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じゅうなな。「まずは座ってください」(ナチカ)

「あ、あの、旦那様?」


 恐る恐る尋ねてみる。

 クロエとドムの態度から察するに間違ってないはずだけど、土下座して号泣してる男性が、本当にそうなのか分からなくて。


「だ、だんなさまってまだ呼んでくれるのか」


 ヒグッ。ウウッ。嗚咽の間に言葉が発せられているのか、言葉の間に嗚咽が混じるのか。

 分かっていることは非常に聞き取りにくいということ。なんとか聞き取ったのは、それだったので、ええとまだ呼んでくれるって呼ばなくてもいいってことかしら。なんて思うけど、多分そんなまぜっ返したことを言うと話が進まない予感がしたので。


「離婚してませんから、旦那様と呼ばせていただきますね」


「り、りこんっ……。やっぱり手紙も書かないで花一つ贈れない私では、離婚したいよなっ。ごめんっ。ごめん、ごめんなさいっ」


 私が離婚の一言を口にしただけで、号泣が増して謝ってる。嗚咽や号泣に混じった言葉だから、聞き取りにくくて聞き取りにくくて、すごく大変だけど、謝る言葉と、手紙の返事も出さなかったことや、贈り物も無かったことを謝ってる。


 贈り物は兎も角、手紙の返事くらいは欲しかったから、まぁ無かったことに落胆したし、その後は、それほどに王命で結婚してしまった私が憎いのか、嫌なのか、興味ないのか、ということなのね、と割り切ってしまっていて。


 だから。

 正直なところ、クロエもドムもドカラも、旦那様が私に一目惚れした云々の話を聞いても、ピンとこないというか、ハッキリ言えば信じてないというか。


 三人を信じてないのではなくて、旦那様がそう言っていたことを信じている三人に対して、いや、それは無いでしょうと思っている、というか。三人も騙されているんじゃないの? と思っているというか。


 だから。

 王命で第二夫人を娶るって聞いた時に、あ、そちらが本命なのかしら、とまで思っていたというか。そちらと事情があって結婚出来ず、やむを得ず私を先に妻にする何らかの事情があるのかしら、みたいなことを考えていたのだけど。


 でも、そうね。

 言い訳一つもしないで、只管に「ごめんなさい」って謝り続けて「手紙も出さなくてごめん」とか「説明も何もしなくてごめん」とか、ただただ謝っている姿を見てると、一目惚れ云々は置いといて。

 少しは私のことを考えてくれているのかしら、とは思えるわ。


 思っていたのよ。

 なにも説明されず、急な王命。

 私の気持ちは置いてきぼり。

 旦那様となった人との話し合いも何もない。

 顔も名前も覚えてないし、初夜も無く、放ったらかしにされたままで、手紙の返事すらない。

 すごく、すごく怒りたいけど、旦那様の家の使用人に対して、彼らが悪いわけじゃないのに怒れないし、旦那様に会わないから怒れないし、手紙に怒っていることを書いてもいいのか分からないし。

 怒る機会すら失っていて。


 だから。もしも、旦那様に会ったら文句の一つや二つや三つや四つは言わせてもらおう。怒らせてもらおうって思っていたのだけど。

 話し合いをする前に第二夫人の話が出るし、一年近くも放ったらかしにされるなんて思ってなかったし、もうこれなら会わないで離婚した方がいいんじゃないかなって。


 それなのに、唐突に現れたじゃない。

 今さら何なのよ、もう。

 本当にそう思って。

 今さらよ。

 そうも思って。


 これで言い訳をツラツラツラツラ述べて、だから仕方ないことだった。だから許してくれ。なんて言われていたら、許せるわけないって怒ったし、怒りをぶつけまくって、頬を張り倒したと思うし、離婚してって叫んだだろうし、王命だろうとなんだろうと、私は知ったことじゃないわよ。なんて啖呵も切ったと思うのだけど。


 言い訳一つ述べず、只管泣きながら土下座して謝るこの人に、毒気が抜かれたというのか。怒りがポンってどっかに行ったというのか。

 なんか、仕方ないなぁって思ってしまって。

 一先ず、言い訳くらいは聞いてあげてもいいかなってそんな気になったの。


 だって、ただ謝るってことは、本当に申し訳ないって思っていて、私の気持ちに寄り添って謝ってくれているわけだから。

 まぁ、こんなに土下座して泣いて謝る前に、どうにかして欲しかったのは確かだけど。

 言い訳を述べないで謝ってくる辺り、反省してるのかなって。


 言い訳を聞いて、それでも納得出来なくて許せなかったら、そうしたら怒って、頬を張ってもいいんじゃないかな。

 そんな気持ちになれる程度には、ちょっと怒りは落ち着いてる。


「まずは座ってください。これから朝食なんです。取り敢えず朝食を終えたら、言い訳くらい聞いてあげます。だからまずは座ってください」


 ズビッ

 鼻を啜る音がして、顔をあげた旦那様。

 涙塗れで顔はグシャグシャで鼻も赤いのに、それでも元の顔が良いからか、全然見苦しくない。得だわ、なんて思いながら食堂を示す。


「い、いいのか。一緒にごはん食べて。一緒の席に着いて」


「朝ごはん食べてないのなら、一緒に食べましょう。話を聞くのはそれからです。言い訳を聞いてあげますけど、それを聞いた上で怒るかもしれないし、許さないって言うかもしれません。それでもいいですか」


「い、いいです。話を聞いてくれるなら。……やっぱり、天使だ」


 いえ、人外になったつもりは無いんですけど。

 でもまぁ、お腹空いてると言い合いも出来ないし、怒れないし、余裕が無いから話を聞く気にもなれないですしね。

 一連の流れを見ていたドムが厨房に向かって行くのを見て、旦那様の分の朝食の準備をドカラに頼みに行ったのかしら、と思いつつ。

 クロエがティーセットを二つ準備してきたところを見て、さすが、侯爵家からやって来た使用人。出来るわね。なんて改めて思いつつ。


 食堂の席に着いた旦那様を見た。


 そうか。こうして席に着く姿を見るのも、当たり前だけど初めてなのね。なんだか不思議な気持ちに包まれた。

 でもまぁ、まずは朝食ね。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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