さぐるもの
*『つないでゆくもの』の後日談の作品になります。ですので『つないでゆくもの』を読んでから、こちらに目を通される事をお勧めします。_(._.)_
*使用している画像・AIの人物画像は作者が作成したものです(商用利用可能な物です)
*「この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません」
早めの昼食を済ませて舞は車を走らせている。昼食と言っても起きたのが9時半過ぎで、遅くまで本を読んでいた事もあり、珍しく目覚ましにも気づかず寝過ごした。目が覚めた時には兄は仕事をしていて、おはようの代わりに記事が変わっていない事を教えてくれた。身支度も早々に西龍寺の龍応住職に連絡を取り、会う約束を取り付けて今向かっている。
西龍寺への急勾配の坂道は何度走っても慣れない。ただ境内からの景色を眺めれば、その緊張に相殺どころかお釣りがくる。長い参道の階段も山門も山々も変わらない。初めて訪れた時と同様の居心地の良い感覚も。それは龍応の表情も一緒で目を細めた優しい笑顔で出迎えてくれた。
舞は早速、風子の事を尋ねると今日は香と美樹に会いに行っているという。それから兄が以前に見た番組で風子が行方不明だった事や残していった言葉を伝えると、龍応は目を閉じて思案した後、解答かどうかは兎も角と前置きをし、あっさりと答えた。
「つるぎ、けわしい、そば、つか…ああ、これは嶮岨山のことかもしれないですね」
そう言って、机からメモ用紙を取り出し、嶮はけわしい、岨はそばと読み、つるぎは嶮の字が独特で難しいので、似ている剣と書き換えて残したのではと付け加えた。それと嶮岨山は星ヶ城山の別名らしい。
「つかは、お墓のことかもしれません。山麓には縄文遺跡の洞窟や、弥生時代の遺跡なんかも出ていますし。文字通り塚かもしれませんが…」
「お墓ですか…」
舞は京一郎と以前に結界の縄文洞窟に行った時の遣り取りの中で自身が奇しくもそのような発言をしていたのを思い出した。
「しかし、確かに衝撃的な記事でしたが、舞さんと啓助さんが、島に来ているとは驚きました。香さんや美樹さんの存在の大きさがそうさせたのでしょうかね」
「ええ、記事を目にした時は動揺してしまって…兄が以前、ご住職が島に、神様に呼ばれたという事を仰っていたのを思い出して、取るの物もとりあえずこっちに向かっていました。近くに居たら何か出来るかもしれないって来てみたのは良いんですが…どうもわからない事ばかりで…」
「そうでしたか…あの記事に呼ばれた、ですか。さしもの舞さんも分からないという訳ですか…かく言う私も何が何だか…正直お手上げでしてね」
龍応は苦笑しながら腕組みをして首を振る。自分も龍応も今回の事は範疇の管轄外の出来事であるのは確かにそうだ。
「ところで、これが何か意味があるのですか?」
龍応は円卓に置いてあるメモを手に取った。縄文洞窟…墓…
「あの、今ふと思ったんですけど…あの麻霧山での神舞の時に乱入してきた男の人の事を神様は、あの汚らわしき末よと言っていました。そこから察するに神様がこの世に生きておられた御代に因縁があったと推測できます…そこが、その者の墓という事はないでしょうか?風子さんはその力なりに呼ばれた…考え過ぎですかね?」
「いやどうでしょう…舞さんですからお伝えしますが、秘伝によると、その昔に神の叡智を掠め取った者がいるようなのです。もしかするともしかします。あなた達が以前に神に呼ばれたように、風子さんはその者に呼ばれた。有り得ない事ではないですね……」
舞のセンサーが知りたいと口に出させる。
「ご住職、その縄文洞窟は何処にあるのですか?」
「大体の場所は分かりますが行かれるのですか?」
大きく丸くした目で、こちらを見つめる龍応に、
「ええ、気になるんで…」
身を乗り出して答える、好奇心と何か出来るかもしれないという気が逸る自分がいる。龍応は黙って見つめたまま小刻みに頷いた。
「ならばご一緒しましょう」
「え?でもよろしいのですか?」
