「ねぇ、私を捨てた理由を教えて?」
ショートショートのスッキリとした分量にしております。
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「どうして?」私は目の前の、広場の断頭台に縛られ寝かされた男に続けて問い掛ける。彼は口を固く閉ざして、何も答えてはくれない。
私の後ろでは、殺せ! 殺せ! と観衆が岩漿のような怒声を上げている。
彼はこの辺りを治めていた伯爵の嫡子だ。そして、私の元夫だ。1年前に婚姻して、よくある政略結婚だったけれど、すぐに打ち解けあって仲睦まじい夫妻となった。彼は誠実で、正義感に溢れる人だった。しかし1ヶ月前、急に一方的に、屋敷の使用人の男と不貞を働いたと身に覚えのない罪を理由に離縁を言い渡された。私は身の潔白を必死に訴えるも、彼も彼の両親もついぞ信じてはくれなかった。
失意のなか、私は実家に帰った。私の両親は潔白を信じてくれて怒りも覚えてくれたけれど、男爵の父と彼の伯爵家では政治的影響力が違いすぎて具体的に行動に移すことはできなかった。両親はとりあえず、しばらくうちで静養していなさいと優しく言ってくれた。
事件は2週間前だった。彼の伯爵家が国へ納める税の一部を着服していたことが判明した。この数年酷暑が続き、そのせいで麦が不作続きだった。王室からは領民へ減税するようにと達しがきていたのが、伯爵家は例年通りの税を取り立ててその差分を自身の懐に蓄えていたのだ。王室は我々と民に対する極めて悪質な背信行為として伯爵家を取り潰しとし、彼とその父親には死刑を言い渡した。
今日はその死刑執行の日だ。彼の父親は既に刑が執行されて、彼もこれから執行される。その直前に私は彼の前に差し出された。彼が不貞を理由に私を離縁にしたのは領民にも広く知れ渡っていたことだった。しかし何故か、着服の事件が公になるのと同時にそれが濡れ衣であったという真実も広く市井に流布されていた。それにより私の名誉は回復した。そして一種の余興として、私を彼の死に際に立たせようという話が領民の代表と首切り役人の間で持ち上がったのだ。
私は最初それを断ろうと思った。飢える領民がその飢えを紛らわせるための娯楽を求めている気持ちがまったく理解できないわけではないけれど、あまりにも悪趣味がすぎると思った。体調も何故かよくなかったし。しかし、これが彼と会える最後のチャンスだとも思った。どれだけ彼を憎み許せない気持ちになっても、やっぱり彼を愛していたし許したいという気持ちはそれ以上に強いことをこの1か月で染み入るように感じていた。そして今回の一連、離縁からの名誉回復の流れ、私はある疑念を抱いていた。彼と会うことで、それを確かめられるかもしれない。妄想の世界で彼を八つ裂きにするのにも飽きていたから。
「ねぇ、本当のことを教えて?」
彼は何も答えない。口を貝よりも固く閉ざしている。しかし、その3度の問い掛けで私はすべてを理解した。だって、1年近く一緒にいたんですもの。もはや言葉はいらなかった。彼は私が伯爵家の罪に巻き込まれないために先に逃がしてくれたのだ。きっと、彼自身も彼の父親の不正にただ巻き込まれただけなのだ。そして彼自身も家として償わないといけない罪だと認識し共に裁かれることを望んだのだ。もしかすると、罪が明るみになったのも彼自身がやったことなのかもしれない。彼はそのすべてを墓場まで持っていく気だ。
「執行のお時間です」首切り役人は言った。
「――分かりました」と私は応えた。「ただ最後に」
私は彼の耳許まで近づいて、他に誰にも聞かれないように囁き声で言った。お腹を擦りながら。「あなたの罪、私もちょっとだけ背負うわね」
彼はほんの一瞬だけ泣きそうな顔をして、すぐに固い表情に戻した。私は彼に背を向けて、離れていく。11歩歩いたところで、刃物が空気を切り裂き次いで肉を断った音が聞こえた。
そして半年が経って、私はやはり不貞を働いていた阿婆擦れだったと、元伯爵領で噂になった。