛り上がっているようだった。
三人を迎えてくれたのは、いつものアーニャだった。
山村が言った。
「なんか盛り上がってるね?」
「イヴァンナたちが休みをもらってこっちに遊びに来てるの」
見ると、奥の席にはメルヴィンに捉えられた五人が集まっていた。
智子たちは彼女たちの隣の席に案内された。
イヴァンナたちは、智子を見ると何か顔つきが変わった。
「……」
智子はイヴァンナが入院した際に、病院に見舞いに行っていることを思い出し、言った。
「イヴァンナ、体調はどう?」
「智子ありがとう。やっぱり記憶は戻らないけど、体調はとて良いの」
イヴァンナが微笑むと、周りの四人も同じように智子に対して笑みを見せた。
まさか、記憶があるのではないだろうか。
智子は考えた。
記憶しているとしてもルビーの姿であって智子の姿ではないはずだ。
「さっきまで五人で話していたんです。智子さんには言っておこうと思って」
山村と佐藤の方を見ると「気にしないで」と言われた。
智子はそのまま五人のいる席で話を聞いた。
「加田さんと神河のことです」
五人が代わる代わるに発言していく。
壁谷が警察から聞いたことなどを合わせて考えるとこうだった。
スナックの店員と代行運転のバイトを掛け持っていた加田は、ある時、代行運転の依頼を受けて神河社長の車を運転した。
青海が経営する代行運転を派遣会社は、代行運転者が性的サービスを行う風俗営業の裏の顔を持っていた。
神河社長の依頼も、その目的だった。
加田は度々指名されることになり、神河と親しくなっていた。
彼女たちの話だと、休みの日も会っていて、二人の関係は、代行運転とその客、ではなくなってしまったのだ。
「加田、辞めたいって言ったの」
加田は『スナックを』辞めようと考えていたらしい。
「けど、マイナスな感じじゃなくて、プラスの方ね。幸せになりたいって」
加田は神河から妻の涼子と清算し、加田と新しい人生をやり直す、とそう言ったそうだ。
「けど、なかなか仕事を辞めないから、どうしてと聞いた」
そう尋ねると、加田が泣き出したという。
「夏頃は、情緒が不安定になっていた」
「けど、突然、ニコニコしてるから何かあったの、と聞くと内緒と言った」
「デート、と聞くと、ニヤニヤしていたから」
どうやらそれが彼女たちが覚えている最後らしい。
その最後のデートで、加田は神河に殺された。
五人は、警察にそう証言したそうだ。
「店を閉めて帰る時、神河社長の車が走り去っていくのを見た」
「加田は乗っていなかった」
加田と連絡が取れなくなってすぐに、それを言わなかったのはまさかと思っていたからだということだ。
警察は彼女たちの証言をもとにもう一度、加田殺害の件を調べなおすことしたらしい。
「これで解決するといいけど」
智子はイヴァンナが最後に言った言葉が印象に残った。
「神河が死んだのは、きっと加田さんを殺した報いなのよ」
その日以降、智子はメルヴィンの眷属となっていた女性と友達になっていた。
彼女たちは同じスナックで働いているため、全員の休みが合うことはほぼなかったが、それでも暇を見つけては会っていた。
山奥に住んでいる智子が街に出て、レリアとエフゲニーと一緒に服を見ていた。
「いいね、似合うよ」
「けどこれ、どっちかというとイヴァンナの趣味かな」
「イヴァンナは昨日のお店が遅かったから、今日は来れないんだって」
智子は頷くと、質問した。
「サーシャとヴァレリーはなんか言ってたっけ?」
「二人は、健康診断を受けにいくんだって」
「あっ、それ私、受けてない」
レリアがスマホのカレンダーを見て、何か悩んでいた。
「早く行かないと」
「!」
エフゲニーが、何かに気づいたようで、智子の肩を叩いた。
「あれ、アーニャじゃない? 誘った時は何か用事があるとか言ってたのに」
「あっ、ほんとだ……」
智子はアーニャに声を掛けようとして、近づきかけ足を止めた。
アーニャはスマホで誰かと話している。
とても、深刻な顔つきだった。
「!」
冬の北海道で、不自然にもゴルフバッグを二つ持つの男が、視野の隅に見えた。
智子の記憶が蘇る。
吸血鬼を殺すための特殊な銛。それを入れておくための、ゴルフバッグ。
バンパイア・ハンターの冴島だった。
メルヴィンは智子が陽の光で殺した。
眷属だった彼女たちも解放している。
北見に冴島の仕事はないはずだ。
だが、彼が北海道に来ているということは…… まだ、いる。
この瞬間から、アルバートとルビーそして智子の三人は、新たな事件に巻き込まれていくのだった……
おしまい
最後まで読んでいただきありがとうございます。
お手隙でしたら、評価いただけると幸いです。