「啓助さんはお仕事でしょ?女性一人で行かせる訳にはいかんでしょう」
龍応は穏やかな笑みを浮かべ、すぐに終わりますからと支度を始めた。
それから母屋を出ようとした時、一人の女性が玄関先の階段を上って来ていて、
「あ、龍応様」
透き通る声をした、長い髪の鼻筋の通った女性は龍応と知り合いのようだった。
「ああ、風子さんどうされました?」
風子と呼ばれた女性は苦笑いしながら話を切り出している。風子…世良…風子……風子、やっぱりどこかで……覚えのある名前…
はなから聞くつもりはないけれど、玄関の中で控えていたので会話の内容は聞き取れない。
「分かりました、舞さん、よろしいかな、こちら世良風子さんです。そして、こちらが早川舞さんです」
女性は会釈をすると長い髪を耳にかけはにかむ。
「そうしたら、折角ですから風子さんも一緒に行きませんか?」
龍応の誘いに戸惑う素振りを見せながらも風子は頷いた。
目的地までは、龍応自身の車と、舞の車で行く事になり風子は舞と同乗する事になった。
やはり何度走ってもこの坂道は緊張する。先を行く龍応の車は慣れたものでスイスイと下っていき切り返しても、その姿は見えなくなっている。
慣れないながらも山道を下りきり、一本道に出ると龍応の車が待っていて、ハザードランプを点滅させて走り出した。それを追い掛けつつオリーブ畑や家が点在する坂道を下り、とりあえず予め決めておいた集合場所の内海町のドラッグストアを目指す。そして国道に出る頃、風子が口を開いた。
「あの、舞さんも巫女の血筋の方ですか?」
「ううん、全然、ただ風子さんも見た、奇妙な記事は私と兄も見ています」
「あぁ、そうなんですね…」
少しの沈黙が車内を包む。
風子に関する一連のニュース記事で彼女の住所は知っていたが話題作りの為にきいてみる。
「私達は東京なんですけど、風子さんは、どちらからいらしたんですか?」
「私は山口の仙崎です」
「へぇ、金子みすゞさんの、いいな、行ってみたい所です」
「何にもないですよ、ああ、でも海がきれいで、お魚は美味しい」
「羨ましいなぁ、私は生まれも育ちも東京だから、こういったら偏見的な目線ですけど、夕凪島もそうだけど、田舎っていうか、海とか山とかが近くにある所に憧れを持ってるんですよね」
「私は、大きな町に出たことはないので、何とも言えませんけど…ただ、自然が近くにあると落ち着くというのはありますね」
「あれ?でも、風子さん方言とか出ないんですね」
「あぁ、意識して話している時は出ないかな」
距離が温まってきた手応えを感じた舞は、疑問の一つを投げかけた。
「ところで、今から向かう場所って、ニュースで知ったんですけど、風子さんが、その…言い残したというか、あの言葉と思われる場所ですけど大丈夫ですか?」
「…ええ。先程龍応様からも伺いました。緊張はしていますけど龍応様も舞さんも居て下さるんで…私自身も気になりますから」
チラッと風子を見ると、視線に気づいた風子は小首を傾げ笑っている。
「因みに聞いちゃいますけど、あの言葉は夢か何かで聞いたんですか?」
「いえ、そういうのではなくて、スッと頭の中に聞こえて来たという感じで」
「そういう事は良くあるんですか?」
「昔は、極稀にあった程度です」
「もう一つの和歌みたいな歌のようなメッセージは?」
「ああ、あれは何か良いイメージでした…温かいような、ただ、続きがあったようにも思うんですけど…」
「続きが?」
「ええ、思い出せないというより覚えていないんですけどね…」
「あ、ごめんなさい」
「全然気にしないでください、でも舞さんも龍応様とお知り合いとは、縁て面白いですね」
「うん、それは確かにそう思う…それから、変なこと聞きますけど…風子さん以前にどこかで私と会った事あります?」
「え?舞さん…に、ですか?…今日が初めてお会いしたと思うですが…」
「ですよね…」
「ただ…私、失踪していた3年間の記憶は戻っていないんです。その間にもしかしたら何処かでお会いしていたのかもしれません…そうだったら、ごめんなさい」
