うごめくもの
＊『つないでゆくもの』の後日談の作品になります。ですので『つないでゆくもの』を読んでから、こちらに目を通される事をお勧めします。_(._.)_
＊使用している画像・AIの人物画像は作者が作成したものです（商用利用可能な物です）
＊「この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません」
山に霧がかかり気温が下がる。エアコンを付けなくても涼しい。コンッ、鹿威しの音が庭に響く。笹の葉が風に戯れ、置き行灯の炎を揺らめかせる。その明かりが、三方の上の黒い石の表面を波打ち妖しく燃えている。その艶は今磨き上げられたようで、遥か彼方のあの時代よりも古い物だという事を誰が信じよう。
ギシギシと床を鳴らしながら足音が近づいて来る。
「どうです？順調ですか？」
「いや、なかなか、だが、面白いことが分かった」
「どんな？」
「例えば、どの世界戦に収束するか……巫女の力はいらぬが…生きていても目障り…本来の時空線では存在しない物が存在していたらどうなる？」
「存在しない物が存在？なくなるでしょう？まあ、私達も似たような物ですが」
「そうだ。だがなそれが存在したことによって出来る時空線もある」
「それが？」
「我々の邪魔になりそうな者を消すまでよ」
「ふうん」
コンッ、
「我々、人の手に歴史を取り戻し、支配する」
「ああ、誰とは言わないけど…大概だからね…日本だけでも何人？五人位？憑依して争いを呼んでさ、自分の好きなように遊んで後は勝手に何ていうか」
「ふん、まあいい、これがあるかぎり、人は容易い。宗教でもなんでも一緒だ、それに災いになりそうな奴らは、おあつらえ向きに勝手に集まっている」
「何が？」
「いや、なんでもない…一つ呪いをかけるとしよう」
「呪い？」
「呪いと願いは紙一重、どちらも祈りに変わりはない、十把一絡げに呪いをかける」
コンッ、
「それからどうするの？」
「何もしない…運命は決まっているのだ。ああ、墓参りでもしてこようか」
そっと、黒い石を手に取り軽く握る、その隙間から赤い液体がポタポタと三方の和紙に滴る。滲んで広がるそれは何かの絵のようにも文字のようにも見て取れる。
「いやいや、怖いね…」
ギシギシと床の軋む音が遠ざかる。
コンッ、山から吹き下りて風が、竹林を駆け抜け、庭を巡り行灯の灯を吸い取って行った。
「ミイ」という人がインスタグラムにアップした絵は瑞が夢で見た光景にそっくりで、夢の中の舞踊る巫女は神々しく女神のように美しく、巫女は互いの名を呼んでいた。香と美樹と。
その名前は奇しくも今撮影中の映画『二十四の瞳・新』の中で、撮影する予定の夕凪島の伝統舞踊である神舞の舞手と同じ名前であった。
そして昨日あの記事を目にした。どういう事なのか意味が理解できないまま、内容がコロコロ変わり、今は映画の撮影で神舞を舞うという記事になっている。
夢を見てから、今月、夕凪島で行われた神舞のニュースやアップされている動画を見たけれど、それは夢で見た物とは違っていたが、それはそれで惹き込まれるものがあった。寸分違わず息の合った二人の舞は華やかで艶やかで、何より楽しそうに踊っていた。実際それを見れると思うとワクワクする自分もいる。あの記事も変わっていない。明日からは撮影で忙しくなる。
「お姉ちゃん、先に寝るよ」
ソファで仕事をしている姉に声を掛ける。
「うん、おやすみ瑞」
「おやすみ」
寝室に入ろうとした時、コンコン、ドアをノックされた。
「お嬢様ご機嫌でございますね」
「そう？かしら？」
「はい、お風呂から鼻歌が聞こえてきました。失礼だとは思いましたが…耳に入ってきますので…」
あらやだ？
「そんなに声が大きかった？」
「はい」
目尻が下がる加賀美の顔を見た途端、あれ？加賀美って昔はよく笑っていたのに…そうね小さい時以来かしら…
「でもどうして？そんなに嬉しそうなのよ」
「当然でございます。お嬢様の幸せが、加賀美めの幸せですから」
「何よ、どうしたの急に」
加賀美は一礼すると奥の部屋に引っ込んで行った。
何よ？私の幸せ？私は幸せよ……不満な事無いし……そういう加賀美はどうなのよ…
コンコン、ドアをノックする。誰かしらこんな時間に？
「はい」
加賀美が返事をした。
兄はベッドで眠りについている。舞は疲れてはいるのだけれど寝付けない。ソファで本のページを捲る。何かこの本の中に分からない事の糸口になるような物はないかと読み進める。
