ご。「だから、他の方と差異は無いの」(ナチカ)
この国では、貴族は金髪や銀髪が多いものの、平民にもチラリホラリとその色を持つ者がいます。平民は黒髪や茶髪が多いものの、貴族にもその色を持つ者は居ますから、髪色で貴族か平民か分からないのです。
ただ、数十年から数百年に一度。
生まれた時から白髪の人が現れます。私のように。
両親も年の離れた弟妹も金髪なのに、私だけが白髪なのです。
なぜ、そういう人が生まれるのか分かりません。
生まれつき白髪の人でも目の色は様々で、私は金髪にアクアブルーのお父様と同じ、アクアブルーの目の色をしています。ちなみにお母様は金髪でエメラルドグリーンの目。弟妹はどちらもお母様と同じ目の色をしています。
「そうでしたね。若奥様は稀人でございましたね」
ドムが口調を改める。稀に白髪の者が現れるので稀なる人で稀人と呼ばれますが、奇跡の力がある、とかそういうことはありません。
「私のお祖父様・お祖母様世代にもいらっしゃっると聞いてます。その方は王族ですよね。私はお会いしたことはありませんが」
「私もその話は伺ってます」
ドムが頷きます。
かの方の前は百年以上居なかったようなので、生まれた頃は、王族とはいえ、伝聞でしか知らず存在を疑われていた稀人の、前王弟殿下は奇異の対象とされていたようです。尤も王族ですから表立って厭う者は居なかったようですが。
ただかの方は、己が奇異の対象にあることを疎まず、倦むこともせず、だからなんだ、とばかりに堂々とした振る舞いをされていたことで、白髪でもいつの間にか周囲も気にならなくなったようです。
同時に、これから先も白髪の者が生まれても、奇異の目を向けることならず、と仰って。
それが浸透した頃、私が生まれました。
お父様とお母様は最初、私の存在を隠すおつもりだったようです。
それはかの方のように私が奇異の対象にならないように、という配慮でした。
ですが。
私もよく分からないことなのですが、白髪の者が同じ時期に居ると、その存在が分かるようでして。
お忍びでかの方はお父様を呼び寄せたそうです。
その頃には、かの方の兄上が国王陛下となられていて、かの方は王弟殿下と呼ばれていらっしゃりましたが、爵位を賜っておられたので、王城ではなく、その屋敷だったと聞いております。
ちなみに私が八歳の年に国王陛下は譲位され、お父様と同世代の方が即位されましたから、かの方は前王弟殿下と呼ばれていらっしゃるのです。
「でも、お父様は先程も告げたように小心者。その召喚状を見ただけで真っ青になられて、結局お祖父様がお召しに参じた、と。そして密かに私のことを把握していたかの方から、隠しても何れ分かることだし、隠していると、家族で虐げているなどと要らぬ憶測も生まれるから、とのことで、お父様は私のことを隠すことをやめたそうです。でも大々的に打ち明けることもしない。社交もあまりしないお父様ですし、子爵家で取り立てて目立つことの無い我が家でしたから、私が社交界にデビューするまでは、あまり知られませんでした。両親も使用人も私を虐げるとか、もちろん無くて伸び伸びと育って、私は自身の髪色が違うことを悩んだこともありますけど、それで卑屈になることも無かったのです」
そこでひと息つきました。続けて。
「私が社交界にデビューする年齢を迎えて、かの方は敢えて、白髪の者を稀に現れるから稀人という呼び方にしよう、と仰り。稀人を大切にすると良いことが起こる、かもしれない。と仰ったとか。きっとかの方なりに私の、未来に生まれる白髪の者の行く末を案じてのことだったのでしょうけれど。そのお陰で世間様からは奇異の対象として見られることは無かったのですが、社交界デビューしてから何かと私と仲良くなろうとする方が多くなってしまいまして。男女問わず。かの方と繋がりもある、という畏れ多い憶測まで飛び交ってしまっていて。だから私は、滅多に茶会も夜会も出ないのです」
それでも全く出ないわけにもいかないので、小心者のお父様の意見を聞いて、大規模な茶会や夜会を開催しないところへ出席するようにしています。
とはいえ。
王家主催の物なんて召喚状もとい招待状が来たら、出席しないわけにいかないのですが。
「だから、ね? 私は具合が悪くなる人にお会いすることが男女問わず多いし、うっかりするとバルコニーどころか個室に連れかけられることも数回あったから、本当に具合が悪い方なのか分からないので、給仕に声をかけて後を頼むようにしていたのよ」
困ったように私は笑って。
「だから、旦那様が本当に具合が悪かったとして、お声がけしたことが出会いだとしても……他の方と差異は無いの」
クロエもドムもドカラも、ようやく私の話に納得したように頷きました。
「つまり、若奥様にしてみれば、本当に具合が悪いかどうか判別が付かないものの、本当だったら、ということを考慮して、給仕に声をかけるのはよくあることだった。でも、若旦那様からすれば、本当に具合が悪かったので若奥様が給仕を呼んだことが嬉しくて、一目惚れをした、ということですか」
クロエが腑に落ちた、という表情をしています。
「いや、だが、それではなぜ若旦那様は、若奥様と相思相愛だと思っていらっしゃるのか、説明がつかないが」
ドムの突っ込みは、私こそ尋ねたいことですが。
「もしかして……勝手な想像ですけれど、若旦那様、若奥様が自分の顔や身分を知っているのに、全く気にかけないでいたことで。若旦那様が常々仰っていた、自分という男を見てくれる女性に出会った、とか思われて。そんで、求婚したら受け入れてくれたから、やっぱり……って舞い上がって相思相愛だ、と思い込んでいる、とか」
クロエが勝手な想像とやらを口にしていますが、えっ、サンドリン家の方が、そんな残念というか、笑い話みたいな思考に陥ります? 侯爵家でも落ちぶれているどころか、指折りの名家のご子息ですよ?
