じゅう。「母上の勘が当たったことが怖い」(チェス)
「チェス。あれがルス伯爵夫妻よ。隣にいるのが件のご令嬢でしょうね」
母上が主催者に挨拶をするべく、目で探していた私に教えてくれる。海の向こうの国との交易が相当上手くいっているのか、随分と羽振りの良さそうな夫妻。伯爵はシルク素材のタキシードでチラリと見えるカフスは金だが周囲がキラキラしている。宝石が飾っているのか?
夫人と令嬢は彼の国の流行であるグラデーションのドレスを着ている。あちらではドレスの色がグラデーションというのが流行だ。令嬢は裾の方がオレンジで上にいくにつれイエロー、レモンと変化している。夫人の方はマリンブルー、ブルー、スカイブルーと変化していた。
一見すると品がいいドレスなのに、どちらも装飾品がゴテゴテしていて台無しである。
「あのドレスならシンプルな装飾品の方がいいのではありませんか」
「そうね」
私が母上に言えば当然ね、とばかりに頷く。装飾品がゴテゴテしていてドレスがグラデーションだと目に痛い。ドレスを引き立てる装飾品ではなく相殺している辺り、センスの無さを感じてしまう。品のいい装飾品にすれば良かったのに。大ぶりの宝石がダメなのではなく、品の問題だろう。
品のいいドレスと装飾品で着飾る夫人や令嬢が周囲に居ると、更に目立つ。だがまぁ個人のファッションセンスをとやかく言う気は毛頭無い。その周囲に、アンディーが見えた。エスコートしているのは婚約者殿だ。軽く合図を送れば向こうも合図を返してくる。
「あら、どなた?」
「ああ、アンディーですよ、同僚の」
「ああ聞いたことがあるわね。隣は婚約者? あら、素敵な婚約者同士ね」
母上に問われて答えれば、アンディーたちを素敵だと褒めている。そうこうしているうちに、ルス伯爵に挨拶をして、アンディーと婚約者殿に挨拶を交わし、母上が知り合いの夫人の元へ向かったところで夜会が開始。その挨拶で、ルス伯爵はとんでもないことを言ってくれた。
「我が娘・エレザがこの度、海の向こうの国のセレーヌ王女殿下の侍女として採用されることとなりました。既にご存知のようにセレーヌ王女殿下は我が国の第二王子であられるワーデン殿下のご婚約者様。来年にはワーデン殿下に輿入れされますがその際には侍女として、お側に上がることでしょう。ワーデン殿下もご承知です」
は?
アンディーに視線を向ければ、軽く首を振られる。私もアンディーもルス伯爵令嬢が、王女殿下の侍女に採用されたなどという情報は仕入れてないし、ワーデン殿下からも聞かされていない。
もしご存知だったなら、ルス伯爵家の夜会に出席する話をした時点で教えてくださったはずだ。
教えてくださる、つまり、ルス伯爵令嬢の動向や情報を仕入れてこい、という意味になったはず。
アンディーに確認すれば首を振ったわけだからアンディーも知らない話。ワーデン殿下が私たちに教えなかったということだろうか。予備知識無く、見極めて来いということか?
