81.過去-定義しがたいもの
シュタッケルベルク領にて治水工事に携わる傍ら、この領地での監視システム網構築を進めて民衆の虐殺を行う邪教『位階の信徒』に備える。
この世界と本気で向き合うと決めてから、過去を恣意的に変えることには今まで以上に抵抗がある。
しかし、やはり自分の手が届く範囲で誰かが苦しみ、不幸に遭うことを知っていて、見捨てることはヒックス君の代理人として許容できない。
前にテトラくんちゃんが言ったように、世界はあらゆる資源の奪い合いで、俺が死ぬはずだった誰かを生かす代わりに、それによって喪われる生命もあるのかもしれない。
その重圧と責任を自覚して、それでも俺は足を止めたくないと思う。
「おお、ありがとうございます。ロベルト・ヒックス様」
「ああ」
シュタッケルベルク領での治水工事中は次兄の姿と声となるように魔法で偽装している。
俺も暫くは彼の嘘に協力しないといけない。
件の次兄は連日オイコノ子爵領にてアルテナにしばかれて、ハーベルに理論と実技の手ほどきを受けている。
更にテトラくんちゃんとペンテお嬢様、さらにベルトランや師匠たち紅玉3人衆とともに魔物狩りでレベリングを行なっている。
痛みや苦しみを伴って大変であるとは思うが、早めに成長してくれることを祈る。
『しかし、貴様はこんなことをしている場合なのか貴様は』
ミアおねーさまもシーフィアと一緒にいて不在であるため、唯一残っているヘプたん様が俺を問い詰める。
『現状では剣聖には到底敵うまい? あと3年経とうが剣聖に勝てるとは思えんぞ。よもや全ての精霊の加護があれば勝てると思っているのか?』
多くの精霊の加護を得ることが一番有力な手段とは思っているが、それでもやはり厳しいだろうか。
『精霊の力を寄せ集めたところで理から外れたアレに勝てるとは到底思えんの……儂みたいな力の弱いサブオーディネイトの言葉ではオリジンには鼻で笑われそうじゃがな』
ヘプたん様も偉大な精霊の一柱だろう。
魔人族の味方ではあるが、彼らを長く見守ってきた精霊を貶めようとは微塵も思わない。
彼女には彼女の信念があって、その通りに行動していて、そしてそれは決して悪心によるものではないという確信もある。
『……ふん。人間は憎いが、殊勝な貴様とシーフィアの周りは多少見逃してやってもいいかもしれん』
有り難い。
俺としては人間全体も見逃して貰えないかと思ってしまうが。
『不可能じゃ。儂ら精霊となる者や霊樹の仔の受難を無かったことになぞ出来ぬ。儂が人の子の寿命を超越していることに意味があるならば、儂を慕い、敬っておった彼奴らの無念を忘れずに留めるためじゃ』
それは正しいことだろうか。
『……正しいじゃろう。もしも正しくないとしても、儂はそう在らねばいけぬのじゃ』
俺は、ヘプたん様を愛していた人がヘプたん様にそれを望んでいたようには思えないよ。
『貴様に彼奴らの何が分かるというのじゃ? 貴様は何度でもやり直しができるじゃろうが、彼奴らはもう二度と同じ生を歩むことはない。全てを、尊厳や良心すら奪われて死んでいった者の無念が貴様に分かるというのか? 儂は、儂だけは忘れん。儂が忘れたら、この世界から忘れられてしまう』
……ヘプたん様は優しくて誠実過ぎるよ。
そういう生き方は難しく、苦しいだろう。俺にはできない。
『儂ら精霊は厳密には生きているわけではない。そこに在ることを定められたのじゃ』
定められた? 世界――創造神だったか――に? もしくは大霊樹とか?
『はっ。そんなわけなかろう、貴様らが……ちっ。口が過ぎた』
貴様ら……人間が精霊を?
そういえばさっきも『精霊となる者』と言っていったし、もしかして精霊って最初から精霊でなかった?
