じゅうさん。「やっぱり天使だ」(チェス)
その後、本当に結婚式を終えて城に戻ることになった。
結婚式では、天使は更に天使だった。本当に私の妻なのか、と泣きそうになった。
でも声も掛けられずに(なんて声をかければいいのか全く思い浮かばなくて)城に戻り。
ある程度の仕事の打ち合わせを終えて、それでも速攻で家に帰ったが。天使は既に寝たあとだった。
クロエから寝てますって言われて凹んだ。寝顔は見れた。天使だった。でもさすがに起こすわけにはいかず泣く泣く別々で寝て、翌日朝早くから仕事だ、とドムに告げた。休日も無くなったと愚痴を溢しておいた。
「えっ、手紙?」
それからずっと城から出られない私のために、ある日の昼休憩にドムが手紙を持って来てくれた。もちろん天使からの、だ。
「やっぱり天使だ」
「若旦那様、それは分かりましたから、お返事を書いてください。若奥様にお持ちしますから」
「ま、待ってくれ。急かされると何を書いていいのか分からんから、明日、明日また来てくれ」
ドムが残念そうな目で私を見つつ、帰るのを見送って、何度も天使からの手紙を読み返す。
旦那様から始まる手紙には、お身体に気をつけてくださいね、と。それだけでもいいのに、さらにクロエと屋敷内でどんなことをしていたのか、とも書かれていてその姿が目に浮かぶ。可愛い。
だが、読み返すことに熱中した上、仕事の時間が来てしまい、翌日の昼休憩のときに来たドムに手紙を渡すことも出来ず。次の日こそは、と思うもののやっぱり読み返すだけでいっぱいになってしまって書けないまま。
ドムから残念な奴視線を浴びまくってた。
なのに、天使はまた手紙を書いてくれた。それもまた読み返すだけでいっぱいいっぱい。ドムから呆れたような目を向けられても仕方ないだろう、胸がいっぱいで何を書けばいいのか分からないんだ。
天使の字が綺麗だと知って嬉しいし、仕事は忙しいし。天使の手紙の内容がほんわかして可愛いし、仕事は忙しいし。
でもこうして手紙が来るということは、天使も私を好きでいてくれる、ということか?
ということは、相思相愛?
なんて考えていたのに。
そうしているうちに、なぜか手紙は来なくなってしまった。なんでだ。私が忙しいことを考慮してくれたのだろうか。でも癒しが欲しい。
そんなことを考えつつ、とうとうセレーヌ王女殿下が来る日が決まった。……本当に前倒しもいいところだ。他のみんなもワーデン殿下も、魂が抜けたような顔をしながら、出迎え準備を間に合わせた。
でも。
セレーヌ王女殿下がやって来たことが、事態を鮮やかに進ませたのも確かだった。
結論から言えば、ルス伯爵家の暴走は確定だったけれど、更に暴走していて。
ルス伯爵令嬢は、セレーヌ王女殿下の侍女に内定した、と勝手に思い込んでいて、それを足掛かりに、王太子殿下か第二王子であるワーデン殿下の側近の妻の座を狙っていた。
既婚者でも婚約者が居ても、自分ならば奪える、とか本気で思い込んでいたらしい。
なんで側近の妻の座を……とかって話だが、先ずはその座を得て、そこから王族に近づいて。
あわよくば、王太子殿下かワーデン殿下の愛妾の座をゆくゆくは狙っていたそうだ。
我が国一夫一妻制だけど、貴族が愛人を持つことはあるし、どちらかに子を生す能力が無いのなら、第二夫人とか第二婿とかも無いわけじゃない。
ルス伯爵令嬢は貴族のそういう習慣が、王族にも適応されると思っていたようだ。
まぁ大それた野望とだけコメントしておく。
っていうか、王太子殿下、妻であられる妃殿下を溺愛してるから愛妾持つわけないし。
ワーデン殿下もほぼ手紙のやり取りだけだったとはいえ、セレーヌ王女殿下のことを大切にしてるし、もし子どもが生まれなくても、第二王子だから別に構わないって思っているから、愛妾なんて持たないはず。
まぁそんな諸々が分かったのは、セレーヌ王女殿下がルス伯爵令嬢にズバッと切り込んでくれたから、だったわけで。