巫女に連なる伝承を見聞しに何カ所か当地を訪問したが、どの地も想像以上に口が堅く、余所者を寄せ付けない。ただ、岐阜白川、香川の夕凪島には巫女の名残が見られなかった。他の地域には恐らく、系譜を継ぐ人物がその力によって口寄せに近い事を現代に至っても行われている痕跡があるものの、我が世良家のように巫女の力を喪失したのではないかと考える。夕凪島には神舞と呼ばれる風習は残ってはいるが、残念ながらそれ以外に発見には至らなかった。白川は天正年間（1586年）に地震による山の斜面の崩落で城や集落が一夜の内に消えてしまったという。もしかしたらその時に継承されてきた巫女の家も断絶してしまったのかもしれない。ただいずれの地域にも言えることは近隣に龍に纏わる神社や寺院があるのは面白い。古来より龍は水とも同一視される。水神で有名なのは『古事記』では弥都波能売神、『日本書紀』では罔象女神と表記される女神。他にも数多あるが、すぐに思い浮かべるのはこの神だ。これも想像の域を出ないが、この神も巫女を意味していると勘繰りたくなる。
生涯の終わりかけた時、全くそれらの地域と関係のない所で、お言葉を下ろす巫女の噂を耳にした。とある名族の知り合いから伝え聞いた話だ。その名を聞いても、失礼を承知で記載するが巫女に因むような苗字ではなく、歴史的にも、それらに繋がる苗字ではなかった。偽名なり芸名なりを名乗っているのかもと当初は思いもしたが、その伝でもって幸運にもお会いする事が叶い、お宅を訪問した際には伝え聞いた名前が表札に出ていたから偽りはないと思う。実際どんなお言葉を頂いたか。まずはその力の一端を痛感する。彼女は私の半生を見透かし、今現在抱えている病についても言い当てた。そこで、私はある事を伺ってみた。ここに記載するべきか迷ったが。誰が見ても分かりえないだろう部分だけ記そうと思う。『その者は現れる』
世の中には巫女の血脈でもなくとも、この女性のように突発的に目覚める人もいるようだ。彼女がどのようにして能力を得たのかは知る由もないが、普通に生活をされていた。お礼を渡そうとすると、手土産に持っていた果物の詰合せで十分頂きました。私は桃が好きですから。表現は悪いがおそらく彼女は当時30歳位、私にしたら娘のような年齢の女性に大らかな母親の様な印象を残した。
先にも述べたが、世良家は女系を保っている。巫女の多くの家がそうであろうとは確証を得ている訳ではないが、そう推察すると、言われて見れば男性でそのような能力を使用したと思われる人物。もしくは類する風習や文化を残している地域はないに等しい。巫女と同義とする事は無いが、超能力者と一時期持てはやされる人物も女性が多い。いやいや、男性でもごく数人それに近いような力を発揮している人物がいない訳ではないが…大概、そのような人物はその境地に至るため修行なるを通し目覚めている。
巫女と耳にして、真っ先に連想する歴史上の人物と言えば…卑弥呼。その人であろう。『魏志倭人伝』に記されている「邪馬台国」「倭国の女王」と称された人物。記紀にその存在を記す記述がないことから昔から論争の的となっている。統治していたと言われる「邪馬台国」がどこにあったのか。気になる所ではあるが、それは私の範疇外になる。卑弥呼と呼ばれる女王は明らかに、古代の巫女を印象付けるのに一役買っている。占いを用い、鬼道と呼ばれる術を用いて国を治めていた。『魏志倭人伝』自体、外国の歴史書という事も考慮しなければならないが、卑弥呼という音の響きに「ひめみこ」という音が聞き取れなかったのではと思えてならない。そうしたらどうなるか、「ひめのおおかみ」と「ひめみこ」が同一ではないかと思った次第で、もしかしたら「ひめみこ」ないし「ひめ」なり「みこ」なりは当時の官位や役職。もしくは今日の王と言った意味も含んでいたのかもしれない。流石に王は言い過ぎかもしれないが、女性が重要な地位にいた事を想起させるには十分だ。やがて卑弥呼が亡くなり大乱を経るようだが。
女性は穢れ、生理に関係する事から、神社や神聖な地とされる場所、例えば山から忌諱されていた歴史がある。これもつくづく思うにその場所に女性を近づけない為に施された仕掛けの様なもので、男性が修行によってその能力を花開くのに対し、元々、神と交信していた巫女（女性）を近づけさせない為の物であるように思える。現に顕著になるのは律令制が制定され社会国家の仕組みが形作られた頃に女性の地位は下がり、前述の穢れ（神道にも元々ある思想だが、仏教によって拍車がかかる）の思想も相まって、女性は神とされる領域から遠ざけられた。
このような経緯もあり、我々巫女の一族はひっそりと命脈を保ってきたわけだ……
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