しめすもの
*『つないでゆくもの』の後日談の作品になります。ですので『つないでゆくもの』を読んでから、こちらに目を通される事をお勧めします。_(._.)_
*使用している画像・AIの人物画像は作者が作成したものです(商用利用可能な物です)
*「この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません」
「先生、ごめんなさい」
「何がだい八雲ちゃん。気にしてるのかい?まあ、未だに信じられないがね…それはそれ、もう過ぎたことじゃないか」
瑞は大恩ある勲に少なからず一時とはいえ、疑念を抱いたことが申し訳ない思いが燻っている。当の勲は意の介していないようだけどけど、それだけに心苦しい。
愛から昨夜、巫女による使命の話を聞くに及び、また勲と昼に面会した後、探している石が映画村にあるとの話を愛から受け、白髪頭の手にケガをした年配の男性が持っている。そう耳にした時、勲の事が頭に浮かび、事ここに至ったという次第である。
勲は湯飲みを両手で包み、首を傾げながら笑っている。
「でも、あれだね…八雲ちゃんや…あの子達、古よりの巫女の血脈っていうのは何とも面白い」
「はい…私も八雲も全く心当たりなくて昨日知ったばかりなので…そう言われて見れば八雲が時々、夢を見るようなことはあったんだですけど」
「ふーんそうかい。田舎は島根だったね?」
「はい、奥出雲になります」
「なるほどね、杵築という苗字は芸名じゃないんだろ?出雲大社は昔、江戸時代までは杵築大社と呼ばれていたんだ。こっちの方は音が濁るがね…何か繋がりがあるのかもしれないね」
「そうなんですね」
姉は知らなかったようだが、時代劇に出るようになってから、歴史を少しづつ勉強し始めてその事は知っていたけれど自身と結び付けて考えたことはなかった。
「でも、いいんじゃないか、そのみんなで祈りを捧げる。そういう事があってもいいだろ、今の世の中には…けど、まさかな……久留生の親父がね……ああ、でも親父ではないのか…いやはや…」
「先生、久留生さんのお父さんというのは、どのような方で?」
姉が湯飲みにお茶を継ぎ足しながら聞いている。
「うん、俺の知ってる限りじゃ元はお公家さんらしい。あいつが嘘を言ってなければ年は俺の二つ三つ下だった筈だ。骨董好きが高じて知り合ったんだがね…実際の所、何を生業にしてるかは、知らんのだよ……ん、ありがとう」
勲はお茶に口をつけ首を捻り、目を瞑りながら話す。
「ただ、顔は広かったようだね…結構危ない連中との噂も耳にしたことはある。が、さっきの八雲ちゃんの話を聞いた限り。その何かの力を使えなくなったとすれば…もう終いだろうな……」
「あの…」
瑞が話そうとするのを勲は片手で制す、
「いいかい、気に病むんじゃないよ八雲ちゃん。俺の中に蟠りは一切ない。いいじゃないか、終わりよければって言うだろ。気に病んでくれるだけ俺を慕ってくれていたって証でもあるんだ。だから笑ってくれよな」
「ありがとう、先生」
目尻を一掃と下げる勲の顔を見て、やっと笑えた八雲に、
「まだ撮影あるんだろ?俺も杵築八雲の芝居を見て、役作りさせてもらうよ」
鋭い眼光を向け上手に役者の魂に着火させる一言を言い放つ。津山勲の役者として、いや人間としての器量を垣間見れた八雲は、
「しっかり勉強してくださいね、先生」
負けじと背筋を正し言い返す。勲は嬉しそうに、うんうんと声には出さないが頷いていた。
瑞をホテルに残し巫女の一行はロールスロイスに乗り帰路についている。
勲の部屋を出てから誰一人として口を開かない。カチカチという音が時を刻む。みんな愛からの報告を待っている。当の愛は、薄目で一点を見つめ爪を噛んでいる。
車が内海町を駆け抜けたころ、その音が止み、愛はカッと目を見開いた。
「んだば、終わったさ」
愛の声が静まり返った車内に響く。
「今、冴から連絡が来た。大巫女さ、香さ、無事に因果を払いのけられた…」
安堵のため息が車内を包む。
「良かった」
イの一番に美樹が声をあげる。
「いやでも、愛っちが勲っちのこと違うって言った時マジビックリしたんだけど」
紅は、咥えていた棒付きの飴を、向かい側に座る愛に向け足を組んだ。
「ええ、確かに…ワタクシも美樹さんの事を勲さんが見ていたからてっきり…」
「んだ、私さも…惑わされた…瑞さには悪い事をしてしまったじゃ」
「でも、勲っちは気にしてないよ…瑞っちだって大丈夫だよ」
「愛さん、香があそこであの人に会うんは運命やったんやろか」
隣に座る愛に美樹が問い掛ける。
「んだ、そうかもしれん…香さに自身の中の想念を昇華してもらうために、あの者の墓さに行ってもらったんじゃが…私さの過信じゃ…奴の動きが見れんかった…んだども、万が一を考えて冴を一緒にさせておいてよかったのじゃ、冴の心が読める力とテレパシーのお陰で、私さも及ばずながら香さの力になれた、結果としては…上々じょ」
「じょーじょーじょって?」
紅がしゃぶっていた棒付きの飴を口から出し首を傾げる。
「上手くいったいうことじゃ、べにちゃん」
「ふーん」
頷きながら、紅は飴を咥えた。
「それにしても、似ていると思っていましたけど美樹さんと香さんは姉妹…いや双子みたいですわね。香さんの服を着ていたらパッと見るだけじゃ分かりませんわ」
