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年越し

 笹川(ささかわ)智子(ともこ)は吸血鬼だ。

 いや、完璧な吸血鬼なら呪いで日中外に出られない。

 吸血鬼と混じっている変種なのだ。

 智子の中にいる吸血鬼はルビー・ハートリッジという吸血鬼だった。ハートリッジけは西欧の吸血鬼では大きな勢力をもつ家系だったが、敵対するノクター家のアルバートと駆け落ちしてしまったのだ。

 ルビーはノクター家から恨まれ、命を狙われるようになった。しかもハートリッジ家の一部には、ノクター家と結びついたルビーを嫌うものもいて、同じようにルビーを殺そうと考えていた。

 ルビーはハートリッジ家の血による支配(・・・・・・)を受けないように、取り込めるはず(・・・・・・・)の智子を生かしたままにしているのだった。

 智子は都心で起きたある事件で、そこに住めなくなり、北の地(ここ)へと移住してきたのだった。

 北見市から網走に向かう道道104号の途中で山道に入ったところに立っている、ある建物の権利を買い取って、そこで暮らしていた。それはリトリート用に数十人が共同出資して建てたものだったが、北海道の田舎が想定より維持費がかかり、出資者が建物を共同で利用する試みは失敗してしまった。

 智子とアルバート二人で暮らすには広すぎる家だったが、共同使用の建物よりは一般的な住居の用途として使用する方が維持費は安く済むらしい。

 智子は、勤めている運送会社の事務所に小さなオフロード車を使って通っていた。

 その日も勤めが終わってあがろうという時、声をかけられた。

智子(モコ)ちゃん、山村(やま)ちゃんと飲みいかない?」

「いいですよ」

 智子は言った後、思い出したように付け加えた。

「けどこの前奈美(なみ)さん、市内の飲み屋で怖い話があるって」

「ああ、あれ? あれは店員さんがさらわれてるみたいだから、客として行くなら大丈夫じゃない?」

 三人は、事務所を離れ、それぞれの車で市街に入った。

 提携の駐車場に停めて、少し歩く。

 そして、いつものスナックの前についた。

 小さなビルの一階がスナックになっていて『三日月』という看板がついている。

「あら、いらっしゃい」

 店に入る直前、背後からそう言われて、三人は振り返る。

 男性の山村よりずっと背の高い女性が立っていた。

「アーニャ」

 山村がいきなりハイタッチする。

 アーニャはこのスナックで働く従業員だ。

 親はロシア人らしいが、彼女はこの国で生まれた。本来彼女の髪は真っ黒なのだが、合わないということでいつも真っ白に染めているそうだ。

「もう年末ね」

「久しぶり」

「そうですよ。山村さんもっと『三日月』に来てくれないと」

 智子たち三人はそのままスナックに入って席に座ったが、アーニャは店の奥に消えた。

「いつものでいい?」

 そう言って山村が、智子と佐藤の分も注文する。

 しばらくすると、アーニャが山村の注文した飲み物を持ってテーブルにやってきた。

「本当に久しぶりね」

「元気してた?」

「いきなりこんなこと言いたくないけど」

 佐藤が、ピンとした様子で山村の袖を引っ張る。

 そして気遣うような小さい声で言った。

「あの事件?」

 アーニャが頷く。

 どうやらこの店の近くでも事件があったらしい。

「インバウンドの客には気をつけろって言われてるのね」

「インバウンドって言ったって、そこら中に」

 観光でやってくる人間は、中国、韓国、米国や西欧諸国、あちこちの人間がいる。

 警戒する対象が多すぎる。

「アジア系ではないみたい」

 智子は咄嗟に考えた。ハートリッジ家の手の者なら、おそらくアジア系ではないだろう。ルビーが言うには、眷属(けんぞく)として手下として働く者を集めているのではないか、と言っていた。

