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智子のルビー(北海道編)  作者: ゆずさくら


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15/21

病室

 智子(ともこ)が事務所にいる佐藤に会社を休むことを伝えると、彼女はそのままイヴァンナが入院している病院へ向かった。

 イヴァンナの病室に行こうとすると、久保田(くぼた)に呼び止められた。

 そこは昨晩と同じ談話室だった。

「ここで横田(よこた)さんと待ち合わせてる」

 智子たちが待っていると、アーニャも眠い目を擦りながらやってきた。

「揃いましたか?」

 そのアーニャのすぐ後ろから横田が来て、そう言った。

「イヴァンナに会う前に少しお話しましょう」

 他には誰もいない談話室で四人が座っていた。

「イヴァンナさんの失踪時、勤めているスナックに異変がありました。朝、お店にくると誰もいない状態で扉が開いていて、その入り口付近に血がついていたのです。これは清掃を担当している会社の人が発見しています」

 久保田が付け加える。

「この直後、イヴァンナと連絡が取れなくなった。だから、そこでの出来事が関係していると思うのよ。それとこの失踪はこれが始まりじゃないのよ」

 横田は首を横に振った。

加田(かだ)さんの件は繋がらないと思いますよ」

「夏に失踪した加田も、うちのスナックに勤めていたの。まるで狙っているようにうちの従業員を連れ去っていく。私はもしかしたら神河(かみかわ)がスナックを始めようとしていたんじゃないかって」

 智子は驚いた。

「神河社長は亡くなってしまって、その話の確証は取れませんよ。加田さんの失踪時に、神河社長宅は調べましたし」

「どれだけ、何を調べたというのよ!」

 久保田は声を荒げた。

 近くを通った看護士も困った顔でこっちをみた。

 談話室と言っても仕切りがあるわけではなく、しゃべった声は廊下に聞こえてしまう。

 横田が立ち上がる。

「さあ、そろそろ面会できると思いますよ。あまり大きな声を出さないように」

 四人で談話室を出て、ゆっくりとイヴァンナの病室に入った。

 大部屋だったが、イヴァンナの近くのベッドは誰もいなく、対角側に一人いるだけだった。

「イヴァンナ」

「アーニャ」

 二人が軽く抱擁すると、アーニャの側に智子、反対側に久保田と横田が挟むように立った。

久保田(しゃちょう)さん」

 イヴァンナが気づいたように声を出した。

 久保田も、寝ているイヴァンナに体を近づけた。

 それが終わると、イヴァンナは周りにいる人数の多さに気づいたようだった。

「どうしたのですか?」

「驚かせてすまない」

 横田が言った。

「健康面では問題ないということだったので」

「?」

「いくつか質問したいことが」

 イヴァンナは戸惑ったような顔をしている。

「どこまで覚えているか分からないけど、あの晩、何があったのかな?」

 横田の問いに、イヴァンナは固まってしまった。

 横田と久保田が、丁寧に説明すると、彼女はようやく自分が記憶を失っている時間の長さを認識した。

 イヴァンナの頬に、涙がつたった。

 智子は思った。

 医師に質問された内容では、記憶がない、という程度のことだったが、知り合いと話すことで具体的な事実と記憶が失われた日々を実感したのだろう。

 昨日の様子だと、メルヴィンに眷属にされてから昨日までの記憶はない。

 ルビーの眷属となった後の記憶もないはずだ。

 数ヶ月間の記憶が抜けている。それ以前の事柄を覚えているだけに、ショックだろう。

「なんでも良いから覚えていることを」

 イヴァンナはかけ布団から手を出して、胸の前で組んだ。

「イン、インバウンド。確か、お客様が……」

 そこまで言うと、首を傾げてしまう。

 久保田が言う。

「イヴァンナ、あなたがいなくなった日の防犯カメラ映像、持ってきたんだけど、見てみて」

 イヴァンナが少し寝返り、久保田の持ってきたパソコンに映し出される店の防犯カメラ映像を見た。

 久保田は事前に見てきたようで、客の顔が見えるところにブックマークをつけていた。

 手際よくそれを送っていくと、十分もしないうちに全員の客の顔を見終えてしまった。

「……」

「いた?」

「いいえ」

 はっきりとした否定だ。

 イヴァンナは自分自身が記憶を失っていることを意識しているはずだ。だとしたら、こんなにハッキリと否定できるだろうか。

 まるで覚えている(・・・・・)人の否定だ。

 智子はそう思った。

 智子も、同じ画像を見ていたが、来日観光客のカップルなど『インバウンド』というキーワードにかかりそうな人物はいくつか確認できたが、そこに『メルヴィン』はいなかった。

