じゅういち。「それって、微妙というところでは」(チェス)
さて、翌日のこと。
アンディーと共にワーデン殿下に報告すると、殿下が微妙な顔をされた。
「ああその話本当だったのか」
「本当だった、とはご存知のことでしたか」
確認を取ると殿下が珍しく言葉を濁す。
「正確なところだと知っていたわけじゃない。セレーヌ殿からの手紙に、我が国の令嬢を侍女に出来たら良いと思っている、だな」
「それ、別に侍女にする、と宣言したわけじゃないですよね」
「出来たら良い、だからな」
「それって、微妙というところでは」
確定じゃなくて、可能性がある程度だよな。報告は私が行っておりアンディーは黙って聞いていたが、眉間に皺を寄せて口を開いた。
「出来たら良い、ではなく、侍女として側に上がると公言していました。公言した以上、ルス伯爵家は引き下がらないと思いますが」
だろうな、とワーデン殿下が苦く笑う。王族として常に品行方正を求められるワーデン殿下にしては珍しく、赤みがかった金髪を掻き毟り、垂れ目気味の青い目を吊り上げて、執務机から椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「エネス、国王陛下と王太子殿下にお時間がもらえないか尋ねてくれ。出来ればお二方だが、無理ならどちらかだけでもいいから」
苛立ちを抑えているような低い声で侍従であるエネスに命じられる姿を見て、王女殿下とルス伯爵令嬢に“してやられた”と思っておられるのか、と気合いを入れ直す。
エネスは冷静沈着。スッと頭を下げると音もなく執務室を後にした。さすが国王陛下付きの執事を父に持つ男。使用人の鑑だ。
「殿下、王女殿下とルス伯爵令嬢にしてやられたのでしょうかね」
私が恐る恐る問いかけると、いや、と短く否定する。
「セレーヌ殿の手紙を読むに、彼女は小細工を仕掛けるのに向かない真っ直ぐな女性らしい。王族らしい腹黒さを身につけていない。駆け引きが出来ない。
だからこそ、自国の貴族に降嫁する話もあった。私との婚約が幼少期だったこと。解消するに至るような決め手に欠けていたことで、あちらの国から解消の話が出せなかったようだ。その辺りのことが正直に彼女からの手紙に認められていた。
つまりこれは、ルス伯爵家が引き起こした騒動だ。ルス伯爵家が勝手に勘違いして暴走したのか、それとも何かを企んで引き起こしたのか。場合によると私の権限を超える。
国王陛下と王太子殿下に相談し、お二方の采配が必要かもしれない」
私を含めた四人の側近は顔を見合わせる。
王女殿下が裏表の無い人というのは、良くも悪くも王族らしくない、と言える。周囲から好かれるだろうが、何か企まれてしまえば巻き込まれるだろう。
それなら、自国の貴族に降嫁させる方が、トラブルに巻き込まれても対処し易いのは確か。あちらの国がそう考えるのは仕方ない。でも、おそらく王女殿下はワーデン殿下との婚約を解消するような大きな瑕疵は無かったのだろう。
下手に病に罹患した、などと言えば、自国の貴族家からも避けられるだろうし、我が国と彼の国との婚約条件は、互いにとって良いものでそれを不意にするのは、彼の国としても避けたいところがあったはず。
つまり、王女殿下の真っ直ぐな人柄は良くも悪くも王族らしくないものの、大きな問題でもないから、彼の国としても婚約解消を打診するのは利益を考えると渋った、ということか。
ワーデン殿下はその辺りを引っくるめて王女殿下との婚約・結婚を続行する決意をしていただけに、今回の件は腹立たしいのかもしれない。
それが王女殿下に対してでは無さそうなのは、今の発言から察せられる。
ルス伯爵家の願望による先走った暴走なのか、それとも王女殿下を隠れ蓑にして何かを企んでいるのか。後者の場合は、ルス伯爵家の降爵や褫爵処分も視野に入る。それは最早、一国の王子殿下の権限を超えて、国の政そのものに関係する。
だから、国王陛下と王太子殿下に相談するということ。
ちょっと話が大事になってきた。
エネスが戻って来て、お二方共時間が取れるということから、護衛を連れて殿下はお二方に会いに国王陛下の執務室に向かった。
話し合いは長く、私たちの勤務時間を超えて、殿下は戻ってきた。
「結論から言おう。もう勤務時間を超過したからな。詳しくは明日だ。ルス伯爵家を監視する」
その監視役等については、明日改めて話し合うということで私たちは帰ることを許された。帰り際、ワーデン殿下が私に声を掛けてくる。
「結婚式は一ヶ月後。招待客など手配は難しいだろう。神殿は確保しておくが、互いの家族くらいしか招くことは出来ないだろうから、せめて結婚休暇は通常一週間のところを二週間取れるように、なんとか調整してみよう」
親戚も友人も招待出来ないだろうから、それくらいしかしてやれないが、とワーデン殿下は苦笑しつつ、それで結婚祝いにさせて欲しいと言ってくれた。
だが、たった一ヶ月の間にその結婚祝いが吹っ飛ぶなんて、私は想像もしていなかった。
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