「国外とかに連れ去られちゃうのかしら?」

「佐藤さん、あんまり深いこと訊ねたらかわいそうだろ」

「いいのよ。なんとなく、覚悟してるから」

 智子はもし、この行方不明がルビー、もしくはアルバートを狙った吸血鬼の仕業だとしたらどこかに連れ去ることはないだろう。同様に死体も見つからない。

「多分、人種差別をするような人が犯人よ」

「どうしてさ」

「スナックで働く日本人は連れ去られないからよ。みんなロシア系だわ」

 智子はネットで北見市の一連の事件をまとめた記事を、あらためて調べてみた。

「最初に奈美さんにその記事を見せてもらった時、確かにカタカナの名が多いなと思ったけど、事件の一番最初、夏に姿を消した人は日本名だったわ」

「それともう一つ」

 アーニャは震えた。

「私みたいに大柄な女性を狙うみたいなの」

「ロシア系でも小さい女性は行方不明になっていないの?」

 アーニャは頷いた。

 そうか、と智子は頭の中で納得した。吸血鬼が自らの手下となって働く者を捉えているのであれば、体格が大きい者を選ぶだろう。最初に捕まったカタカナ名ではない女性はもしかして、体は人並みはずれて大きいのかもしれない。

 そして皆、スナックで働いているため、深夜まで繁華街にて、かつ、店が終われば一人になりやすいのだから、捕まえるには最適だ。

「俺がついててやるよ」

 山村が大きな声でそう言った。

「本当!?」

 智子は山村のそういう軽い発言は少し直すべきだと思っていた。

 何分後かに同じことを言うのであればいいのだが、大抵、言ったことを忘れてしまっている。

 時間が経ち、店の客も増えたり減ったりすると、アーニャもいろんなテーブルに移動したり戻ってきたりした。

 智子はアルコールを飲まないでいたのだが、山村と佐藤はずっと酒を頼んでいたので、だいぶ出来上がってきていた。

 アーニャが山村と佐藤の酒を持ってくると、再び行方不明者の話になった。

「さっき帰ったお客さんがね、事件の後もイヴァンナを見たっていうの」

 受け取った酒を飲んでいた山村が、イヴァンナの名を聞いて反応した。

「知ってる知ってる。イヴァンナってすごい大きい()で、一本向こうの通りの店にいるでしょ」

 佐藤が突っ込む。

「だから行方不明になったんだって、ちゃんと話聞いててよ」

「その人は見間違えるわけないって。確かに街灯の壊れた裏通りに立ってたって」

 智子は確信した。

 やっぱり予想通り、吸血鬼が手下を増やすために彼女達を捕まえたのだ。

 今は吸血鬼となって、指示されて闇を動いているに違いない。

「ねえねえ、アーニャ、アーニャも巫女のバイトしない?」

「智子さんがするならやります」

「そうだ智子(モコ)ちゃん、やるよね? そろそろ返事もらっとかないと」

 智子は全く返事を考えていなかった。

「まだ流氷は来てないかもだけど、神社から冬の海が見えるよ、オホーツク海だよ。東京の人は見たことないでしょ!? あと、網走湖は全面凍りついてるよ、二月になればお祭りもするし……」

 いや、巫女のバイトは大晦日と元旦だけだったはず。二月のお祭りなんて全く関係のない話だった。

 だが、佐藤が追い討ちをかけてくる。

「田舎の正月はやることないから、巫女のバイトとか面白いと思うけどなぁ」

 以前、この件についてルビーに訊ねた時、彼女はやってもいいんじゃないかと言っていた。おそらく狙われるのはルビー。つまり智子の方であって、アルバートを襲ってはこないだろうと言うことだ。

 アルバートが心配なら、いざとなれば壁谷(かべや)を……

 だから、この件に関しては智子の意志で決まることなのだ。

「アーニャもやる?」

「ええ、智子さんがやるならやりましょう!」

「じゃあ、やる」

 山村は大きな声を出して喜んだ。

 そしてアーニャと派手なハイタッチをした。

 夜は更けていき、智子は帰ることにした。

 智子が帰り支度をすると、山村がグラスを置いた。

「俺も帰ろうかな」

 やっぱり言ったことへの責任がない。智子は山村に言う。

「あれ、アーニャを見守らなくていいんですか?」

「そうだ。アーニャは巫女のバイトもしてくれるし」

 アーニャが笑いながら立ち上がった。

「智子さん、帰るなら代行呼びましょう」

「私は(アルコールは)飲んでないから大丈夫よ」

 智子はそう言って立ち上がるとアーニャ、山村、佐藤に対して頭を下げた。

「山村さんとアーニャは、巫女のバイトで会うけど、佐藤さんは今年最後なので、ご挨拶を…… 本年は会社に入ったばかりの私に色々教えてくださり、本当にお世話になりました。来年もよろしくお願いします」

