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還暦祝いまで10000ガチャ

作者: しいたけ

 初詣の帰り道には、お年玉を握り締めた子ども達が、新年の喜びに満ち溢れた家族と共に嬉しそうに歩いている。


 ──ガラッ


「へいらっしゃい!!」


 自動販売機で買った缶コーヒーを握り締めたカップルが、初詣を終えて店へと入ってきた。初詣用の臨時電車も出ている為、普段は見かけないお客さんを見るのも、新年の楽しみの一つである。


 店の正面に鎮座する大晦日に餅つきして作った鏡餅が、第一にお客さんを出迎え、少しだけ無理して広げた店が、あっという間にお客さんで溢れてゆく。



「ちょっとアンタ!! お寿司にティラノサウルスが入ってたわよ!! どういう事なの!?」


 交通整理の旗を持ったオバチャンが、シャリから顔を出したティラノサウルスの玩具を掲げて怒りをあらわにしている。叫び声は狭い店内に響いて、水槽のなまこが少しだけ動いた。


「えーっ……と、間違ってはおりませんが……」


 このオバチャン。少し前に初詣の交通整理に飽きてサボりだし、唐突に寿司屋に現れたは良いが、今ではすっかりやる気を無くして寿司三昧である。


「はぁ!? この店ではティラノサウルスに醤油を付けて食べさせるのが流儀なのかしらぁ!?」


 店内にワザと聞こえやすいように首を振りながら叫ぶオバチャン。その姿は扇風機の首振りである。


「いえ、お客様。先程『寿司ガチャ』を回されましたよね?」


「え、ええ……」


 寿司ガチャとは、100円一回だけ回せる店内の隅に置かれたガチャガチャの事だ。出てきたガチャの中身で出す寿司が決まる仕組みである。一等は最高級大トロと滅茶苦茶旨いウニ。


「で、お客様が出たのかティラノサウルスなので……」


「へっ? あ、そーゆーこと!?」


「はいーぃ」


 コックリと頷くと、オバチャンは納得したように箸を机に叩きつけ「二度と来ないわ!!」と喜びのお言葉を残して去って行った。



「ちょっとアンタ……!」


 居住スペースへ続く通路の暖簾から、コーヒーカップを持った妻が、チョイチョイと手招きしている。俺はこっそりと妻の方へと向かった。


「アンタ、この前の還暦祝いの三泊四日オーロラ見学ツアー申し込んだから、しっかり働きや」


「えっ……?」


 俺は絶句した。この前見せられたツアーのパンフレット。冗談半分かと思いきや、まさか本気だったとは……!!


 棚に置かれたパンフレットをもう一度見る。


「ひゃ、百万円ー!?!?!?!?」


 そのとんでもない値段のツアーに、思わず目玉が飛び出る。


「…………」


 そしてチラリと店の隅に置かれた寿司ガチャを見た。


 コイツに働いて貰うしかないのか…………!




 私は寿司ガチャを一新した。初詣客で賑わう店内のド真ん中に、ニュー寿司ガチャを鎮座させる。


 一等は寿司食い放題!!

 二等は大トロウニ盛り!

 三等は好きな寿司一貫無料!





 ……それ以外はティラノサウルスだ。





 早速好奇心高めな子どもがお年玉のぽち袋から100円玉を取り出して回した。俺は出てきたカプセルを受け取り、中身を確認して寿司を握り始めた。


「ティラノサウルスお待ち!!」


 デン、とティラノサウルスのケツがシャリからはみ出ている。ネタは乗っておらず、それは何ともシュールな絵図であった。


「わー!」


 子どもが楽しそうにシャリからティラノサウルスを取り出して遊び始めた。それを見た他の子ども達が親に寿司ガチャを強請りだし、寿司ガチャは次々と回され始めた。


「ティラノサウルスお待ち!!」

「ティラノサウルスお待ち!!」

「ティラノサウルスお待ち!!」

「ティラノサウルスお待ち!!」

「ティラノサウルスお待ち!!」


 飛ぶように売れる寿司ガチャと、飛ぶように握られるティラノサウルス。ネタが無いから原価はクソ安い。それだけに利益はかなりだ!!


