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74.過去-人間のままで

 


 雪山での大爆発を繰り返している内に、ヒックス君の12歳の誕生日を迎えた。

 クロード爺さんの喪に服していることもあり、今年の誕生日は身内のみでのひっそりとした内容だった。


 剣聖のクソジジイとの決闘まであと6年である。

 アルテナが剣聖のクソジジイと戦うまではあと3年もない。


 つまり、あと3年足らずで剣聖のクソジジイをひとまず何とかしないといけないわけだ。


 最近は剣聖のクソジジイを何とかするよりも、契約の魔道具の方を入手して解析することで対策できないかを考えているが、その方向でも進捗は芳しくは無い。


 そもそも契約の魔道具が途轍もない貴重品で買い付けるのも厳しい。

 道化の悪魔として強奪した汚れた資金なら量は充分だが、裏の市場に剣聖が使用した品質の契約の魔道具が流れて来ることは未だ無かった。

 あの爺さんはガキと殺し合いの約束をするためだけにどれだけ


 引き続き探そうとは思う。


 ハーベルは、二人で話した夜からあまり俺と会話をしてくれなくなった。事務的、表面的な会話はするが、俺と眼を合わせようとしてくれない。


 それは、ある意味で俺の言葉がある程度は彼女に影響を与えたことを意味するのだろう。

 ……寂しくないと言えば嘘になるが。


『最近の貴様は、あまりに素直過ぎてキモいぞ? キモキモじゃ』


 酷いことおっしゃる。

 最近のヘプたん様は現代日本の創作物に毒されてないだろうか。


『ワタクシは今の代理人くんも好きですわよ。辛い時はワタクシが抱き締めてあげますわ』


 ありがたい。

 ペンテお嬢様に甘え過ぎると自律心を失いそうだから節制はしたい。


『あ、ワタクシよりもテトラさんの方が相応しいかもしれませんわね!』


『ほほう、そうかもしれんな?』


『テーちゃん、代理人くんのこと、大好きだもんね!』


『……キミたちさぁ。ボクの場合は慰めるどころか子どもができてもおかしくないんだよ?』


『ガ、ガチですわね……』


『ガチじゃな……』


『ガチガチー!』


 価値観の違いがすごい。


『ボクの子どもを産んでくれるかい?』


 俺が産むのかよ!?

 勘弁してくれ。




 さて、ハーベルの殺人の詳細については、ナッシュやキリル嬢を始めとした監視役からも話を聞くことにした。


 俺の罪であるならば、知らなければいけない。


 ナッシュは俺に情報を隠していたことを泣きながら深く詫びて、自死を懇願さえした。


 ナッシュは立場上逆らえないハーベルに頼まれ、俺が聞かなかったのだから、報告しなかったのは当然だ。

 ナッシュの性格を考えれば、自分の義務を果たしていないことに苦しんでいただろう。


 それに、ナッシュは俺にとって必要な存在だ。


 俺がナッシュに、そう声を掛ければナッシュは号泣してしまった。

 情に厚い少年だ。


 俺は、俺に好意を向けてくれる存在にやはりより好意を向けてしまう。

 精霊も、ヒックス家も、アルテナも、地下帝国の監視役も好ましい。


『友だちのことはやっぱりいっぱい好きだよね! ミアも、友だち大好きだもん! みんなね、遠くに行ってもミアの友だちだもん!』


 ……俺もミアおねーさまにそう思えるようになりたいね。


『代理人くんはもうなってるよ! 代理人くんはミアの友だちだし、ミア、代理人くんのこと好きだもん!』


 ……そうか。ありがとう。


 監視役たちが俺に報告してこなかったが、いつか報告をしようとしていたかのようにまとまった情報を詳しく聞き、やはりハーベルは俺やヒックス商会が面倒ごとに巻き込まれないために自分の手を汚していたと判断した。


 それ故に監視役たちは口を閉ざしていたし、アルテナも黙認していた。


『ガバナンスがガバガバだね。じゃぱにぃずとらでぃしょなるかんぱにーじゃないんだから』


『あかんぱにーですわね』


『ぱにぱに!』


 ……その通りで、自分の不都合なことから目を逸らしていてはダメだな。


「マスターは冷徹ぶったりするくせに臆病でヘタレなのがゴミ。だからハーベルが代わりに殺してるんでしょ」


 キリル嬢から容赦ないダメ出しを受けた。


「こ、こら、キリル! マスターは慈悲深く寛大でお優しい方なんだぞ!」


 ナッシュがフォローするが、キリル嬢の言葉は否定できない。

 俺は現代日本の知識や倫理観に引っ張られているきらいがあるだろう。

 この世界は、生物を殺すことでその魂を喰らって強くなる、まさに弱肉強食の世界だ。


「キリルの言う通りだ。俺は臆病でヘタレだ。生ごみと違えるところがないと言われても仕方ないかもしれない」


「そんなことないです! あなたは強くて勇敢だ! あなたは素晴らしく優しい人です! あなただけが俺に手を差し出してくれた! あなた以外に誰が俺を救ってくれたというんですか!? 俺にとっては、マスター優しく、強く、勇敢で、かけがえのない人だ。だから、そんなこと言わないでください」


