じゅうろく。「えっ、土下座に号泣?というか、どなたですか」(ナチカ)
もうすぐ。
もうすぐで結婚してから一年を迎える。あと一ヶ月とちょっとで。そうしたら白い結婚で離縁してもいいか、手紙で確認してみましょう。だってずっと顔も名前も知らない方だったから、私のことなんて気にしないと思うし。
クロエとドムの話では第二夫人をお迎えになられるようだし。そうしたら私は用済みでしょう。お父様とお母様。妹と弟は私のことを迎えてくれるかしら。それとも出戻りなんて嫌かしら。
そんなことを思いながら、今朝も起きてクロエが身支度を整える手伝いをしてくれる。侯爵家の使用人、と言われて納得したことの一つに、クロエが私の髪を丁寧に梳ってくれる技術があったわ。一応下位貴族だったけど貴族令嬢として香油を使って髪を労っていたのよ、私。でも、こんなに艶々して手触りがスルンとするような髪にはならなかったの。白髪って、手入れをしても髪はゴワツクのかしら、なんて思ってもいたのに。
結婚した翌日からクロエに毎朝毎晩、髪の手入れをしてもらったら、こんなにも艶々して手触りがスルンとする髪に変わったのよ! 凄いわ。結婚しておよそ一年。離縁したらこの髪も手放すことになるのかしらって考えるとちょっと惜しい気がするわ。
「若奥様、今日はどのようなドレスをお召しになられます?」
毎朝クロエが確認してくれる。髪が白いから、どんな色でも似合うってクロエは喜んでくれるのだけど。淡い色より濃い色の方が良いのよね、私。だって淡い色に白い髪って、なんだか印象が薄い人みたいじゃない? だから昔から色の濃いものを着るようにしてるの。赤とか黄色とかオレンジとか青とか緑とか紺とかね。黒と茶色はそういえば着たことが無かったわ。
「そうねぇ。チョコレート色のドレスにするわ。襟元と袖にレースのある。腰でリボンが付けられたAラインの」
かしこまりました。ってクロエがドレスを持ってきてくれる。結婚してから庭の手入れとかカーテンを替えてみるとかしていたのだけど、ドムから夫人用の予算も使ってくださいって懇願されたのよ。
寄付とか? って尋ねたら、それでも余りますって言われた上にクロエから、ドレスを作りましょうって言われたのよね。
着ていく機会が無いって言ったら、公爵家や侯爵家なんかは、どこにも出かけなくても一日に数回は着替えるらしいの。えええって思っていたら、そうしてドレスを持つことも仕事らしい。というのも、ドレスを作るデザイナーやお針子さんのお仕事が増えるから給金が増えるって言われて、なるほど、なんて納得したわ。
宝石を買って、さらに装飾品にすることで、宝石店の収入にもなるから適度にそういったものを買うことも高位貴族の夫人の仕事みたい。
でも、私って子爵夫人よね? 夫は元々、侯爵家の人だって聞いたけど、夫は子爵位の人よね? 予算も下位貴族の予算でしょう? ドムを信じて金銭管理を頼んでいるけど、子爵家の予算と侯爵家の予算は違うから、ちょっと私が帳簿を見た方がいい……あら、見てたわ。月に一度は確認していたわ。それで、夫人の予算が余りすぎることに苦言を呈されていたわ。
ということは、私、本当に使わな過ぎたのかしら。でも孤児院に寄付してるし、一応夫人予算で買い物をしているつもりだったのだけど。
というアレコレをおよそ一年のこの期間で試行錯誤もしていました。
チョコレート色のドレスもその試行錯誤の中で作ったドレスです。黒や茶色系統って着たことが無かったから挑戦でもあるわね。
で、クロエにドレスを着せてもらって朝食を摂るために食堂へ向かっていたら。
ドタバタドタドタ。
誰かが走ってくる足音が聞こえて食堂手前で足を止めて、なにごと? と様子を窺っていたら。
金髪に宝石のルビーみたいな赤い目の男性が、ヨタヨタと私の元へ寄ってきて。私の顔を見るなり安心したような顔をしながら、へたり込んだ。……と思ったら、涙を流しながら土下座してきました。
「えっ、土下座に号泣?というか、どなたですか」
私の声が聞こえたのか聞こえてないのか、ウ、ウッ、ウウッ、ヒグッと泣き続けてます。
ほんと、誰ですか、この男性。
ん? 金髪に赤い目? あら? それって確かサンドリン侯爵が、同じ色じゃなかったかしら? そんな風に聞いたわ。ドムから。旦那様も同じ色って聞いた気がするわね。
私ってサンドリン侯爵家の次男の方と結婚したのよね?
そして泣いた顔だけど、それでも顔がいいって得よねって今思ってましたわ。確か顔がいい人って結婚式のときに思ったような記憶があるわ。
ということは、この方もしかして、もしかしなくても、旦那様、なのかしら?
チラリと後からやって来たドムを見ても、不審者と咎めることはないし、呆れた顔ですけど。私に付いていたクロエも呆れた顔ですけど、誰何の声をあげないですし、私の前に出て私を守る行動も取ってないですし。知らない方なら、クロエのこと。私を守るために私の前に出て相手と対峙してくれています。
ということは、やっぱりこの方、旦那様なのね。
お読みいただきまして、ありがとうございました。