「あ、私こそ、ごめんなさい…実はね、私も風子さん程長い期間じゃないけど、数日間の記憶がないんです…もしかしたらその時に会っていたりして」
舞は冗談で言ったつもりだったが、何処かつっかえるよな気がする。
「…そうですか舞さんも記憶が…もしそうだったら、それも縁ですね」
苦笑する風子はそのまま続けて、
「ああ、でもあの方に感謝しないと…」
西龍寺に来る前に香と美樹に会った後、以前西龍寺で会った男性が現れ「会って欲しい人がいる」そう言われて来てみたら自分が居たという事を話してくれた。誰か糸を引く存在が居たって事になる。風子の様子から察するに疑念を抱くような事は無いと思うけど…私に会わせたかったって事……そういう小憎らしいする男は彼しかいないか…思わず笑ってしまう。
「ところで、風子さんはいつまで島にいるんですか?」
「ああ、明日の朝、帰ります。親も心配していますし、香さんと美樹さんにも会うことが出来ましたし、それに舞さんにも」
それから何だかんだ話をしているうちに待ち合わせのドラッグストアに着いた。龍応の車は既に待っていて、こちらに気が付くと龍応は車をスタートさせる。後をついて町中を走り、扇状地の谷あいの一つを奥まで行き道路脇にあったお誂え向きの駐車スペースに車を止めた。
車から降りると蝉の鳴き声と熱気に包まれ、風子は白いハンカチを片手に扇ぎながら辺りを窺っている。
「少し歩きます」
龍応を先頭に森の中へ足を踏み入れる。道なき山に入るのは何度目だろうか?前を行く龍応を頼りに木漏れ日が点在する森を蝉の鳴き声を共に進む、風子は辺りを気にしながら歩いている。
「大丈夫?」
「ええ、でもたぶん私を呼んだ声は近い…」
風子は胸の前で手を握り微笑する。
それから少し緩やかな斜面を上り、平たい空間を進んだ奥の山の斜面に目的地の遺跡、洞窟はあった。駐車場から10分程度歩いたくらいで、思ったより山の奥ではないけど、ただ違和感が辺りを包んでいる。正直、気分が悪い。
「幾つかこの辺りに縄文時代の洞窟があるのですが、墓らしきものがあるのは、ここにある洞窟になります」
龍応はこちらに向き直り、それを指さした。縦は三メートル横は五メートルほどの開口部の中にさほど大きくない石が乱雑に組まれている。あれ?
「花が添えてありますね…しかし…気が澱んでいる」
龍応の言う通り、結界の縄文洞窟とは違った不快さがまとわりつく。石組みの塚には黒い百合の花が添えられていた。
「気分が悪いですね…」
風子も胸の辺りを押さえ顔をしかめている。
「そうですね…少し下がっていて下さい」
龍応の言葉に舞は風子に手を差し伸べ数メートル下がって様子を見ていると、龍応は袖から数珠を取り出し、手を合わせながら何かを唱え四方を見渡している。にわかに風が吹き木々の枝がガサガサと揺れる。
「舞さん、正解かもしれません…邪気が多いです…浄化するのでもっと下がっていて下さい」
龍応は手を動かし印を結び、さらに何かを唱えている。風は吹いたままで法衣が靡いている。晴れている筈なのにこの辺りだけが薄暗くなっているようだ。龍応の浄化を拒んでいるようにさえ思える。
「ええい!」
その言葉と共につむじ風が巻き起こり天へと流れて行った。
「どうです?違和感は?」
澱んでいた空気が払われたのか、幾らか辺りが明るくなったような気がする。龍応の元に一歩一歩近づいても、先程までの嫌悪感は無くなっていて、鳥の囀りも聞こえてくる。
「大丈夫です」
「ええ」
頷く風子の顔もどことなくホッとしているように見える。
「いや、ここに来て良かったかもしれません…恐らく舞さんの言っていて通り、これは彼者の墓です」
「え?」
「でも大丈夫ですよ…もうここに悪しき思念は残っていません……しかし、あの花を添えたのは誰ですかね…」
その時、黒いユリの花びらが地面にぽとりと落ちた。
「私だが…」
背後から声がする。
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