セレーヌ王女殿下が我が国にいらして早々だったから。私が結婚してから半年後くらいの頃のこと。
この間、全く家に帰れてないから天使と新婚生活なんて送れてないし。天使からの手紙も届かなくなってしまって、ようやく返事を書いても今さら出すのは遅過ぎるのか、と悶々としてしまって出せないままだった。そんな頃のことだ。
でも。私は意を決してワーデン殿下に掛け合う。
「殿下、ルス伯爵令嬢の件は片付いたわけですよね。休暇下さい」
「ダメ。チェスは最後」
「なぜですか!」
「私を鬼とか呼んだやつに、真っ先に休暇は与えたくない」
子どもか! とは思うけれど、王族にこれ以上逆らえず。仕方なくアンディーから順番に休暇が与えられていく。それぞれ一ヶ月程の休み。ということは、私の番はさらに三ヶ月先ということで、本当にショックだった。新婚なのに。
もう本当にやさぐれた気持ちで仕事していて。
「そんなにやさぐれずとも、手紙くらいやり取りしていたのだろう?」
さすがにワーデン殿下も私のやさぐれ具合に思うところがあったのか、そんなことを尋ねてきた。
一ヶ月の休暇を終えて溌剌とした顔のアンディーですら、珍しく声をかけてきた。
「あと花くらい添えてみるとかしていたわけだろ」
もう一人も溌剌とした顔をしているし、ワーデン殿下もなんだかんだでセレーヌ王女殿下とよく顔を合わせて、元気いっぱい。
ちなみに今は三人目の側近が休暇に入ったばかりなので、あと一ヶ月は私の休暇は来ない。
ジト目を向けながら、その質問には「うっ」と溢して俯く。
結局、手紙も出せなかったし、贈り物一つ、今まで出してないから。
「うっ、ってまさか」
ワーデン殿下が嘘だろう、という顔をする。
その顔から目を背けるようにして、ポソポソと手紙も贈り物もしてない……と答えた。
「いや、お前、それはダメだろう。新妻放ったらかしじゃないか」
ワーデン殿下にズバッと言われなくても分かる。
「というか、それ、前王弟殿下の耳に入ったら、拙いことでは? かのお方は、ナチカ殿のことを気にかけておられてますよね」
アンディーがさらに珍しく言葉を紡ぐ。ワーデン殿下も、ハッとした顔を見せた。
「ああ確かに。ナチカ殿は大叔父上と同じ、白髪持ちだから、下手に奇異の目を向けられないように、と大叔父上がわざわざ、白髪持ちは良いことをもたらす、と大々的に仰られた。その上で私の側近の妻であれば、周りから狙われることも減るだろう、と父上に王命での結婚を後押しされたんだ。そのナチカ殿が夫から蔑ろにされていたなんて知ったら、大叔父上がどう思われるか……!」
「な、蔑ろになんかしてませんっ。天使からの手紙になんて返せばいいのか思い浮かばなくて、出せなかったのです! というか、えっ、天使が前王弟殿下と同じ白髪持ちだから、前王弟殿下から目を掛けられているって……なんですか?」
「はぁ?」
私の最後の質問に、ワーデン殿下含めたこの場に居るみんなが、そんな声で私を見て来た。
「何を言ってる。自分でも言っていただろう。天使の髪は白で、目はアクアブルーだ、と。白髪持ちは珍しいだろうから色んな意味で周囲の目を引く。だから大叔父上が、ナチカ殿が嫌な気持ちをしないように、周囲に牽制していただろうに」
私は目を瞬かせた。
確かに、天使は白髪持ち……って。
「あああっ! 天使は白髪持ちだったのかっ! 今、ようやく理解しました!」
叫んだ私は、本当の本当に、全く天使の髪の色について、なんとも思っていなかった。ただ只管に天使の行動について、天使だと思っていただけで。
ワーデン殿下含めたみんなから、物凄い残念な奴視線を向けられて、私は肩身が狭い思いをしながら、ようやく王命が出た理由とか、諸々のことに合点がいった。
ああだから、前王弟殿下に目を掛けられていたわけか。
お読みいただきまして、ありがとうございました。