 佐藤に肩を叩かれた。

「気にしない気にしない。智子(モコ)ちゃん来て助かったよ。こちらこそ来年もよろしく」

「じゃあ、お先に失礼します」

 智子はスナックを出た。

 アーニャはダウンのコートを引っ掛けて、外まで来てくれた。

「ここで大丈夫よ」

 智子がそう言うと、アーニャは小さく手を振って、智子と反対方向に進んだ。

 彼女はそこにいた二人組の男性に声をかけた。

 智子の見送りがてら、どうやら、代行運転の人が来たかを確認していたようだ。

 智子はもう一度、アーニャに手を振ると自身の車を止めた駐車場に向かった。




 大晦日の朝遅く、山村からメッセージツールで連絡が入り、智子は巫女のバイトをするために網走の神社に向かった。

 前日の晩に降った雪で、道は雪で覆われていた。

 当初は相当怖かったが、ひと月もしないうちに雪道の運転に慣れた。

 車は粉雪を舞上げながら、道道(どうどう)を進んでいく。

 スマホに連絡が入り、車内に声が響く。

『智子さん?』

「アーニャどうしたの?」

 智子はアクセルを戻し、少し速度を緩めた。

『昼ご飯、神社側が用意してくれてるみたい。だから直接神社に来てって』

「アーニャはいまどこ?」

『まだ運転中だけど、海岸沿いに出たからもうすぐ着く』

 アーニャの方が家は遠いはずだ。と言うことは、かなり前に出発したのだろう。

「私はまだ時間かかるかな……」

『大丈夫、私二人分ぐらい食べれるから』

「ちょっとぉ」

 アーニャは笑った。

『お腹すかして待ってるから、神社で会いましょう』

「じゃね」

 智子は通話を切った。

 神社に車を停めると、白衣にブルーの袴を履いた男が近づいてきた。

 誰だろう、と思ってよく見ると、山村だった。

 親戚の神社なのだそうだ。行事のたびに手伝っているという。

「びっくりした、そんな格好してるから誰かと思ったよ」

「俺も大晦日と正月は働かないとさ」

 一緒に神社に入り、部屋に通されると、そこにはアーニャやその他、同じく巫女バイトの()たちが大勢待っていた。

 部屋の中の全員が、山村を見て姿勢を正した。

 まさか山村がバイトを仕切るのだろうか。

「それじゃ、全員揃ったようなので、そのまま聞いてください」

 智子は邪魔にならないよう、山村から急いで距離をとった。

 柱にメンバー表とスケジュールの表が貼ってある。

 毛布なども置いてあることから、ここが巫女バイトの休憩室なのだろう。

「初めに昼食をとってもらいます。ここに各々の名前の横にグループの記号が書いてあるので、記号を覚えておいてください。昼食もグループごとかたまってとってください」

 女性達が立ち上がって、柱の表に近づいていく。

「はい、それでは昼食にします。昼食後、(はん)になったらここに集まってください。仕事内容と注意事項を説明します」

 部屋にいた娘たちが、一斉に移動を始めていく。

 娘達の流れを横切りながら、智子のところにアーニャがやってきた。

「智子は私と同じ『D』グループみたい」

「アーニャは足袋(たび)持って来た?」

 アーニャは首を横に振る。

「私、サイズが大きいから店で買えなくて、さっき山村(やま)ちゃんにもらった」 

 そんなことを話しながら二人が食堂に移動すると、他の巫女バイトたちは食事を始めていた。

 二人も食事のトレイを受け取り、グループで指定された席に座ると、食事を始めた。

 巫女バイトだからもっと若い連中なのだと思っていたが、食事をとっている風景を見ているとそれほど若い人ばかりではなかった。おそらくここに佐藤がいても違和感がない。確かに徹夜仕事になるので、バイトとは言え年齢が上になってしまうのは仕方がないのかもしれない。

「結構大きな神社ね。山村さんの親戚の神社って聞いてたから小さいんだと思ってた」

「ヤマちゃんから、この大きさの神社は想像できないよね。私、ここに来るのは三度目なんだけど、建物の中に入るの初めて」

 確かに敷地も大きいし、あちこちから初詣に来るのだろう。

「ここに二年参りして、ちょっと車で移動して、初日の出見るのが定番かな」

「初日の出? 初日の出はどこから見るの?」

 アーニャはよく分かっていないようだった。

「うーんと、やま?」

 智子が気づくと、正面に山村が立っていた。

「アーニャ、ここから初日の出見に行くなら能取岬じゃない?」

「そうそう、そこだった」

 三人は笑った。




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