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智子のルビー(北海道編)  作者: ゆずさくら


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20/21

真相

 話は数時間前にさかのぼる。

 香山(かやま)に監禁され、農場の建物に残された智子(ともこ)は、彼女の中にいるルビーを呼んだ。

 智子は声を出して話しかける。

「だからってアルバートを見殺しに出来ないよ」

 白い猫として智子の近くに現れたルビーが言う。

『当然。あの男に屈するつもりは無いわ。けど、その前に……』

 白い猫は智子の体に飛び込んだ。

 体は智子のまま、建物の日陰に入り込むと、今度は全身を吸血鬼であるルビーへと変えていった。

 彼女(ルビー)の中で智子は言った。

『こんなことして、どうするの? 日中は動けないのに』

「日陰なら動けるわ。まず、この眷属たちを解放するの」

 ルビーは、小屋の中に倒れているロッカーの扉を開けた。

 そこには予想通り、眷属である女性が眠っていた。

 ルビーは、ロッカーの中で目覚めようとする彼女たちの首筋に牙を立てた。

 血を吸い、ルビーの眷属とする為だ。

 そうか、と智子は思った。

 どのみち彼女達はすぐに人に戻れない。ルビーの眷属となって、呪いが解けるまで、このロッカーの中で眠って貰えば良いのだ。

 二つ、三つ、四つと眷属の血を吸うと、最後のロッカーは、開けずに床を押して移動させた。

 十分に陽の光が届く場所にロッカーを移動させると、ルビーは体を智子に変え、自らは白い猫に姿を変えた。

『智子、早くこのロッカーを開けて』

「開けたら、吸血鬼(メルヴィン)が目覚めてしまう」

『雪が降って弱くなってはいるけれど、この太陽の光を浴びれば、メルヴィンは滅びる』

 眷属にされた女性たちは、まだ完全にルビーの眷属になっていない。

 この状態でメルヴィンが消えても大丈夫なのだろうか……

『迷っている時間はない。ここを抜け出て、アルバートを救いにいく時間も必要なのよ』

 ルビーは、このまま日中の光りの中を移動し、アルバートを香山の捜索から隠す気でいるのだ。

「わかった」

 横倒しになったロッカーの扉に手をかけた。

 そして、思い切りよく開くと、中で眠る男に陽の光が降り注いだ。

「うっ……」

 ロッカーの中にいる吸血鬼(おとこ)が、目を開いた。

 焦げるように溶けていくメルヴィンは、手を伸ばすと智子の腕を掴んだ。

「は、放して!!」

 殺される。

 その力の強さに恐怖を感じ、智子は必死に抵抗する。

 掴まれた腕を振り払うためにルビーの力を借りたら、その腕も焦げ溶けてしまう。

 自らの力で外すしかない。

「放せ、放せ、コンニャロ!」

 智子は、人生で初めて言うような乱暴な言葉を吐き、全力で腕を引っ張った。

 ここで時間を使ったら、アルバートを助けに行く時間がなくなってしまう。

 殴ったり、足を使って必死に力を振り絞ると、焦げた腕がちぎれた。

 するとメルヴィンの体は、陽の光に耐えきれず、端から崩壊していった。

 智子を掴んだままの腕を、窓際に近づけると、陽の光を浴び燃えるように消えていった。

「……ふぅ」

 消え去る瞬間、メルヴィンの腕から流れてきたのか、智子の脳裏に過去の映像が浮かんできた。



 メルヴィンが、自らの指先を扉の鍵穴に差し込んで、ねじった。

 彼は何かを行い、両側が鍵になっているこの小屋の鍵を開けたのだ。

 外にいた神河(かみかわ)社長が、メルヴィンに呼ばれるまま建物に入ってくる。

 そもそも、神河をこの場所に呼んだのも、メルヴィンだった。

 メルヴィンは姿を隠しながら、神河社長に近づく。

 そしてジャケットのポケットから、神河のスマホを抜き取った。

「!」

 ようやく気づいた神河はスマホを取り返そうとするが、メルヴィンに片手で押さえつけられてしまう。

「すぐ返してやる」

 メルヴィンは姿を隠したままメッセージを打つ。

 メッセージの宛先は笹川智子だった。

 死の当日、神河社長がここに立ち寄ったのは『日中で動けないメルヴィン』の考えた、苦肉の策だったのだろう。

 メルヴィンが智子を神河社長殺しの犯人にしたてあげるために呼んだのだ。

 メルヴィンがやったのはここまでで、実際に銃で撃って殺すことは『眷属』である彼女たちにやらせたのだ。

 完全な吸血鬼ではない彼女たちは、指先を鍵に変形させることなど出来ない。