 初めの頃、物語に記された吸血鬼は、鏡に映らないとされていた。

 実際、物に触れることが出来るのに、物とは異なり、鏡に映らないということがあるだろうか。

 見る(ひと)の意識が、そこに映っているはずの像を認めていないのではないか。

 それを考えると、監視カメラ映像を見ても人間がそれを認識できず、ブックマークできないということはあり得る。

 智子が口を開いた。

「あの、五人目と六人目の間を、普通に再生出来ませんか?」

「何か気になったの?」

「五人目と六人目の映像を比較すると、手前に映っているカウンターの様子がつながらない気がします」

 パッドとキー操作を何度かすると、再びパソコンをイヴァンナの方に向けて再生を始めた。

「私が見た時には、新しい客が入ってきた様子はなかったけど……」

 四人全員が覗き込みながら、映像を流し続けるが、謎の人物の映像を確認できないまま、六人目の映像に移っていた。

 久保田は、再生を一時停止すると、言った。

「やっぱり誰もいなかったじゃない」

 イヴァンナは黙っていたが、握った手を口に近づけ、何か話し出しそうだった。

 智子はアーニャと横田の様子を見ながら、久保田の意見に合わせた。

「そうですね。私の気のせいだったみたいです」

「……」

 智子は視線を送らないように視野の隅を確認した。

 横田が食い入るようにノートパソコンのモニタを見ている。

 智子の指摘に気づいてしまったのかもしれない。

「……ですよね?」

 智子は念をおすかのように言った。

 久保田もアーニャも、最後にイヴァンナも頷いた。

 最後の最後に、横田が頷いた。

 アーニャもルビーに噛まれ(・・・)ている。イヴァンはメルヴィンの眷属だった。智子は、ルビーと混じっている。この中で、流れた映像からメルヴィンの姿を見つけることが出来たのは、智子だけだった。

 鏡に『映らない』ように、一般的な人間は映像からあれ(・・)を見つけることは出来ないのだ。

 もしソフトウェアによる映像解析などで機械的に見つけたとしても、人が認識できない理屈が科学的に(・・・・)説明できなければ裁判の証拠にならないだろう。

「イヴァンナさん」

 横田が言った。

「私は確かにこの日(・・・)から、あなたが連絡取れない状況になったと思っています。連絡が取れなかった理由とか、どこにいたのか、何か覚えていることはないのですか?」

