序章・おくられたもの
*『つないでゆくもの』の後日談の作品になります。ですので『つないでゆくもの』を読んでから、こちらに目を通される事をお勧めします。
序章
今日午前九時ごろ、世界各地でオーロラの様な光が確認されました。この正体不明の発光現象は数分間観測されましたが、原因は掴めておりません。
専門家の間でもオーロラであったのか、違う要素の発光現象なのか、見解が分かれており今後の調査の結果が待たれます。
次のニュースです…
7月30日日曜日
ピンポーン、玄関のインターホンが鳴る。
「宅急便です」
「はーい」
兄が返事をする。
「いいよ、お兄ちゃん私が出る。きっと香ちゃんが送ってくれた素麺だよ」
舞は台所で洗い物をしていた手をタオルで拭き、リビングで仕事をする兄に声を掛け玄関に向かった。
「はーい」
サンダルを履いて、玄関のドアスコープを覗く。帽子を被り、縁のない眼鏡を掛けた男性が大きな段ボールを抱えていた。
鍵を外して玄関の扉を開けると、外の熱気が入って来る。
「ご苦労様です」
「重いのでそちらに置きますよ」
配達員は玄関の軒先に段ボールを置くと伝票を差し出した。
「ありがとうございます」
舞はそれにサインをすると、配達員はタオルで汗を拭きながら、伝票を受け取り確認している。
「夕凪島にお知り合いがいるのですか?」
「え?あ、まあ」
「すみません、夕凪島出身でしてね…つい懐かしくなりました…では、失礼します」
メガネのブリッジを押さえ、会釈をして振り返った。
玄関に施錠をして段ボールを抱える。思った以上に重く結局、兄を呼んで台所まで運んで貰った。中には素麺の袋の束がぎゅうぎゅうに詰まっていて、これでしばらく食事に困ることはなさそうだった。
「でもさ、お婆ちゃんと香ちゃんのお婆ちゃんが、文通していたなんてね」
「そうだな、婆ちゃんが亡くなる寸前まで遣り取りしていたんだろ」
「今度、夕凪島に行ったら見せて貰うんだ、早速、今日の夕食素麺にしよ」
「いいね、大盛りでお願い、あ、健太郎や彩也さんや絵美さんにも、お裾分けしよう」
「そうだね、じゃあ仕分けとく」
いけない、洗い物をしていたんだ。舞は立ち上がり流し台に向かう。今日であの日から丁度一週間が経つ。嬉しい事に、毎日のように香と美樹からメッセージや電話が来る。後で素麺のお礼を伝えないとね。
「え?」
兄の叫ぶ声がする。
「どうしたの?」
舞が聞き返すも返事が来ない。舞は再び洗い物の手を休めリビングに顔を出した。兄はソファの前に立ちすくんでいてテレビを見つめている。
テレビには綺麗な女性の写真が映し出されて、キャスターに切り替わる。
「お兄ちゃん?」
兄はビクッと体を震わせるとこちらを向き、
「いや、あの人…行方不明だったんだって」
「え?どの人?」
手招きをしてソファに腰掛ける兄の隣に座ると、苦笑いしながら話し出した。何でも夕凪島からの帰りのフェリーで見かけた女の人が、ニュースが伝えていた3年ぶりに家に帰って来た人で、それよりも兄が驚いたいたのは、私を夕凪島に探しに来る前に見た『未解決を解決』という公開捜査番組で特集されていた人物でもあったそうだ。
舞自身も、うろ覚えだが、髪の長い綺麗な人だったのは印象に残っている。
「でね、その女性、記憶が無いんだって…覚えているのはここ半月位で、それ以前の記憶が全く…」
記憶がない……舞は自然と自分の空白の数日間の事が思い起こされた。
「ああ、ごめんな驚かせたよな…」
兄は頭を掻いている。
「もう、ビックリしたよ」
舞は兄の肩を軽く叩いて、キッチンへ戻りで洗い物の続きをした。
「よし」
健兄ちゃんと、彩也と絵美の分の仕分けも出来たし。
舞は自室で本を読み始める。昨日、神保町の古本屋で年季の入った面白そうな本を見つけた。『巫女に関する考察』というタイトルの本でB4サイズの分厚い本だ。タイトルに惹かれたのは勿論だが、巻末には『世良家蔵書』と印が押され、この手の本はどっかの大きい家に収蔵されていたもので、そして品質からも発行部数は少なく、なかなかお目に掛れる代物ではないこと、何よりも好奇心を刺激されたのが、目次の中に「巫女の系図」なる物があったからだ。
伝えしところと、書き置きなどから、次の地域に巫女の血統があると推察する。それが全てではないのと現地調査をした訳ではないので留意する必要がある。