「まさか。それでしたら、サンドリン家から求婚のお手紙が届くはずでしょう? この結婚は王命だわ。そんなはずないわよ」
クロエの勝手な想像を一笑して否定します。
でも、そうねぇ。
どうして王命が出たのか、という疑問は変わらないわよねぇ。私は独り言ちるように考えを口にしてみます。
「もしかして、かの方が私の行く末を案じて、兄上であられる前国王陛下に、畏れ多くもどこか良い家を紹介してくれ、と仰ったのかしら。いえ、でも、いくらなんでも一度も会ったこともない下位貴族のそこら辺にいる平凡な娘のために、そこまでお心を砕いていただくなんて、有りませんよね。それに良い家を紹介してくださるなんて夢物語みたいなことが仮に起きたとしても、サンドリン侯爵家なんて、指折りの名家を紹介してくださるなんて、尚、有り得ないですし。然も前国王陛下が国王陛下に頼んでまで、ということも不可解ですわね。大体、この結婚に王命を出すほどのよいことなんて、センヌ家には大有りでも、国王陛下にもサンドリン家にも有りませんよねぇ。そう、そうよっ、サンドリン家に良いことが無いどころか、国王陛下にも良いことが無いの。いくら、かの方のお言葉とはいえ。白髪持ちと仲良くなれば良いことがある、かもしれない。という言葉にサンドリン家も国王陛下も踊らされるわけがありませんし。じゃあこの王命による結婚の真意ってなにかしら」
私の疑問に自分で答えを出そうとしているところに、ドムが若奥様、と声をかけてきました。
なに? と返事をすれば。
「あ、あまり先走った考えをなさらず、若旦那様が王城より帰還されてお話し合いをされてからでも、答えはお分かりになられるか、と」
恐る恐ると忠告してくれました。有り難いわ。そうよね。一人で先走っても仕方ないですものね。
「あら、そういえば、結婚式直後から王城にいらっしゃるとか言う旦那様って、なんのお仕事をされていらっしゃるの?」
今さらながらに、そこに気づきました。
「若奥様、ようやく若旦那様にご興味が湧かれたのですね」
なんて、クロエが感慨深い声で言うのを聞き流すように、ドムが静かに答えてくれました。
「若旦那様は第二王子殿下の側近のお一人でいらっしゃいます」
「あら、そうでしたの。……あら? 第二王子殿下と言えば、近く、海の向こうの国から王女殿下をお迎えになられるのでは? 小さな頃に婚約が成立し、来年の婚儀の前に、この国に慣れるようにいらっしゃるのではなかったかしら」
いくら下位貴族でも、さすがにそんな大きなニュースは知ってます。ドムも、ええ、と頷きました。
「その件で旦那様はお忙しくて王城に泊まりきり、なのかしら?」
私の確認にドムはもう一度頷きます。
そこで、クロエの顔があからさまに歪んだことに気づきました。
「はっ、もしや、旦那様の第二夫人って、その王女殿下の侍女か何かというお立場の方では? 旦那様の第二夫人なら、侍女仕事を続けられる、いえ、もしかしたら乳母の地位をお考えに? 或いは、高位貴族の夫人という形で友人という関係を築かれるとか? それでしたら、それこそ王命で第二夫人を、という話にも辻褄が合いますね。あら、じゃあ、寧ろ私が第二夫人にならないといけないのじゃないかしら。いえいえ、寧ろ、そのような大切な方を妻として迎えられるのでしたら、私は離婚した方がいいのではなくて?」
クロエの歪んだ表情を見た瞬間、私は閃きのようにその考えに到達しました。
クロエもドムもドカラも、驚いていますから、間違いないかしら。
「わ、若奥様、な、なぜ、それをっ。私ですら若旦那様のお手紙を送られた大旦那様から聞かされたのが今朝のことでしたのに」
ドムが大きな声で詰め寄るので、どうやら勘が当たったことを知りました。ああだから、ドムから話を聞いたクロエが先程慌てて私のところへ来たのですね。
「知りませんわ。クロエが顔を歪ませたので、もしやと閃きましたの。私、子どもの頃からなぜか、時折このように閃くことがありまして。大抵、その閃きによる考えが当たるわ。勘がいいのかしらね。お父様のちょっとした隠し事とか、手癖の悪い使用人を当てたこともあるのよ?」
ちょっとだけ得意顔になってしまったのは、許して欲しい。平凡な私の唯一の取り柄なので。
ドムたちがさらに驚いた顔をしたのは、ちょっとおもしろかったわ。
でも、私と旦那様の結婚に関する王命の理由は不明だけど、これで第二夫人を娶ることの王命理由は分かりました。
円満に離婚して、王命によるもう一方を、第二じゃなくて唯一の妻としてお迎え出来るように、私も行動した方がいいかしら。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
次話から旦那様視点に入ります。