 イヴァンナは体を完全に仰向けに戻すと、両手を顔の前にのせた。

「何も、全く思い出せないんです」

「……」

 医師に止められているのか、横田はそれ以上、彼女を追及しなかった。

 だが、少し間をおくとまた口を開いた。

「もしかしたら、何かきっかけになるかもしれない。あなたと社長が連絡とれなくなってからの北見で起きた出来事を話そう」

 横田は順序立てて話を説明した。

 同じようにスナックの店員が行方不明になったこと。

 久保田が何度も突っ込もうとしているが、横田がそれを制していた。

 ちょっと聞いただけでは、イヴァンナと関係ない話もありそうだったが、思い出す糸口となってくれればという思いで話しているようだった。

 いくつかの出来事を話した後、横田は神河社長殺害の話をした。

 話の中で、智子が現場にいたことなど、捜査関係者しか知らない事実まで説明した。

「横田さん……」

 智子も抗議しようと口を開くが、制止されてしまう。

 するとイヴァンナの視線が智子に向けられた。

「……」

 横田は、急にイヴァンナの視線を見て話を止めた。

「彼女に見覚えがあるとか?」

「いいえ」

 再び、彼女はハッキリと否定した。

「じゃあ、何か気になることでも?」

「神河社長…… お亡くなりになっていたんですね」

「店の客だったの?」

 イヴァンナはベッドに横になったまま頭を動かして頷いた。

 久保田が割り込んで言った。

「無理やり事件と関係付けしないでください」

「そういうつもりはない」

 横田はまた話を続けた。

 網走湖で湖の氷から加田佳代子(かよこ)の遺体が見つかったこと。

 ゴムシートで包まれ、湖底にずっといたらしく、殺害された日時については正確にわかってはいないが、失踪とほぼ同時期に殺害されていただろうと予測していることを話した。

 加田が行方不明になったのは夏で、イヴァンナもそのことは記憶している。

 彼女は相当ショックを受けたようだった。

「……あの…加田さんは殺されたってことですか?」

「確かに死因は絞殺で、自殺の可能性はゼロではないが。自殺した遺体を、わざわざ罪を犯してまで隠そうとしたとは考えにくいだろうな」

 イヴァンナの顔が、厳しい表情を作った。

 何かを決断したようだった。

「刑事さん、神河社長、いや、神河を調べてください」

「えっ!? それは久保田さんからも言われて、調べたんだよ。神河社長と加田さんは何かあるの?」

 彼女は横田の言葉で動揺してしまった。

 少し息を整えると、もう一度決意の表情に変わる。

「加田さんはバイトをしていたんです…… 代行運転の」

 久保田が身を乗り出した。

「それ、本当なの? 噂は聞いたんだけど、確認しようとすると従業員は(みんな)黙ってしまって」

「あっ…… あの、あの、社長」

 イヴァンナは困った表情に変わる。

 社長は察したように彼女の手を握る。

「あなたが言ったことは黙っているから大丈夫」

 イヴァンナは安心したように頷く。

 横田は訊く。

「代行運転のバイトが何か関係あるの? そもそも飲んで運転してたら飲酒運転になってしまうけど」

「ウチの店員は、飲まないこと選択できるんです。これは『飲んだら運転しない』という社会のルールを守るためです」

「スナックにきた神河社長と飲み、代行運転で家に送って行ったり、そんな中で、知ってはいけない秘密を知ったとか、そういうことかな?」

 イヴァンナは、また厳しい表情になった。

 言いたくない、のか知らないのか。あるいは確証がないのか。

 言葉がないまま、しばらくすると、久保田が言う。

「こちらから言いたくないことがあります。私はあくまで噂として聞いた話ですし、会社は従業員を大切にしています」

「……つまり。つまり、法に触れるようなこと、なんですね。わかりました。そこは警察が調べます」

「だから、神河社長が、加田さんを!」

 言った直後、イヴァンナが咳き込んでしまう。

 たまたま通りかかった看護士が入ってきて、イヴァンナを囲んでいる四人に言った。

「かなり話し込んでおられるようです。健康状態に問題はないですが、あまり無茶をさせるようなことがあれば、面会をお断りすることもあります」

 横田は久保田、アーニャ、智子と順に目を合わせていくと言った。

「すみませんでした。我々はこの辺で引き上げます」

 アーニャがイヴァンナと頬を合わせるように挨拶すると、久保田も彼女の額に手を触れて別れを告げた。

 四人は病室を出るとエレベータに乗った。

 階数が少なく、すぐ降りることになったが、横田は言った。

「久保田さん、アーニャさん。イヴァンナが何か思い出したらすぐ知らせてください」

「他の失踪している四人も、彼女と同じ状況にある可能性が高い」

「ええ、もちろん」

 久保田がそう答えるとアーニャも横田に対して頷いた。

「何か分かったら連絡します」

 病院を出る時には、四人、バラバラに分かれて去っていた。

 会社を一日休みにしていた智子は、取り残されたようになって、一人で病院の駐車場に向かって歩いていく。

 智子の前を、白い猫が追い抜いていく。

 猫はヒョイ、目の前の車のボンネットに飛び乗ると、智子の方を振り返った。

『あの発言は、失敗かもしれない』

 智子はあたりを確認して、誰もいないと思うと言った。

「防犯カメラの映像のこと?」

『心理的に映像から吸血鬼を見つけることが出来ない彼らに、ヒントを与えてしまった』

「私が疑われてしまう?」

 猫はプィっと顔を背けてしまった。

「ちょっと、そこが肝心なところでしょ?」

『私は人間の心理は分からない。そこは智子が判断してほしい』

「うーん。確かに、言い出してしまったのはヤバいのかも。けど、『誰かがいる』ような発言はしてないから、私が『見える』とは思わないでしょう?」

 猫がボンネットの上で、ターンして辺りを見回すように首を動かした。

『発言は気をつけないと…… ここに居られないということは、この国に住めるとこがなくなるに等しいでしょう』

 ルビーの言う通りだ。

 彼女たちは、西欧の吸血鬼社会から逃げるため、わざわざ極東のこの国にやってきた。今更、政局が不安定な国や、西欧と陸沿いに繋がっている国々に逆戻りしたくはないだろう。

 この事件を警察が解決してくれればいいのだが、解決出来ないままだとどんどん智子が疑われてしまう。

 実際にやっていないのだから、最終的に裁判で勝てるのかもしれないが、失うものが多すぎる。

 普通に稼げなくなったら、アルバートを養えなくなる。

『メルヴィンみたいに眷属を従えて、こっそり血を集めさせれば……』

「そんなの、私が嫌だって言っているでしょ」

『……』

 その時は、人間社会に便利にアクセス出来るメリットを捨てでも、智子をキルするしかない。

 ルビーの考えは、智子にも分かっていた。

 彼女(ルビー)はいざとなれば、智子を殺して、人間のメリットと共に智子を捨てることができる。

 智子は、あくまで彼女の意思によって生きながらえているのだ。

 彼女は歩きながら、背筋に寒いものを感じた。




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