かんがえるもの
*『つないでゆくもの』の後日談の作品になります。ですので『つないでゆくもの』を読んでから、こちらに目を通される事をお勧めします。_(._.)_
*使用している画像・AIの人物画像は作者が作成したものです(商用利用可能な物です)
*「この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません」
先刻、龍一郎が香から貰い受けた黒い石が電灯の明かりを受け妖しい光を放っている。居間の円卓の上にあるそれを四人の大人が囲み見ている。
「そう言えばどうして姫巫女様…香さんはあの場所にいらっしゃたのだ…」
「話すと長くなりますが…」
龍応の問いに龍一郎が説明を始める。松寿庵に昼頃ロールスロイスが止まり、乗っていた一行は店の入口ではなく、勝手口から入って行き30分ほどして出て来た一行を乗せ車が走り去った。その直後、香と美樹が出てきて、バスに乗りあの場所へ向かった。当初美樹だと思っていたのは別人だと気が付いたのは助けに入った時だった。
「何故、あの場所に赴かれたのかは不明です」
「いや、でも香ちゃんの話は驚いた…逆に龍応住職はどうしてあの場にいらしたんですか?」
京一郎は隣に座る龍応の顔を窺う。
「それは、舞さんのいや風子さんの導きがあってね…古伝にある神の叡智を掠めた者の、双神との因縁があった者、香さんと対峙したあの者の墓だったのですよ、あの場所が…しかし結局、あの二人の記憶は戻らなかったようだが…」
「奴は数千年の間、輪廻を思うがままに生きていた…鹿取も、カラスもこの時代の人間ではなかった…磐座を狙った理由はここに納められた叡智や記憶を自らの野望の為に使おうとした、そんな所でしょう」
京一郎が頷きつつ龍一郎の後に続いて話す。
「そうしたら、分かる様な気がする。あの封印の地が顕現したのは、今にして思えば奴ら、カラスが来てからでした。風子さんもそこに一役買わされていたのでしょう」
「風子さんを舞さんと会わせようとしたのは君ですね?」
「ハハハ、そうです。二人が記憶を取り戻すことは良い事ではないけど、折角、島にいるのだったら縁を持ってもいいかなって、あの数日間の二人は仲良かったから…」
龍応の問いかけに京一郎は頭を掻いて苦笑いをした。
「しかし、どうするのですか?姫巫女様から直々に守護の役目はもう良いと仰られたのでしょう?」
龍順が首を傾げ尋ねる。
「ええ、全て承知されているようでしたから…」
龍一郎はグラスに手を伸ばし麦茶を一気にあおった。
「もはや、神の所業とでも言おうか……あの方は今の世に降臨されし神なのであろう」
「ならば尚更、守護せねばいけないのではないでしょうか?」
「龍順住職の言い分もっともです……語弊がありますが、隠れて守護奉っても、お分りになるでしょう」
空になったグラスに麦茶を注ぎながら龍一郎はため息交じりに言葉を吐く。
「そうだね、そこは父さんに同意する。香ちゃんが言っていた、みんなで祈ろうっていう試みの手伝いをする方がいいんじゃない?」
「確かに…子細が決まり次第、それは私の方で夕凪島の神社仏閣に働きかけて見ましょう」
腕組みをしながら龍応は大きく頷く。
「この石はどうなさるのです?」
龍順の問いに三人の男の視線が龍応に集まる。しばらく目を閉じていた龍応はゆっくりと目を開く。
「そうですね…災いの元になる物ですが、それは手にした者による。後世の希望の欠片としとして、我々で結界を張りませんか?」
「それは…」
「面白い…」
龍応がグラスを掲げると、男達もそれに倣い一気に麦茶を飲み干した。
「いやでも、あの記事の意味はなんなんだろう?香さんは何か言っていたの?」
兄は吸い殻で山盛りの灰皿の中身をビニール袋に捨てている。
「ああ、それは笑いながら「わからない」って言っていた。でも、誰かがどうこうなるような物じゃないから気にしなくていいよって」