『……』
話してはくれないのか。
『貴様が知る必要もないことじゃ。儂が話す必要もなかろう』
俺は、精霊たちのことはよく知りたいと思うよ。
ヘプたん様のことだって知りたいし、もしも俺に力になれることがあるなら、協力したいとも思う。
人間を傷付けることには加担できないが。
『貴様の力なぞ要らぬ。貴様の理解も共感も不要じゃ』
……そうか。
『……貴様が、本気で申しているのは了解しているんじゃ』
……うん。
『しかし、貴様のその脆弱で矮小な身で、抱え切れるものには限りがあるじゃろう。何でも抱え込もうとするな。貴様の器が壊れるぞ』
それはそうだな。
心配ありがとう。
本当にヘプたん様は優し過ぎるよ。
『ちっ、やかましい。別に貴様の心配なぞしとらんわ。ほら、次の村に移るんじゃろ。早くせんか』
はい。
あ、そういえば、どうしてヘプたん様は俺の中に残っているんだ?
やっぱりツンデレ的なあれ?
『……凍らすぞ貴様? 儂はサブオーディネイトじゃから、貴様の用意した魔物の肉の非効率な肉体は好かん。早く『霊樹の仔』たちの下に戻らねばならぬのに、あの身体では寒さにすら耐え切れん』
晶氷の精霊が寒さに凍えてしまうのか。
『笑い話にもならんわ。早く何とかせよ』
善処します。
ところでサブオーディネイトって結局何かよく分かってないんだよな。
『……それは今更過ぎぬか』
申し訳ない。
今までは雰囲気で理解していたが、ふと気になったから。
『仕方ないの……原初において、属性は6種類しか存在しないのじゃ。『風』、『火』、『水』、『地』、『光』、『闇』じゃ。恩寵が無を充たして、熱がそれを活性化させた。流れる中で調和されて、生命が創造された。そして生命は輝きに導かれ、やがて夜に溶け込んで還る。これが精霊の本質じゃ』
ミアおねーさまが風、テトラくんちゃんが地、ペンテお嬢様が光だな。
疾風の精霊は『充填』、大地の精霊は『創造』、陽光の精霊は『先導』が本質だったか。
『ああ。故にこの六属性の妖精をオリジンと呼ぶ。力も強力で、特に疾風の精霊は別格じゃ。頭は残念じゃがな』
ミアおねーさまは俺が用意した肉体の器にも入らずに直接顕現しているもんな。
爆発の威力もテトラくんちゃんとペンテお嬢様に比べても凄まじく、まだまだ収まる気配がない。
『そして、オリジンの中から派生し、別属性に系統付いた属性が『氷』と『雷』じゃ。『氷』は風と水から、『雷』は火と光から派生した。オリジンから従属的に派生したからサブオーディネイトと呼ぶのじゃ』
なるほどな。
そういえば氷と雷以外にサブオーディネイトは存在しないのか?
『そうじゃな。風と光から『空』、火と地から『星』、水と地から『海』等は特に有望とされたが、結局新たな属性として世界に定着することは無かった』
世界に定着か。
『世界の法則に存在が許されなかったといえるじゃろう。尤も存在が許されながらも、その性質故に……いや、何でもない』
勿体ぶった引きをするね。
『あまりに異質で突飛な話じゃ。それに今となっては話す程のことでもない。ほら、さっさと手と足を動かせ』
分かりましたよ。
本日の治水工事と農地整備を完了したところで、シュタッケルベルク嬢の使者が声をかけてきた。
シュタッケルベルク男爵家を訪ねるようにとのことで、逆らう訳にもいかないため彼らについていった。
「ロベルト様。危険ですからシュタッケルベルクの私兵を遣わせると申したではありませんの」
シュタッケルベルク嬢の離れの執務室に通されて開口一番に咎められた。
「あー……すみません。お手を煩わせるのも悪いかと思いまして」
「無用な遠慮はおやめください。もしも貴方の身に何かあれば、私兵にを遣うだけでは済まされないほどの損失ですわ。貴方は自分がどれだけ価値のある人間か自覚していらっしゃらないようですわね」
「いやあ……あはは」
どう反応すべきか分からずに笑って答えたら、シュタッケルベルク嬢の目が細くなった。
「……どうも貴方には私の切実が伝わってなさそうですから、命令をした方が良さそうですわね。シュタッケルベルク領にて活動する際には必ず事前に私に報告してください。これは命令ですわよ」
「……はい」
うーん、面倒なことになった。