「マジそれ、私なんか今の美樹っちが香っちって思うもん」
「うちら昔からそう言われるねん…」
「確かにそうじゃが…乳は香さのが大きいじょ」
みんなの冷ややかな視線が愛に集まる。
「…」
「ん、んっ、そうしましたら後は使命に向けての準備ですわね…でもあの記事ってどういうことなのかしら?」
「そ、そうやね、今まで聞いていた内容と全く違うやんか」
「そうそう、マジ何あれ?愛っち何か知ってるんじゃないの?」
再び、みんなの視線が愛に集まる。愛は目を閉じて言い放つ。
「わからんじょ」
「え?」
「私さにも分からん…」
溜め息が空間に漏れる。
「そうだ、愛っち、この磐座さんは、あのお寺に返したらいいの?」
桐箱を抱えている紅が問い掛ける。
「じゃな…あとで香さにお願いする…ん?大巫女様のお言葉…みんな伝えるさ聞いてじょ」
舞の運転する車は香と冴を後部座席に乗せ内海湾の穏やかな水面の傍を走る。前には龍応が運転する軽自動車が風子を乗せ、後ろには川勝親子の車がいる。要人警護の感じがしないでもない。
冴が香と一緒に来たのは、愛との連絡役の為だそうだ。そのために冴は茶色だった髪を黒く染め、美樹から服を借り一応の変装したのだそうだ。変装した意味は良く分からない。
あの因縁の男の事を放っておいて平気なのかと問うと、もう抗う力はないから普通に生を全うするだけ…と話していた。その言葉は切ないような冷たいような複雑な感情がこもっているように思えた。
それから、香が天に召されていた世界線だと、彼者の狙いは起こり争いが生まれ、五人の巫女が行う儀式は今ではない。
双子の神様が輪廻に戻った時点で彼者の力は失われていて、力があると思い込んでいた事と黒い石、磐座の欠片による力が作用しただけによる錯覚で会った事。そして香が今の世に残った事により、五人の巫女の儀式を行うのが早まるのだという。それがどのような作用をきたすのか流石に分からないけど、
「みんなが笑っているのは見えるん」
そう話す香の顔は綻び、隣の冴も嬉しそうにしている。
黒い石から発せられた不思議な記事の発現は、香自身の心の内を石が投影して見せていたのではないか。どうして石が発露させたのかは分からないとしながらも、香は落ち着いている。
そして、巫女達の使命である「人に魂の光を見せる」この意味を香はこんな言葉で表現した。
人が空を見上げる時とはどんな時だろうか?自分に語りかける時、誰かを思う時、それぞれが何気なく見上げた時、どこかで同じ空を見ている人がいる。気が付かないけど。そして感じる事は一人じゃないと思う。傍に居なくても自分の中にあるモノに気が付く。自分の事を思う自分。色々な人の想いが自分の内にある事に気付く。色々な人への想いも同じく。
人間一人一人の魂こそが神なの。かけがえのない。
神様は人、一人一人の中にいるんだよ、自分自身の魂やご先祖様の願い。それこそが神なんだよ。ご先祖様を思う事は自分を思う事と一緒なように、自分を思う事はご先祖様を思う事。自分と大切な人や物を思って願って、ありがとう、お陰様で幸せだよ、みんな幸せになるよって。空を見上げて、祈りを使って空に描くの。
生まれた時から完璧な人はいないし、人生を終える時も完璧な人なんていない。人間は敢えて欠点を持って生れてきて、その欠片をいろんな人々が補い助け合い生きていくのが人の世の旅。なのだと。
舞さんなら知ってると思うけど、香は言霊についても語る。
日本語の言葉五十音にも意味がって、私が感じた解釈だけど。あ行は様子、い行は喜、う行は怒、え行は哀、お行は楽だと。それを組み合わせた言霊の使い手が日本人なんだ。あい、さち、ありがたい やさしい、あたたかい、みたいな良い言葉に良いエネルギーがあるけれど、その代わり反動も大きいわけで、同じ様に悪い言葉にも負のエネルギーがあるから。でも因果の話と同じでそれは巡って自身に返ってくるんだけどね。
舞は、香の口から語られる内容にその昔、祖母と会話しているような錯覚に陥った。
「あ、舞さんにクイズ出してもいい?」
「ん、何だろう?」
冴もニコニコ笑っている。
「私達の…そうだな…名前の秘密。本当は愛さんが気が付いたんだけどね」
「名前の秘密?香ちゃん、美樹ちゃん、冴さん、愛さん、鈴さん?」
「あ、そうか、舞さんにまだ言ってないんやった。あとね二人いるん、帰雲紅さんと、杵築瑞さんに、それから、面白いんだけどね、鈴さんは、本当は鈴さんていうんだ」
「え?え?杵築瑞って、杵築八雲?…それに鈴さんじゃなくて鈴さんなの…」
やっぱり五人いたんだという再認識よりも、驚きの方が上回る。
「うん、私も最初はビックリしたん、あの杵築八雲さんがって」
「そうしたら、紅さん、瑞さん、鈴さんに、香ちゃん、美樹ちゃん、冴さん、愛さんの名前の秘密ね…」
「舞さん、分かったら凄い」
何だか嬉しそうな冴に、
「えー、どんなんだろう?時間貰えるかな?」
巫女の名前の秘密か…心ときめく自分がいる。
「ええよ」
クスクスと香を見て冴は笑う。
車は峠を越えて瀬田町に入り、国道から路地へと逸れる。松寿庵の前には桐箱を抱えた美樹が一人壁に凭れて待っていた。
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