大きく分けて、東北(青森下北、秋田羽後、山形朝日、福島会津)、中部(岐阜白川、長野戸隠、山梨都留)、山陰(島根仁多、山口長門)、山陽(兵庫多可、岡山吉備)、四国(愛媛大三島、香川夕凪島)、(大分宇佐)。面白いのが山間部や島に多い。そして当然だが水の近く。元々定住していたのか、訳あってそうなったのかは推察するしかないが、東日本に巫女の名残が多いのも、本質的な巫女の係累は俗に言う縄文人に起源があると思われる。
苗字こそ我が世良家も変遷をしているが、元をただせば物部氏の支族。物部氏の祖は饒速日命。歴とした縄文の家柄である。蘇我氏も同じく。空しく意見の相違から両家が相争って滅びてしまったのも何かの運命であろう。我が世良家は皇籍を降下なされた巫女の血筋を受け継ぐ姫を后に迎えた。記紀の言う所の3代安寧天皇の娘に当たる。先祖の血統と八幡神社の社家であった縁から白羽の矢が立った訳だ。誤解を生まない為に補足しておくと八幡神社と言っても当初は応神天皇を祀っていた訳ではない。応神天皇は15代天皇で後代になり、八幡神社の元々の主祭神は比売大神であった。比売大神は当家に伝わる所以では巫女に当たる。名は伝承されていないが、即ち女性の神をお祀りしていたという事だ。その後、主家に当たる厚東氏が滅びたのちは、厚狭の血を離れ長門の地に移り一族と身を潜めるように血脈だけを残すことを命題として大内家の世を過ごし、毛利氏の御代には、元就公から厚遇を拝した。どこで見聞きし調べたのかは教えて頂けないようだったが、元々、尊皇の志ある勇者であれば畏き辺りから吹聴があったのかもしれない。さらに領地を拝領し下級藩士として生き抜き現在に至る。
巫女は神託・託宣をするというが、姫から数世代は、そのような事があったようで、その後は神懸かり的な物は失われた。それに関する資料は残っていないが、「いずれ多くの波が天に昇り、彼方より迫り降れり」というのが伝わっている。これは大内氏による侵攻を指し、主家筋である厚東氏の滅亡を意味するものと解釈されているが、1000年近い後の世の事を言い当てたとなると。にわかに得心しがたいが血脈を守って来たご先祖様を思うと、虚像だと切って捨てる事は出来得るはずも無い。注釈には、「多くの波」とは大内氏を指す、当氏は周防国多々良浜に着岸したことから「多々良」と名乗った。また、百済の聖王(聖明王)の第三王子である琳聖太子の後裔である。よって「多くの波」は多々良氏(大内氏)、「彼方より迫り降れり」とは、朝鮮半島から渡って来た。要は海を渡って来た多々良氏に気を付けよ、結果厚東氏が滅んだことにより、滅亡したというおまけが着いてきた。
「えー」
また、兄の叫び声がする。もうどうしたのお兄ちゃん?舞は本に栞を挟み椅子から立ち上がるとリビングに向かう。
さっきと同じように兄はソファの前に立ちすくんでいてテレビを見つめている。
テレビには外国の戦争の映像が流れている。
「お兄ちゃん?」
兄はビクッと体を震わせるとこちらを向き、一筋の涙が頬を伝っている。
なんだろ?舞が兄の傍に近寄ると、力が抜けたようにソファに凭れ込んだ。
「どうしたの?」
舞は隣に腰掛ける。兄は涙をぽろぽろと零しながら、
「……死んだって…香ちゃんと美樹ちゃん…………」
咽びながら漏れ落ちる兄の言葉を理解できないままでいる、
「え?何言ってんの、今日だって、素麺が届くよって…お兄ちゃん、嘘よ…」
放心状態の兄は泣いているままだ。舞はスマホをポケットから出し、ニュースを検索する。
そして、見つけてしまった。
「今日午前11時頃、夕凪島の県道で車が転落したと警察に通報があり、警察の調べによると、夕凪島在住の松薙幸さん(51歳)、松薙香さん(18歳)、跡部美樹さん(18歳)を乗せた車が崖下から発見される。三人は発見された時には既に死亡しており、警察は事件事故の両面で捜査を開始した…現状は…」
スマホを持つ手がプルプルと小刻みに震える。え?だって、さっき、ほんの数時間前に連絡があったばかりじゃない………体の中心から涙が湧いて来る。嘘…あの数日間の香と美樹の瞬間瞬間が走馬灯になる。嘘…。
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