「そうなんだ…」
「それからね…」
納得したのか、していなのかどちらとも取れる曖昧な返事をする兄に、香が古の罪人、双神の姉を殺し叡智を掠め取った者と対峙したことや、西龍寺の境内にある赤い社から磐座の欠片である黒い石が盗まれていて、それが一連の記事を発していた事を説明する。兄は唸り声を上げて煙草に火を着ける。
「双子の神様が天に返った…人の世の神の魂が戻ったことで、その男の魂は人の世の神の魂の序列から弾き出された。その時点で男から力は失われていた。黒い石は神の叡智に近い代物で、それを手にして世界を我が物にしようとしていた。黒い石が記事を発していたのは香さんの心の潜在意識の叫びみたいなことでいいのかな?そうすると黒い石は香さんと繋がりがあるって事?」
「ああ、お兄ちゃん凄い。私より飲み込むの早いかも。磐座はその昔、天との交信に使われていたから、香さんと何処か繋がっているのかも、赤い社の話はご住職から聞いていたけど、そんな力が残っているなんてね…」
以前、結界を調べていた際、この社の事を兄は気にしていた、当時は磐座の欠片の存在が結界に関係なかったとはいえ、自分自身でご住職との会話の中で、古の人々は石や岩、水等に記憶させているのではないか、なんていう話をしていた事を今更ながらに思い出した。
「でも、その男はどうなるんだ?普通に人間として生を全うするってことだよな…ん?男に子供はいなかったのかな、結構な年だろ?」
「そうだね…年齢は分からないけどパッと見た感じ60代…70代にも見えたから…でも子供がいなかったから、あの男達を今の時代に呼んだんじゃないかな」
「そういうことか……消えた男が、久留生一生とは驚いたけど、今の時代の世界線には存在しないって事になるんだろ?でも存在を記憶している人がいる訳は何でだろう?巫女達が覚えているのは分かるような気がするんだけど、少なくとも俺たちや何人かはそれを見たり聞いたりして認識している訳じゃない?」
「そうだね…いつか忘れてしまうのかも…」
「気が付かないうちに?」
「うん、そういう事もあって何かに記録を残していくんじゃないかな」
「なるほどね……でも、確かに似ているな久留生一生は…俺が以前に目撃した記者に、でもどうして気が付かなかったんだろう…俺は兎も角、若い香さんや美樹さん、他にも気づきそうな人いただろうに…」
「ああ、そうだね…先入観かな…久留生一生は普段、眼鏡掛けていないし、まさかいる訳ないっていう思い込みみたいな……私は芸能界に疎いから気が付かない自信はあるけどね…」
確かにあれだけの有名人が、多少の扮装をしていたとはいえ気が付かれないでいたのには確かに違和感はある。
「あの日、あの場所に乱入してきて双子の神様に消された男も同じような存在だった…三つ子だったという事なのか……でも、香さんの能力が無くなったかもしれないということを、ご住職達に伝えなかった舞の判断は結果的に良かったという事になるね」
「うん…実際、香さんの力は無くなっていなかったわけだし」
「これで、一件落着ってことだな……それからみんなで祈るっていう話は面白いと思う、いつやるんだろう?」
「本来はというとおかしいけど、五人の巫女の使命みたいなんだ、また連絡するって香ちゃん言ってたから」
「でもなんか、香さん凄いな…」
煙を吐いて遠くを見つめる兄は、明日、香と美樹に会えることを純粋に楽しみにしている。その後、昼には夕凪島を経つ。
結局、何か力になれたのか分からないけど。ただ、少なくとも今回も香の所業を見届ける事は出来た。
ああ、でも考えてしまうな。魂が輪廻するか、双子の神様が話していた時は当事者としての感覚が鈍かったけど、香が死んだという記事を目にした時の動揺を思うと、死によって呼ばれたことに違和感を持っていたけど、死というキーワードでなければここに居なかったかもしれない。今の世で巡り合えたかけがえのない存在に突然別れを告げられた言いようのない感覚。香が言うように自分に足りない欠片を補い合い生きていくのがこの世の旅であるならば、出会えた全ての人に感謝が湧いて来る。一期一会かぁ。
