じゅうきゅう。「親しくない婚約者程度の距離感で接してみませんか」(ナチカ)
「及第点というのは」
初めてきちんと見た顔が泣き顔だったからか、なんかここでキリッとした表情を見せようとしているのだけど、私は笑わないように視線を外すので精一杯。
「そうですね。及第点なので一応許します。条件付きですかね」
「条件付きで許してくれるのかっ」
視線を逸らしたままの私に構わず、旦那様は食い気味に返事をしてきました。やっぱり許さないって言おうかしら。
「先ず、私を天使と呼ばないでください。とはいえ、奥さんとか言われても嫌ですし。ちょっと素直に返事は出来ませんから、そうですね。お互いのことを知らない私たちは夫婦というより、知人です。まぁ結婚してしまいましたが、王命による結婚でしたし、親しくない婚約者程度の距離感で接してみませんか」
そうすると私も旦那様呼びではなくて、チェス様呼びの方がいいのかしら。いえ、名前や愛称って親しくないと呼ばないのでサンドリン子爵様がいいかしら。
「親しくない婚約者程度の距離感……」
呆然とした様子で私の言葉を繰り返していますけど、何かおかしなことを言ったつもりはありません。
「はい。名前や愛称は親しくなってから呼ぶわけですし、私はサンドリン子爵様と呼びますので」
「ま、待って欲しい」
あら、最後まで言わないうちに止められてしまいましたわ。
「け、結婚しているのにサンドリン子爵様というのは、さすがに……。確かに交流ゼロだったし、ずっと放ったらかしにしてきた私が全面的に悪いが、結婚している以上、家名で呼ばれるのはちょっと……」
そういえば、今さら気づきましたけど、大抵家名と爵位を授かった際の名前って別ですよね? なんでご一緒なのかしら。その辺り、後でドムに尋ねて勉強しておく方がいいかしら。まぁ今は置いといて。
「では、変わらずに旦那様と呼ばせていただきます。旦那様には……奥さんって呼ばれるのは、今後は分かりませんが今のところ、ちょっと違う気がしますし、名前を呼ばれる気持ちにもなれませんし、お前とか言われたら速攻で離婚したいですし、君と呼んでもらうのが良いですかね」
そうですね。ナチカとか呼ばれても親しくないのに夫ってだけで……なんて思ってしまいそう。そりゃ結婚するまで顔も知らない婚約者同士というところもありますけど。あら、そういうご夫婦はお互いをどのように呼んでいらっしゃるのかしら。
「君……。わ、分かった。君と呼ぶ、ことに、する」
なんだか嫌々だけど、みたいな表情ですね。でも納得してくれたのなら良かったです。
「それから、およそ一年放置されていましたから、同じく一年、旦那様がどのように対応してくださるのかお手並み拝見させてもらいます。貴族の最大の義務であり、妻の義務は子を設けて次代へ繋ぐ事でしょうけれど、初夜はすっぽかされましたし、その後も放置されてましたし。一年は様子見ということで無しで構いませんよね。一年経ってから後継について考えましょうか」
旦那様が顔を青褪めさせていますが、もしや閨はあるとでも思ってました? 最初は私も考えていましたけれど、ここまで放置されたのに今日帰って来ました。だから初夜をやり直します。ってやり直すわけ、ないですよね?
そんな言葉を付け足すと、旦那様はウッ……と呻き声を上げてから渋々頷きました。
「わ、分かった。一年、君が許してくれるような誠意ある態度を見せられるように頑張る」
あら、拒否する権利を行使しなかったのですね。
拒否してきたらそこで一年の様子見も無し、と言えたのですが。きちんと私に寄り添ってくださるつもりがあるみたいだし、様子見ですかね。
「あと、第二夫人の件ですが、先程のお話だと、王命とはいえ監視みたいな形ですか」
「私は望んでないっ。君だけだっ。だけど、うん、監視というか、賢そうであり愚かそうであり、野心があるようだが何を狙っているのか分からないから、そういう意味で監視する対象として、常に一緒に居られる相手として、結婚という形を取るのは確か、だな」
私が第二夫人について尋ねると、旦那様はそんなことを仰る。うーん。でも、そんな簡単に心を開くかしらね。その辺りはよく分からないですけど。
「一つ、旦那様に協力致しましょうか」
「協力?」
「旦那様は私の白髪について、全く気にしていなかったご様子。奇異の目で見られるのも嫌だと思いますが、幸運の証のように思われるのも大概苦痛でした。前王弟殿下は奇異の目に晒されないよう、私を守ってくださったのでしょうが、幸運の証のように接せられることも意外と苦痛だったのですよ。
だから、旦那様との結婚はそういうことで利用されたのか、或いは、政治的理由かなにかで、王族に近しい人間に娶らせようという思惑でも働いたのか、と思ったのですけど。確かに高貴な方の思惑もあったのでしょうけれど、旦那様が私の白髪に興味を持たなかったのに、私と結婚したいと仰ってくださったことは、嬉しく思いますから。
第二夫人になられる予定のルス伯爵令嬢でしたか。その方にお会いして、彼女の野心とやらを私が探りましょう。女同士だからこそ、本音が出ることもありますからね」
私がふふふ、と笑みを溢すと、旦那様が危険かもしれない、とかゴネましたが。私の条件の一つですって告げたら黙ってしまわれました。
あら、意外と素直ですね。それとも、本当に私と離婚したくないのでしょうか。
第二夫人のお話は、ま、これから一年、旦那様の態度を見極めさせてもらうための一つにさせてもらいましょう。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




