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ろく。「天使に出会った」(チェス)

 チェス・サンドリン。

 私の名だ。侯爵家・サンドリンの次男という恵まれた家に生まれた。

 侯爵位は高位貴族という立ち位置で、王家と公爵家には及ばないが、それでも裕福。どれくらい裕福かと言えば、普通の平民ならば十年ほどは遊んで暮らせるだろうという程度のお金が、私の一年間の小遣い相当だから。

 公爵家の者なら私の五倍くらいの小遣いを年間で貰えるだろうし、王族の者なら私の十倍くらいの小遣いを貰えるだろう。そちらから見れば、私は裕福とは思えないだろうけれど、伯爵家・子爵家・男爵家から見ればかなり裕福だし、平民に至っては天地の差があると理解している。

 驕っているのではなく、事実だと認識している。

 そして、私自身もそれなりに高スペックだと認識している。


 顔? 両親のいいとこ取りで父上の涼やかな目元と高い鼻筋と薄い唇に、母上の小顔な輪郭で配置よく収まったパーツと、母上と同じ眩く豊かな金髪と一級品のルビーのような赤い目で、幼少期は天使のようと評され、長じて父上譲りの高身長で手足も長くなり体躯も引き締まっている。王族や公爵子息と並んでも遜色無い姿は、誇張などなく既婚未婚を問わず女性から秋波を送られている。


 尚、迫られ過ぎて女性が姦しいどころか集団だと怖いと思ってしまい、適度なところであしらって距離を置いているので女心は実はあまり分かってない。

 勉強はそれなりに出来ていたことによって、第二王子殿下の側近に選ばれる結果を生んだ。ちなみに我が国では、跡取りが文官や側近などに選ばれることはない。

 貴族家当主として家門と領地領民を守りながら、国政に関わるなんて過労もいいところだから、というのが理由だ。実際、過去に若くして亡くなる当主が相次いだと言われている。

 武芸の方はあまり得意では無いが、武官ではなく文官での側近採用なので、その辺りは問題無い。

 サンドリン家の跡取りでは無いが、第二王子殿下の側近ということで、滅多なことを仕出かさない限り、安泰な将来。サンドリン家が持っていた従属爵位である子爵を譲られて、下位貴族とはいえ、子爵家当主。

 後ろ盾は侯爵家だし、実家に頼らずとも、それなりに既に金持ちの独身、ということを加味して、さらに女性に秋波を送られるようになった。

 おまけに身分が下位貴族になったことで、同じ下位貴族の令嬢方はチャンスだと目の色を変えて迫ってくる日々。

 そんな日々に倦んでしまい、仕事に逃げ込んだ。子爵当主として別邸を父上から賜ったが、第二王子殿下の側近として王城に部屋も賜ったので、普段はそちらで寝泊まりするようになってしまい、子爵邸に戻らないので使用人も、執事一人、料理人一人、侍女一人しかいない。庭師も雇ってないのは、屋敷に帰らないことが多いからで。

 母上に雇用され鍛えられた三人の使用人たちの実力を発揮させてあげられないのは申し訳ないが、仕事が忙しいのと、王城からでて令嬢たちに捕まりたくないのとで、屋敷に帰る足は遠のいていた。


 そんな日々を送りながら、成人して数年が経ち、いつの間にか二十五歳を迎えた私は、そろそろ身を固めろ、と両親に兄上に第二王子殿下や同僚にまで、催促され始めて渋々夜会に顔を出すようになった。


 結婚までいかなくても、婚約者か交際相手は居た方がいい、というのは同僚の提案だ。

 理由は、主人にあたる第二王子殿下の婚約者殿がいよいよ我が国へ来るから。既婚でもなく婚約者も居ない私が、第二王子殿下の側近に居ることは、他国から迎えられる殿下の婚約者殿との仲を突っつく者も出てくるだろうから、だ。

 その懸念は分かる。


 既に私は既婚・未婚問わず女性たちと一定の距離を置いていることで、実は女性に興味無いのでは、と噂され始めていた。

 いや、女性に興味はあるし、結婚もしたいし、妻と相思相愛になってイチャイチャしたいし、子どもも欲しいが、私の元に来る女性たちって、なんか肉食獣みたいに目がギラギラして怖いから、距離を置いているだけだ。

 ただそれだけなのに。

 だから、私にあまり興味が無くて慎ましやかな女性が好みなだけだ。

 それなのに、こちらが思いもしない噂が出始めた。この上、実は第二王子殿下の婚約者殿を狙っている、みたいな悪しき噂まで流されたら、と思えばゾッとする。噂一つで、失脚することも有り得るので、渋々夜会に顔を出して、お相手探しをしている風を装った。

 実際は、肉食獣な女性方を内心辟易しながら避けている。

 そんなある日の夜会で私は天使に出会った。

 王家主催の夜会に出席し、相変わらず令嬢方に囲まれ、気分が悪くなった私は、ちょっと所用が、と会場から抜け出ようと扉の向こう側に出たところで、蹲ってしまった。


「大丈夫ですか?」


 柔らかな声音がしたが、女性であることで、変に応えて狙われたら堪らない、と応えずにいた。


「本当に具合が悪いのかしら……」


 呟くような声音に訝しむ音が潜む。私狙いの女性だろうか。どうするか、逃げようか。考えるより先に。


「あの、もし、こちらの方、具合が悪いみたいで。どこかで休ませてあげて欲しいの」


 私に、ではなく誰かに声をかけるようなものに変わり、畏まりました、と男の声も聞こえた。

 直ぐに近寄ってきた相手は男の給仕のようで、女性はどうやら本当に私を心配してくれた、と分かった。給仕の肩に手をかけて歩き出す直前に、女性をチラリと見た。

 安堵の顔を浮かべた白髪にアクアブルーの目が、印象的な若い女性。どこかの令嬢だろうか。給仕と共に立ち上がった私に安堵した後は、もう私のことを気にかける様子も無く、会場に視線を向けた。


「天使に出会った」


 口の中で溢れた言葉。

 給仕にはもちろん聞こえなかっただろうし、少し歩いているうちに気分が良くなったが、かといって会場にまた戻るのは止めておいた。

 天使のことは知りたいが、具合の悪かった姿を見られたのに、すぐ良くなったことで、偽りだと思われるのを避けたかった気持ちがあったし、具合が悪くなった姿を見られていることがとても格好悪く思えたので、万全なときに会いたいと思ったからだった。

 その後、取り敢えず両親に「天使に出会った」と報告した私は、彼女のことを調べて欲しい、と両親に頼んだのだが。この時の私の様子を両親が呆れたように見ていたことを知るのは、もう少し先のこと。


 ーー何しろ私は自分で言っていたのだ。


 白髪の天使だ、と。

 そんなに特徴のある女性など両親に頼まずとも直ぐに調べる、いや、噂で聞こえてくるくらいなのに。

 一目惚れした私の頭ではそんな思考に辿り着くことなどなくて。後々、母上と義姉上から散々揶揄われることになった。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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