双子の神様はこうも言っていた、死んだとしてもまた何処かで生まれ変わる…この星でなくとも。死という事に囚われていたのかもしれない。いつかは死ぬと分かっていても、欠片を補えあえる存在と出会えた今の世を楽しみたいし、ここにも感謝が湧いて来る。ベッドの横になったものの頭と目が冴えてきた。隣のベッドで眠る兄を起こさないようにそっとベッドから抜け出して、ソファに座り、電気スタンドの明かりを頼りに『巫女に関する考察』を読み進める。
作者は再三に渡り、巫女の風土が残る地域を訪れたようだ。これが書かれた当時を思えばどれだけの労力と時間を要したのか想像に難くない。
内容のほとんどは各地域ごとの巫女の風習や風俗、特色が綴られている。共通して言えるのは神秘的、霊的な物が色濃い。そのなかでも血筋ではなくそのような能力を持った者を地域から探し、巫女として養育するような地域や。血筋でも秘儀を受け継いで力を解放するといったもの。ただ当時としては巻頭に書かれていた通り、各地域は閉鎖的でそれが外部に漏れる事を頑なに拒んだ。転じて今の世はどうなのだろう?にわかな預言者風情が露骨に出て来たりしている傍ら、それらしきお言葉を下ろすような人がいると、舞自身、旅をしていて耳にすることもある。現に夕凪島で香という存在に出会えた。面白いのは少なくともこの本の作者は夕凪島を訪れ、巫女の風習は見つける事は出来たが、巫女には辿り着けなかったという事。言い換えれば、巫女の血筋を隠し通せていた事実がある。確かに自分が失踪という形で巫女に関わった訳だが、祖母が書いた『考察オホノデヒメ』を読んで巫女の血脈が残っていると思って調べたとしても、見つけられたかと問われると難しいと思える。何かそれらしい家という訳でもなく、普通に町中にある素麵屋の女性が巫女の血筋だと思うだろうか?しかも夕凪島に限って言えば、ご住職をはじめとした面々が連綿と続く巫女の血筋を陰ながら守護してきた。この本にも書かれているようにまだ知らぬ巫女の血統や突如として力に目覚める巫女がいるのかもしれない。
本の巻末に次のような記述があった。
日本人のかなりの割合の人間はそれなりの家系、即ち血統を持っている。これは世界的に見て珍しい。それは何故かというと天皇という特殊な存在がいるからではなかろうか?外国であれば、時の王朝が滅ぶとき、係累は殺され血筋は絶える。勿論、日本でもそれに近い事は起こっているが、例えば源氏の嫡流は絶えたと言っても源氏の血統自体が途絶えた訳ではない。木の根や枝のように四方に広がり現在に至り残っている。日本人の象徴たる天皇陛下は国民の文字通り親に近い存在なのではなかろうか?そこから広がった血統と同様に、それはきっと巫女の血筋も同じであるのではないか。故に末尾に世良家の血統を明記して本の結びとする。世良武久
つらつらと書き連ねられた系図を遡れば、天皇家に嫁いだ渟名底仲媛になる。その母である日向賀牟度美良姫は、一説によるとオホノデヒメと同一人物とされる人物だ。祖母の推察によれば渟名底仲媛は双子の片割れであるとする。要は風子は香と遠い親戚になる。系図の終わりは時代から見て、風子の曾祖母か高祖母に当たるのだろう。
今、夕凪島に巫女の血縁が集う。『集いし縁を持つ者達』か…双子の神様が口にした言葉がよぎる。私達はどうなんだろう?少なくとも巫女の血筋ではない。以前の自分の失踪に絡む事柄に関して言えば祖母が香さんの祖母と友人だった。そこに双子の神様との縁があったわけで。
やっぱり気になる。どうして記事が見えたんだろう?
もう一度、ご先祖様を遡ってみようかな。
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