 ナッシュは顔を歪めて、再び泣き出した。


「……ナッシュ、すまなかった。お前のためにも、俺はもうそんなことは言わないようにするさ」


 自虐を本気で否定してくれる人間を前にして、自虐で感傷に耽って己を慰めるわけにもいかない。

 感情に任せるままに、幸福だ、不幸だ、不足だ、充分だ、を喚き立てることは赤ん坊でもできるのだ。

 俺は大人にならなければいけない。

 理性の下に、しんどい生き方をしなければいけない。


 この世界で生半可な倫理観はしがらみになるだろう。

 しかし、倫理観を喪って、聖人のごときヒックス君の代理人が務まるだろうか。

 むしろ、ヒックス君を目標にする程の倫理観を持ち、そしてそれでも尚、ヒックスと違って非常にならなければいけないのかもしれない。


『そんなこと人間の身に余るね』


 その通りだろう。

 それならば超人になるしかないのか。


 人間を超える。

 絶対的な倫理観を持ちながらも、それに矛盾することなく、正当性のない暴力を振るう不動心の存在にならなければいけないのかもしれない。


『それは何とも傲慢な考えですわね。重魔スペルビアと選ぶところがありませんわよ』


 ……確かに。


 重魔スペルビア――聖人アローは俺のこの思考の果てに突き進んだのかもしれない。


 彼は自我を捨てて、一定のパターンで動くマシンのような存在になったと語った。

 それが本当ならば、聖人アローは理想のために己という自我を捨て去ったのだろう。その抜け殻が重魔スペルビアに過ぎない。


 彼は悩むことを捨てたのだ。己の目的を果たすための具体的な手段だけに専念するために。


 それは、おそらく超人の悪しき代替物に変わり果てたに等しい。


 悩みを捨てた悪しき超人は、悩む人間よりも、その分だけ後退しているのだろう。


 それならばやはり俺は、人間の心であり続けながら、この矛盾に身が削れるまで向き合わなければいけないのだろう。


『理性的な存在でありたいならばそうじゃろう。理性存在は己が心身を擦り減らし、それをすっかり世界へと還元しなければいかぬものじゃ。自我を砕き、世界の中に消える必要があるのじゃ』


『高潔な意思と無条件の愛、強靭な魂は現実を超越するのですわ。真空を貫く光のように。『光の導きあれ』と人間が望む限り、ワタクシはそのために人間を導くのですわ』


『ボクは生きるためにあがく生き物も、生命以外の何かのために生命を捨てる生き物も好きだよ。現実も物語も愛しているからね』


『ミアね、むつかしいことわかんない! 楽しいが好き! みんな楽しければもっといいよね!』


 ……精霊の数だけ意見があるな。


「……別に、マスターが臆病でヘタレな分は私が殺す。変に思い悩んで自分の危険に晒さないで。貴方の生命は貴方だけのものじゃない」


「……キリルは優しいな」


「は? 気持ち悪いこと言わないで」


「こら! キリル! マスターに謝りなさい!」


「良いんだよ。2人とも、それにみんなもいつもありがとう」


 俺は監視役全員に謝意を示した。

 彼らには言葉だけじゃ足りないくらい本当に感謝しているのだ。


 そして、ハーベルだけでなく、キリル嬢が犯した、そしてこれから犯す殺人はやはり俺の罪でもある。

 ヒックス君の身体を贖いに差し出すことはできないが、この俺の魂と意思で贖えるといいが。




 その日はシーフィアの誕生日で、身内だけで簡潔に祝う以外にも、ラファータやハーフィンダール姉妹、受肉した精霊たちでもパーティをすることにした。


 ミアおねーさま以外にもテトラくんちゃんやペンテお嬢様は遥か前からシーフィアとぬいぐるみゴーレムを使ってたびたびコンタクトを取っていたらしい。


 君たち、俺に黙ってわりと自由にやっているよね。

 せめて報告くらいはして欲しい。


 ちなみに他の家族や使用人たちには、精霊たちはハーフィンダール姉妹の知人ということにしてある。

 精霊という上位存在で、貴族よりも遥かにやんごとなき方々と言っても過言では……過言……うん。


「シーちゃん! 誕生日おめでとう!」


「ありがとう!」


 パーティは姦しく行われた。

 俺以外はみな少女で、席を外した方が良いかとも思ったが、まあ、良いだろう。


 ミアおねー様が相変わらず素敵な声で歌って踊ったり、ペンテお嬢様が饒舌に物語を朗読し、テトラくんちゃんがゴーレムでそれを劇にしたり、ヘプたん様は溶けない氷細工をプレゼントしたりしていた。


 アルテナは新しい練習用の剣、ハーベルは霊薬を贈っていた。


 俺はいつも通り、新しい鯨のぬいぐるみゴーレムをプレゼントした。

 今回のぬいぐるみゴーレムは口頭で指示することで音楽を流す機能付きである。


 ラファータは、「他の人に比べると、全然大したものじゃないけど……」と手紙をプレゼントしていた。


「みんな、本当にありがとう! シー……わたし、本当にうれしいよ!」




 お菓子や紅茶を飲みながらボードゲームをしたりしてわいわいと騒いでいると、ふとラファータが席を外していることに気付いた。


 会場の部屋を出て、『四之剣・砂鯨』で探せば、彼女は屋外にて一人で立ち止まっているらしかった。


 俺は彼女のことが気にかかり、ひとまず彼女の許に向かうことにした。


 彼女と話し合う良い機会かもしれない。


 話さなければいけないことがたくさんあるのだ。


 俺はラファータの下へと向かった。


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