「第4回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」参加作品シリーズ
桃色のランドセル
「まあ聡史君、しばらく見ない間に大きくなったわね」
「しばらくっておばさん……三日前に会ったばかりじゃないですか」
「ふふっ、男子三日会わざればっていうじゃない。どうぞ上がって頂戴。綾香も喜ぶから」
「お邪魔します」
「綾香、入るよ」
机の上に置かれた桃色のランドセル。
ぬいぐるみも全て桃色。埃ひとつ無い見慣れた部屋。
何も変っていない。あの日からずっと。
五年前の今日……登校中の小学生の列に軽自動車が突っ込んだ。
ブレーキとアクセルを踏み間違えたらしい。
『聡史、危ない!!』
それが綾香の最後の言葉。
俺は突き飛ばされてかすり傷で済んだけれど、綾香は……。
「綾香……俺、四月から高校生になるんだぜ? 嘘みたいだろ」
おじさんの転勤が決まって、この部屋に来れるのは今日が最後。
この部屋に来ると綾香と一緒に居るような気がしていたから、本当の意味でお別れだ。
「これ……俺があげたヤツじゃん」
ランドセルに付いていたキーホルダーを手に取ると、ひどい眩暈に襲われて……
「あれ……ここは一体……」
いつの間にか綾香の家の前に居た。
この違和感はなんだ? 何かがおかしい。
郵便受けからはみ出した新聞の記事。
「……嘘だろ。五年前って」
『行ってきまーす!!』
間違いない。この声、もう二度と聞けないと思っていた。
揺れる桃色のランドセル。
これは夢なのか? 夢でも良い……最後にひと目会えただけで俺は……。
「……違う、綾香を止めないと……」
夢だろうが関係ない。
『綾香!!』
『おはよう聡史』
あれは……五年前の俺?
まずい……あの曲がり角で俺たちは……
「君たち、待ってくれ!!」
全力で叫ぶ、頼む、気付いてくれ。
『なんですか?』
足を止める綾香とちっさい俺。
『綾香、早く行こうぜ。あのお兄さんなんか変だし』
セルフダメージだからノーカン。気にするな俺。
「これあげるよ。好きだろ、パチモン?」
当時流行っていたパチモンの激レアカード。お守り代わりに身に付けていて良かった。
後ろを通り過ぎる軽自動車。その直後、聞こえる激突音。
良かった……本当に……うっ!?
酷い頭痛と眩暈。
「聡史!! いつまで寝ているの? 今日綾香ちゃんち引越しでしょ……って、何で泣いてるのよ!?」
「……何でもないよ母さん。ただちょっと……夢をみたんだ」
「聡史、今日からよろしくね!!」
「……綾……香?」
「は? 何泣いてんの? 怖いんだけど!?」
綾香は転勤に付いて行かず、俺の家から高校に通うってさ。マジかよ。