 だから扉のデッドボルトを切断するようなやり方で侵入し、智子が出来るような方法、つまり、銃を使って社長を殺害した。

 これらは全てメルヴィンがこの小屋で眷属に指示を出し実行させたのだ。



 ため息をついている智子に、ルビーが話しかける。

『正念場はここからよ』

 日中の世界を、どうやって香山の車より早く家に戻るのか。

 そして、棺ごとアルバートを匿わねばならない。

 智子の力では到底無理な話だった。

「ルビー」

『扉に近づいて』

 幸い小屋の扉には陽の光が届かない。

 智子は差し出した右腕の感覚がなくなっていくのを感じた。

「どうするの? 例の切断をしたら、思うツボよ」

『メルヴィンは、ここをどうやって出入りしたのかしらね』

 ルビーの声が頭に響くと、感覚のない右手が黒く、細く変形した。

「な、何これ!?」

『先端を鍵穴に入れるように押し当てて』

 智子は感覚のない右腕の先を、鍵穴へ押し付けていく。

 変形しながら、右腕の先が鍵穴へ入っていく。 

『捻って。捻らないと形がわからない』

 智子は言われた通り腕を捻ると、何度かやっているうちに腕が回った。

「開いた!」

 腕の先が鍵の形に変形して解錠したのだ。

 智子は腕を引き抜いて、取っ手を回すと扉の外に出た。

 同じように扉を閉め直す。

 右腕はあっという間に人間のものに戻っていた。

「けど、家にはどうやって帰るの? 相手は車……」

『体格を変えず、筋力を増強するわ。体のコントロールも私に預けて』

 いつもなら、体を全てルビーに切り替えてしまうが、今、それをやったら吸血鬼にかけられた呪いにより陽の光で焼けこげてしまう。

 筋肉とコントロールだけなら、日中でも活動できると言うことだろうか。

 敵と戦うために、体表面を硬化させたりしたら、やはり吸血鬼の呪いが発動してしまうだろう。車より早く家に着くだけなら、この体で耐え切れると言うのか。

『靴を脱いで、バッグに入れて。車より早く家に着くように体を動かすと、この靴は壊れてしまう』

 智子はルビーに言われるまま靴を脱ぎ、靴下もバッグに入れた。

 凍った地面に素足で立つと、激痛が頭を襲った。

「痛い!」

『痛覚は遮断できない。私も同じ痛みを感じているから、耐えて』

 智子はルビーに突き動かされるまま、走り出した。

 体感は彼女と共有していた。

 力強く、凍った地面を蹴る感覚が、足の裏から返ってくる。

 視野に入ってくる景色の変化が、路面を走る自動車より速いことを物語っていた。

 足の裏に感じる激痛が、さらに痛みを増した。

 平坦な農場から、森に入った時、足の裏を切ったようだった。

「めちゃくちゃ痛い!」

『時々、足の裏を硬化させているから、もう少し我慢して』

「あと、地面に血がついちゃう」

 そう言った時には、智子の体は木の枝と枝の間をジャンプしていた。

 この広い森の中で血を流したとしても、香山はその血に気づくこともないだろう。

 木々の間を飛び移っていると、あっという間に自宅に着いてしまった。

 足の裏は、この時すでにマメのように硬化し、血も止まっていた。

 智子は、慎重に周囲を観察し、警察関係者がいないと判断すると家の扉に下りた。

 ルビーに腕を鍵に変えて入ろうと考えたが、智子は考え直して建物の窓へ回った。

『なぜ扉から入らないの?』

「この扉の鍵はマグネットキーなのよ。それでも開けられる?」

『……ええ。いいわ、窓から入りましょう』

 智子は窓に近づき、太陽の光を浴びないよう、右腕を体で隠した。

 右腕がルビーによって黒く平たく変形すると、窓の隙間に差し込まれた。

 中に入った右腕の一部が、ウネウネと部屋の中に入り込み、内側のロック付きクレセント錠を開けてしまう。

 素早く腕を引き戻すと、智子の右腕の形に戻った。

 智子は家に入ると、すぐに地下に入った。

「アルバート! 寒いだろうけど、棺を外に出すわよ」

 智子は自身の力では、とても持ち上げられないだろう棺を持ち上げた。

 器用にバランスをとりながら、棺を抱えたまま縦の穴を上る。

 そして棺を持って外に出た。

 土が盛り上がっていて、死角になると判断すると、家から見て小山の反対側に棺を置いた。さらに周囲の枯れ枝などを集め、棺をカムフラージュすると、智子は家に戻った。

 地下の扉を閉め、窓から出ると、再びルビーの能力で窓をロックした。




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