「アンディー」
「聞いてない。だが、公の場で発言したからには確定だ。令嬢の情報を仕入れないとならない」
呼びかけると、私と同じことを考えたのか、アンディーが必要最小限の発言をする。私も頷くが、私もアンディーもワーデン殿下の側近であることは知られているため、周囲からどれだけ情報を得られるのか、些か不安には思う。
「それにしても、母上の勘が当たったことが怖い」
「なんだそれ」
私が呟くと、アンディーが怪訝な顔をする。馬車での会話を聞かせると、アンディーが苦笑してから考え込んだ。
「チェスのお母上は公爵家の出身だったな。兄というのは公爵様か」
「そうだ」
「ということは、そちらも当たる方が情報が入るか」
アンディーに指摘されるまでもなく、伯父上に確認するつもりではいた。この夜会に出席はしていないから後ほど確認する、とアンディーに告げた矢先。
「チェス」
「母上、と、従姉妹殿」
げっ。
母上の隣には苦手な従姉妹が居た。それこそ先程話に出た公爵である伯父上の娘だ。キツイ物言いに正論を言う従姉妹殿の諫言は常に耳が痛い。
頬を引き攣らせていると、なによ、と従姉妹が睨んでくるが、その視線を避けると微かに舌打ちされた。公爵令嬢ともあろう人が舌打ち良くない。でもこういうところが良い、と従姉妹の婚約者はベタ惚れ。どこがいいんだ、舌打ちする令嬢なんて。
「まぁいいわ。チェス、今の話、知っていた?」
「知らない」
従姉妹は私を追及するより、ルス伯爵の話の方に言及してきた。私もアンディーも揃って首を振って否定すると、アンディーのことも知っている従姉妹が、扇を開いて口元を隠した。
「ということは、全員、知らないのね」
扇の向こうからの確認に私とアンディーがまたも揃って頷く。全員、にはワーデン殿下も、という意味が隠されている。それなのに、公言したのだ。
「お父様が仰っていたのよ。王女殿下がルス伯爵令嬢を気に入っているだけでなく、侍女として採用することを。その情報を携えてこの夜会に出席したわけ。確認する前に公言されたけれど」
従姉妹が困惑したような声で目的を告げてくる。伯父上の情報収集は見習う必要があるな。
「知らないはずなのに、公言された。本当は知っていて我らに内密にしたのか」
私の考えにすかさずアンディーが続けてくる。
「本当に知らないのに知っていることにされたのか」
もしこちらの場合だったら、とても問題だ。
公言されてしまった以上、ワーデン殿下が知らなかった、とはもう言えない。
たかが侍女の採用、というものではない。
自国の令嬢が海の向こうの国の王女殿下、つまり婚約者と親しいこと。それどころか、その王女殿下が結婚した際には侍女に採用されること。そのことをワーデン殿下がご存知無いはずなのに、ご存知だと公言したこと。
知らない、とワーデン殿下が言ってしまえば、婚約者のセレーヌ王女殿下との仲が悪いのではないか、と勘繰られる。その勘繰りが彼の国との仲が実は悪いのではないか、という負の予想まで飛ぶ可能性もある。
知らないが知っている、という態を装うとしたら、それは彼の国に不審感を抱かせる。
セレーヌ王女殿下が単純に伝え忘れていた、というものなら微笑ましいかもしれないが、敢えて黙っていたのなら、セレーヌ王女殿下がワーデン殿下を信じていないという可能性がある。
或いは、セレーヌ王女殿下が黙っていることを彼の国の国王陛下が把握していて、それなのにワーデン殿下が知っていたという態度を取るのなら、痛くもない腹を探っていたのか、と彼の国の国王陛下に思われる。
要するに、我が国を信じていないのだろう、と彼の国から因縁を付けられてしまう。
友好国と言えば聞こえは良いが、水面下では如何に自国に有利な交易取引が出来るのか、などお互いの腹の探り合いがずっと続いている間柄。足の引っ張り合いになっていた。だからこの婚約もある意味、互いに有利な情報を収集出来るように、結ばれたようなものでもある。
まぁお互いの国同士も結婚する当人同士も分かっているのだから、どっちもどっちなのだが。セレーヌ王女殿下のお気持ちは知らないが、ワーデン殿下の方は割り切っている。その上で手紙のやり取りなどで垣間見える王女殿下のお心を知ると、意外と可愛い女性のようだ、と笑っていたのだが。
ルス伯爵令嬢を侍女として採用することをセレーヌ王女殿下が伝えて来なかったことが、ワーデン殿下のお心に疑念を芽生えさせなければいいのだが。
果たしてこの話、良いものに転じるのか悪いものに転じるのか。
そんな内心を抱えながら、表面上は夜会を恙無く終えた私たちは、翌日の殿下への報告で、殿下がどのような反応をなさるのか、憂慮していた。
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