「おっ、大分減ったからそろそろ出るんじゃないかな?」


 客の一人がとんでもない事を口走った。


(それは困る!!)


「すみません、補充の時間なので……」


 俺は寿司ガチャの蓋を開けて中身を追加し、中身を念入りにかき混ぜた。ティラノサウルス以外は出た時点でアウトなのだから……!!


 中身の補充に怪訝な顔をする大人達。しかし子どもはティラノサウルスが欲しいため、ぶっちゃけどうでも良いのだ。補充後も次々と寿司ガチャが回されてゆく。


 そして、ある程度すると満腹になった家族達が去って行き、また新たに客がやってくるので、決してバレる事は無い。





 ──ティラノサウルス以外入っていないと言う事を……!!





 インチキガチャのお陰でネタ切れを起こすこともなく、俺はその日過去最高の売り上げを見せた。お陰でオーロラツアーのお金の殆どを稼ぐことが出来、俺はようやく正月休みへと入った。



 船から網走監獄が遠くに見える。出発直前でオーロラツアーが店員割れで中止となり、代わりに北海道を回る豪華客船ツアーへと出掛けたのだった。


「うう、寒い寒い……」


 船内へと戻ると、ランチの支度が行われており、俺達夫婦の席にはヒレステーキやワインが置かれていたが、席のその隅には決して見逃せない物が置かれていることに気が付いた。


「おい、このティラノサウルスはなんだ?」


 俺が皿に置かれたティラノサウルスの玩具を指差すと、妻が笑って答えた。


「いやね、一回一万円で高級食材ガチャってのを回したんだけど、ティラノサウルスが当たっちゃったんだよね! ゴメンね?」


 俺は絶句した。そして傍に居たスタッフへ声を掛けて責任者を呼び付けた!!


「どういう事だこれは!! お前は一万円でティラノサウルスを食わせる気か!!」


「と、申されましても……お客様がなされましたガチャの結果故ですので……」


「き、貴様……!!」


 思わず握る拳に力が入った。


「いえ、実は先日初詣の帰りに立ち寄った寿司屋で、寿司ガチャなるものを見付けましてね? それを回したらティラノサウルスが出て来たんですよ。これは面白いと思いましてね?」


「面白くないわボケ!! どうせ最初からぼったくる気だったんだろ!!」


「いえいえ、きちんと豪華賞品も入っておりますので……」


 その言葉に、俺はついに頭の血管が切れてしまった。


「嘘つけ!! どうせ俺みたいに全部ティラノサウルスなんだろが!!!!」







「…………あ」






 広い船内。他の客が俺の方を注視している。責任者はクスクスと笑い、妻は既に客室へと逃げてしまっていた。


 俺は顔を真っ赤にして妻の後を追いかけ、ずっと部屋に籠もった。そして、還暦祝いの旅行を終えると帰るなり急いで神社へと向かい、余っているティラノサウルスを全て賽銭箱へとぶち込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ティラノサウルスは子供に人気ですから、家族連れが来る寿司屋ならば間違ってはいませんが、ツアーの船がそれをやるのは…。
2021/01/01 22:52 退会済み
管理
[一言] 初めまして。初感想です。 カニ工船のような搾取感が、ガチャの不毛さと合わさって、楽しかったです。 令和のカニ工船ならぬティラノ工船ですね。 今後、網走の海(オホーツク)を思い浮かべると、…
2021/01/01 17:40 退会済み
管理
[良い点] ぎゃていさま味をかんじました シュールナンセンスな感じ ちょっと意識されました?? [気になる点] この作品を読んで、しいたけさんとぎゃていさまの作家性の一部が、ベン図みたいに重なっている…
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