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じゅうご。「あの、それはやはり離婚、ということでしょうか」(チェス)

 一ヶ月の休暇のはずなのに、前王弟殿下の屋敷に来ている。いや、やらかした私が悪いから仕方ない。


「君には白髪持ちの歴史を知ってもらう」


 挨拶もそこそこに前王弟殿下が仰る。眼光鋭く私を睨むかの方に、無言で頭を下げた。

 なんでも王家の図書室には過去の白髪持ちの方の手記が複数存在する、らしい。手渡された手記を先ずは読め、と命じられた。


 そこには、金髪や茶色などの髪色をした両親から生まれる筈のない白髪持ちで生まれたことの悲劇が記されていた。


 先ずは我が子を産んだはずの妻の不貞を疑う者。

 これはまぁ直ぐに疑惑が晴れることの方が多い。というのも、白髪持ちの男性が居ないから。だから不貞の疑いは晴れる。

 けれど。疑われたこと自体が既に夫婦の仲をギクシャクさせる。


 次に白髪持ちの人そのものに対して、バケモノを見たかのような対応をしたり、逆に存在していないかのように無視をしたり。

 これは両親を含めた家族が始めることで使用人たちも同じことをする。平民は使用人が居ないが。友人も出来ない。恋人も婚約者も出来ない。それどころか異質なものを排除するかのように集団で無視をする。暴言を吐いたり暴力を振るったりする。誰も手を差し伸べず、見て見ぬ振りをする者はマシという扱い。


 手記は大なり小なりそのような対応をされてきた者ばかりで、そこに記されている悲痛も絶望も私には想像しか出来ない。


「どうだ」


「私には想像しか出来ないことばかりです」


「そうか。それでは理解出来ないだろうな」


「あの、それはやはり離婚、ということでしょうか」


 前王弟殿下に手記を読んでどう思ったのか問われ、素直に言葉にしたら、そんなことを言われてしまい、やはり離婚するしかないのか、と肩を落とす。

 前王弟殿下はそのことについて何も言わず、話を変えてきた。


「君は何が出来る。いや、これでは曖昧だな。食事は摂るだけか。作れるか。掃除は? 洗濯は?」


 どれも私は出来ない、と答える。


「では、一日やる。一日で一通り覚えろ。着替えを含む身支度もな」


 意味が分からない。けれど、前王弟殿下に考えがあるからこそ、そう仰るのだろう、と頷く。

 それから直ぐに手洗い場や風呂の入り方などを含めた自身の身支度の一切を使用人から教わった。翌日から一人でやるように、と前王弟殿下に言われてよく分からないが頷く。


 そして。

 気づいた。


 私は実際に経験させられているのだ、と。

 最初のうちは分からなかった。取り敢えず着替えて朝食を摂るのに自分で作り、使った食器を片付ける。などを経験していた。昼も夜も風呂もベッドメイキングも自力で行い、数日が経過していた。


 ある日、どうしても自分では分からないことが起きたために、使用人に声をかけた。だが、返事もない。挨拶もない。声が聞こえているはずなのに無言。誰も視線が合わない。

 自分は此処に居るはずなのに、誰もが居ないかのように振る舞う。

 そこで初めて気づいた。


 自分は、あの手記に書かれていたような状況に居るのだ、と。


 初めて知った。

 自分が居るのに居ない者として扱われることが、これほどまでに苦しいと。痛いと。悲しいと。

 このような経験を過去の白髪持ちはしてきて、もし前王弟殿下が居なければ、天使がこのような目に遭っていたのかもしれない、ということに気づいて身震いした。

 そして思う。

 もし、こんな状況に陥っていた天使を見たとして、私は天使を守れたのだろうか。

 いや、抑々白髪持ちへの偏見を前王弟殿下が払拭していなかったとしたら、私は天使に惹かれていたのだろうか。……惹かれていたな。天使の心根は変わらないわけだから。

 でも天使が蔑まれていたり貶められていたり、という生活を送っているとして。あくまでも仮定だけど、そういう生活だったとして、王命による私との結婚を宣言されたとしたら、天使は裏があるとか考えてもおかしくないだろう。

 その上、夫である私は天使を放置して。なんのフォローも無くて。そんな状況で誰も頼れる者が居なかったとしたら、天使は生きていられたのだろうか。

 心も身体も追い込まれて壊れてしまっていた可能性だってあっただろう。


 ああ私は。

 私は何をやっているのだろう。

 実際の天使がこんな目に遭っていたかどうかは関係ない。

 天使が白髪持ちであってもなくても、私が天使に一目惚れしたかどうかも関係ない。

 側から見れば、私は妻に何もフォローもしない、最低な夫だということだ。


 たった一日だけで人から無視される、というのはこんなにも堪えることなのに、私は長い間、妻の存在を無視してきたようなもの。

 使用人と仲良くしているから良かった、ではない。彼女が穏やかに生活出来ていて安心、とかじゃない。

 私は妻を蔑ろにしてきたのだ。放置してきたのだ。存在を無いこととしているのだ。そんなつもりじゃなかった、なんて口が裂けても言えない。

 私は何もしてこなかった。結果が全てだ。


 それから私は、一ヶ月の休暇のほとんどを前王弟殿下の側で過ごした。一日で存在を無視されることの辛さを訴えた。ギブアップしていた。

 前王弟殿下は溜め息をつきながら、無視は解除してくださった。

 そして私が思う日常が戻ってきたが、一日の無視で意識が変わった。


 使用人を人として扱っていない。

 そんなことはして来なかったが、どこかで一個人としてではなく使用人として捉えていた部分があったことに気付いた。

 貴族とは得てしてそういうもの。無意識のうちにそういった態度を取っていた。それが悪いというわけではなく、差別ではなく区別だった。

 それを変えることなく、けれど使用人として一括りにするでなく、一個人としてそれぞれを見る。意識をそのように変えるだけで、見ていたものが変わってくるのではないか、と思う。

 前王弟殿下から色々と教えてもらわねば、私は気づかなかったこと、自分の偏った思考に陥っていたことも分からず、今でも天使は楽しく暮らしているようで良かった、と思っていたことだろう。


「前王弟殿下。ご教授いただきまして、ありがとうございました」


 一ヶ月の休暇をこの方の下で過ごせて良かったと思う。休暇の最後に私は前王弟殿下に礼を述べた。


「うむ。少しはマシになったか。ところで、ナチカ夫人との結婚からもう直ぐ一年になるが、そこは気づいているか」


 前王弟殿下に問われて、えっと……と月日を数えてみて、サアッと血の気が引いた。

 確かにあと二ヶ月ほどで一年を迎える。


「思い出したようだな。まだナチカ夫人に謝ってもいないだろう。だが、元ルス伯爵令嬢を第二夫人に迎える件もある。さぁどうする」


「て、手紙を出して第二夫人の件について、事情を説明して、時間をもらって謝ってきます」


 私としては第二夫人なんて要らないのだが、王命を出されてしまった……あれ。王命で出す、と前もって言われただけで王命はまだ出されてない、よな? あれ?


「まぁ謝るのは当然だな。一度ワーデンのところに顔を出してから、ナチカ夫人に謝罪に向かえ」


 その言葉で辞去の挨拶を終えて私は前王弟殿下邸を後にした。

お読みいただきまして、ありがとうございました。


明日からナチカ視点です。

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