治水だけならまだしも、監視システムを設置するのにシュタッケルベルク嬢の手の者がいるのは不都合である。
作業中のより一層の隠蔽が必要になるな。
その後は、次兄の代わりにシュタッケルベルク嬢と談笑した。
流石にバレないかと冷や冷やしつつ、彼女の話に相槌を打つ。
『ジョーリ・ヒックスの代理人の次はロベルト・ヒックスの代理人か。貴様も好きじゃの』
ヘプたん様がくつくつと意地悪そうに笑うが、勘弁して欲しい。
代理人の上に代理人を重ねるような真似は次兄で最後にしたい。
次兄らしくフレンドリーに話したいところだが、生憎とそうした振る舞いは得意ではないため、どうしても芝居じみた感じになってしまう。
テトラくんちゃんがいたら『なちゅらるぼーん陰キャだ』とからかっているところだろう。
しかし、シュタッケルベルク嬢はやや落ち着きなく喋っているため、辛うじてやり過ごすことができた。
齟齬が出ないように、後で次兄に会話内容を伝えておかなければいけない。
ついでにシュタッケルベルク家の地下に『サンドホエール』、各所に自然物に擬態させた『スパイゴーレム』を放ち、周辺の地下に既存の中継機に繋がるように新たな中継機をも追加した。
これで、内通者と盗聴者の正体を暴けるといいが。
「ジョーリ、あまり痛くない方法で強くなることってできないかな」
オイコノ子爵領のヒックス邸に戻れば、次兄が燃え尽きた様子で、そう弱音を吐いていた。
『短期間で飛躍的に成長するためには苦痛が伴うものですわ』
『筋肉痛みたいなものだよ。体を壊して作り直すみたいなものだからね』
『甘えとる。自分が求めるものを得るためにお膳立てをされていて、そのような戯言を口にするならば、初めから諦めておれ』
精霊たちの言葉は正論だが、次兄の気持ちは分かる。
そもそも人間が崇高な動機を基に行動するにも限界があるだろう。
俺は、テトラくんちゃんの加護のおかげで食事も睡眠も不要だが、それでも精神的に疲労すればだらだらと時間を過ごしてしまいたくなる。
毎夜、爆発して死ぬのにもやはり気が滅入っているしな。
『人間を含む生物存在には物理的な限界があるから仕方ないね。もしも限界が無かったら今頃ますます発展しているか、とっくに絶滅しているかのどちらかだよ』
『ええ。不完全だからこそ、動機に頼らずに望ましい意思決定を継続していく工夫が必要ですわね』
ペンテお嬢様の言う通りだ。
ただし、動機については常に考え続けなければいけないだろう。
そうでなければ手段の目的化に陥ってしまう可能性がある。
『やはり人間は愚かで脆弱じゃの』
『それが愛おしいのではありませんの』
『うん。だからこそ面白いものをたくさん生み出すし、恋愛物語が生まれるんだと思うよ』
『む……』
精霊たちの人間と人間の作り出す様々なものへの愛が深い。
唐突に、ぼんやりした顔だった次兄が自分の頬を両手で張った。
「……いや、なんでもない。石に齧り付いてでもやってやるって決めてんだ」
どうやら弱気から立ち直ったらしい。
「何事も一番初めが辛いよ。もう少しすれば慣れてくるからそれを信じて」
「ああ。ありがとうな」
その後、シュタッケルベルク嬢との会話内容を擦り合わせた。
「何から何までありがとうな、ジョーリ。お前は俺にはもったいないできた弟だよ」
そう真面目な顔で言ってから、次兄は苦笑を浮かべた。
「それにしても、お前までマリア様に惚れるなよ?」
「……マリア様は素晴らしい方だけど、それは杞憂だよ」
「ははは、そうか。ジョーリはハーベル様にお熱だもんな」
え、次兄にまでそう思われてんのか。
『事実じゃろ』
『ワタクシはアルテナさん推しですわ!』
『ボクはボク推しだよ』
『ミアはシーちゃんが好き!』
『それは聞いとらんわ』
……当初はラファータとヒックス君を良い感じにしようとしていたのに、どうしてこうなったのか。
「お互いに身分違いの恋だが、ジョーリのこと、応援してるぜ!」
……恋か。
ハーベルのことは大切に思っているし、美人だと思うが、これが恋なのかは分からない。
俺には恋愛の定義が分からない。
世の中の人はどこで恋愛の定義を学んで、それを実例に当てはめているのだろう。
『代理人君はもっと恋愛についての情緒を発達させた方が良いですわね』
善処します。




