表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

さん。「緊張し過ぎて覚えてないわ」(ナチカ)

「わ、若奥様、あのぅ、冗談でもなんでもなく?」


 クロエに恐る恐るといった具合で確認され頷く。


「冗談でも嘘偽りでも無く。私が子爵家の娘だと知っているでしょう? 子爵であるお父様が、婚約する前日に、陛下から手紙を受け取られたの。王家主催の夜会以外で招待状は元より手紙すら受け取ったことのない我が家よ? お父様、その手紙の封筒が高級紙であることで、既に涙目になっていて。封蝋を見て青褪めていて。自分は王家から睨まれるようなことは何一つしていない、と思っていたのに……なんてパニックになりかけていたから、深呼吸させて執事からペーパーナイフを受け取って開けるまでに、そうね……一時間くらい要したかしら」


 私はその日のことを鮮明に伝える。

 お父様のあの動揺は久しぶりだったわぁ……。

 小心者なお父様は、祖父から受け継いだ子爵領を、先ずは衰退させないように領地のことを把握。その他子爵として必要な執務や社交もこなす。

 領地を富ませるのは難しいけれど、衰退させるのは容易い。だからこそ、衰退させないように、というお父様の目標は正しい。

 あとは少しずつ少しずつ、蓄えを増やしながら小麦の品種改良にも手を出して。それが成功するのは何年も先だけど。お父様は小心者で堅実型。

 そんなお父様に王家から睨まれるようなことは、当然無いし、手紙をもらうような何かがあることも、当然無かったから。

 そりゃあ動揺するよね。

 私が話し始めると、えっ、そこから? というような顔でクロエが私を見ている。そこから以外、最初が無いのだけど……。


「それで、漸く手紙を開いたお父様と、その隣でお父様を支えていたお母様が手紙を覗き込んで。

 王命により、センヌ子爵家ナチカの結婚を命じる

 って書かれた手紙を読んで、二人共気を失ってしまったの。お父様が小心者なのは分かっていたけれど。お母様は寧ろ大雑把というか、おおらかな人なのに、そのお母様も倒れてしまって。さすがに驚いて、介抱しながら執事に医師を呼ぶように指示を出して。歳の離れた弟と妹が騒ぎに気づいて不安がったものだから宥めて……なんてやっていたら、手紙の存在を忘れてしまったのよ。執事が回収してお父様の執務机の引き出しに仕舞った、と後から聞いたけれど、執事はさすがに陛下は元より誰の手紙も勝手に読めないし。それから、医師が来て診てもらって、気つけ薬飲ませて、お父様とお母様が意識を戻したのが夜中。それから直ぐに寝支度をして眠ったわ。そして翌日はお父様が婚約締結に王城へ出向く、と朝から支度にバタバタしていてね」


 その後、出かけた父を見送り、母にお相手のことを尋ねようとしたら、母は弟と妹を構うことになってしまい……、帰宅した父に尋ねようとしても、疲労困憊で尋ねられず。

 一ヶ月後に結婚、と言われて、名前だの素性だの聞くよりも、結婚準備をしなくてはならなくなって。


「お父様もお母様も急な結婚準備でしょう? 私もだけど、とてもバタバタしていて、名前? 素性? 聞く暇なんてどこにあるのってくらい、それどころじゃなかったもの。そして、当日になってしまって。ベール越しだから旦那様の顔なんてきちんと見えないでしょう? 見目麗しいような雰囲気があるわね、とは思ったわ。でもベール越しだけど、知り合いかどうかくらい分かるかしら、と思ったけれど、見知らぬ方のようだったし、名前も知らないし。王命による結婚だから、ただでさえ緊張するのに、さらに緊張する場面でしょう。粗相の無いようにってずっと思っていたから、婚姻証明書に名前を買いたときに旦那様のお名前を見た気がするけれど」


 一度、深呼吸をして、その事実を改めて口にする。


「緊張し過ぎて覚えてないわ」


 私の話に、クロエもドムもそしてドカラでさえも、口を大きく開けた。

 ……やっぱり、一年も放置していたのは、悪かったかしら。そうよね、唖然とするわよね。


「わ、若奥様……、ほ、本当の本当に、若旦那様のことをご存知無いのですね」


 クロエじゃなくて冷静なドムが動揺している。ごめんなさいね。動揺させて。


「全く知らないわ」


 私が申し訳ない、と頭を下げれば、ドムが深呼吸をして静かに切り出す。


「先ず、若旦那様のお名前は、チェス。チェス・サンドリン子爵です」


「サンドリンって確か何代か前に当時の王女殿下が降嫁したこともある、侯爵家……?」


 とんでもない大物と同じ家名に私がギョッとしながらドムに確認をすれば、ドムが重々しく頷く。


「待って、えっ、本当に待って? そんなとんでもない大物のご子息と私、王命で結婚したの? どうしてなの? じゃあドムたちは侯爵家の使用人? 私みたいな小娘かつ元子爵令嬢に、若奥様なんて呼びかけるなんてっ。侯爵家の使用人なんて、私よりも身分が高いかもしれないじゃないっ」


 ヒッ。気軽に接していたわ。どうしよう。


「わ、若奥様、大丈夫でございます。落ち着いてくださいませ。我ら兄弟は元は男爵家の次男と三男。クロエも男爵家の次女ですから、身分は若奥様の方が上にございます」


 ドムに宥められて深呼吸をする。

 ああ、そういえばそんな自己紹介されていたわ。やだわ、私ったら慌てて。

 一先ず落ち着いた私を見て、ドムが続けた。


「若旦那様……チェス様は、サンドリン侯爵家の次男で侯爵家が持っていた従属爵位を頂いて子爵となられましたので、本来ならば旦那様とお呼びするところでございますが、前サンドリン侯爵を大旦那様。チェス様の兄君であるサンドリン侯爵を旦那様と呼んでいたので、チェス様を若旦那様と呼んでいるのです。子爵当主なのですけれどね。また、この屋敷は侯爵家の敷地内の別邸でして、そういうことからも若旦那様とお呼びしているのです」


 えっ、ここ、侯爵家の敷地内で別邸だったの?


「えっ、私、侯爵家の敷地内に居たの? というか、前侯爵ご夫妻と侯爵ご夫妻にご挨拶もしないで一年ものほほんとしていたのって、とてもとても失礼じゃないかしら? お怒りになられておられない?」


 一年、屋敷の内装や庭の手入れなんかで日々を費やしてたから、誰にも会ってないし。というか、本邸の侯爵ご夫妻とかに挨拶しない弟の妻とか、それって非常識じゃないかしら? えっ、私、非常識な女という立場なの?

 いえ、それより、侯爵家の敷地内って広いのね。別邸は建てられるし、庭もあるし。この別邸って私が生まれ育った子爵家の屋敷と同じくらいの広さだけど?

 コレが別邸なら、本邸ってもっと大きいの?

 いや、そうじゃないわ。それどころじゃない。

 非常識というか礼儀知らずな女という汚名を被っているのなら、返上する必要があるんじゃないの?

お読みいただきまして、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