6.現在-屑たちの挽歌
5歳の過去ではラファータとも出会ってかなり充実した生活をしている一方で、12年後の現在では大樹海の森で相変わらず悪戦苦闘中である。
過去でラファータと見えたその次のタイムリープでは、お馴染みのグレイウルフの群れについに勝利した。
雪辱戦は無傷とは言わないまでも、安定して初勝利を収めることができて、竜気の習熟と位階の高まりを実感する。
しかし、この大樹海の深層――深層といってもそもそも最深部が分からないためまったくの表層かもしれない――で、グレイウルフは弱小魔物に過ぎなかった。
俺はグレイウルフを倒して自信を付けたが、その自信は一瞬で打ち砕かれてしまった。
巨大な蛇の魔物、ワニのような魔物、肉食獣の魔物、巨大な昆虫の魔物――大樹海はこの世の地獄である。
もちろん弱い魔物もいるのだが、強い魔物は理不尽に強い。
体感的にはレベル1からレベル80くらいまで出現モンスターの幅があるダンジョンである。
完全ランダムエンカウントでコンティニューできないのであれば、弱い魔物を引き続けることを祈るだけの無理ゲーであるが、今の俺の置かれた状況は固定シンボルエンカウントであるためまだ何とかなりそうなクソゲーと呼べる程度か。
それに俺がこの世で実在を知っている神は『道化の神』とかいうクソガキ邪神である。神に祈る効力には頼れないだろうし頼りたくない。
しかし、何とかなりそうなクソゲーと言いながらも、もうどれだけの無辜ヒックス君が魔物の餌になってしまったことか。
一人一人のヒックス君とこの世界の関係について、つまり死に戻りとこの世界の在り方についてはまだ幾つかの仮説から絞り切れていないが、代理人として無駄死にだけはしないようにしている。一つ一つの生に対して全力を尽くすことが代理人の義務だろう。まあ、押し付けられた義務だが、ヒックス君のためにそれなりに頑張って果たしてやるさ。
しかし、現在置かれている環境があまりに理不尽過ぎる。
どうしてろくに戦う力もないのに、ヒックス君は大樹海というこの世界で最も過酷な魔境に来てしまったのか。
いや、ラファータのためについて来たからなのだが。自明だったな。
この魔境である大樹海をそれなりに悠々と探索できるのだから屑勇者パーティは人間の屑ばかりであるが、実力はやはり凄まじい。
天才斥候の存在も大きいのであろう。
ちなみに勇者パーティのコアメンバーは、屑野郎だがバケモノじみた強さの屑勇者を筆頭に、先ほども述べた天才斥候の少女がいるし、白兵戦ならば勇者よりも強いと名高い『剣姫』と呼ばれる女剣士に、街一つを吹き飛ばせると称される天才魔法使い、どれだけ深い傷も癒せる聖女ラファータがあげられる。
それ以外にも強力な戦士や、魔法使いも加わっているが、大樹海では流石に足手まといなのか連れてくることはなかった。
ちなみにラファータ以外の女性は勇者のお手付きである。
ラファータはまだ勇者にお手つきをされていない……とヒックス君は思っているし、俺もそれを信じている。
ラファータとヒックス君が結ばれなかったらヒックス君があまりに報われないし、代理人としては何とかしてやりたいところである。
いやしかし、これでラファータの好意を俺に向けさせることができても、ヒックス君的にはダメではないだろうか。
おや、これ詰んでいるのでは?
……まあ、何とかなるさ。楽観していこう。
それにしても大樹海は広い。
王国の南部に広がるこの大樹海は多様な魔物が生息し、その危険性から未だにその全容が明らかになっていない。
この世界は人間が全土を実質支配しているわけではないのである。
大陸南部の大樹海は魔物が支配する土地であり、王国の土地ということになってはいるが、それはあくまでも形式的なものに過ぎない。
一方の大陸北部の大山脈では魔人族と呼ばれる異種族が住んでおり、やはり王国は自国の領土ということにしているが、実質的な国境線とされている地域では長年に渡って紛争が起きている。
勇者の旅には、この未踏地である大樹海の調査が含まれている。
それ以外にも北の大山脈の調査や魔人族の征服等が重要な目的とされているようだ。
しかし大樹海も大山脈についてもあまり進捗は芳しくないようだ
ヒックス君が加わっていた期間では、王国内に出没した凶暴な魔物を倒すのがほとんどだった。
そして今回は最近になって発見された遺跡を探索するため大樹海を訪れたのである。
そして聖遺物とでも呼べき強大な力を宿した財宝を回収した。
それが起因となって例のヒックス君を瀕死に追いやった重魔イノーマシに襲われたのである。
そうした事柄を整理がてら思い浮かべながら、ラファータと不本意ではあるが勇者パーティに合流するために樹海をぶらぶらと彷徨いていた。
それにしても、魔物との遭遇数が異常に多い。
ヒックス君に斥候の才能はないが、それにしてもこれほど多くの魔物に遭うなんてことがあり得るだろうか。
そのことに疑問を抱いて、そういえば勇者たちと別れる直前に勇者とその取り巻きの魔法使いに敵寄せの魔法をかけられたことを思い出した。
あの魔法使い、確か名前はティファニーだったか?
瀟洒なところで朝食を食っていそうな名前だ。
とにかくあの魔物寄せの魔法の効果が持続している可能性がある。
魔法について意識して竜気でセンシングしてみれば、確かに身体に纏わり付く魔法の残滓があるようだ。
そうなるとグレイウルフに毎回襲われるのも、勇者と朝食女のせいか。
犠牲になった何人ものヒックス君のためにも必ず報復してやる。
その為にも、先ずは生き延びて勇者たちと合流しなければいけない。
あ、殺人カマキ――
過去で平和な時間を過ごし、また17歳現在の大樹海である。
迷子の日々を抜け出せる日はいつだろうか。
魔物との戦闘にはだいぶ慣れてきた。
位階の上昇と竜気は相乗効果がある。位階が上がれば竜気は増えて、竜気が増えれば更に多くの魔物を倒せて位階も上がる。
今回、グレイウルフは無傷で倒せた。
もちろん相手の行動パターンを死に戻りを繰り替えすことで覚えていることが大きいが、最初とは比較にならないほど竜気が増大した。
更には、平和な5歳の過去でも竜気の制御訓練や応用を考えて、常在戦場の大樹海で過ごす中でそれらが洗練されているのである。
短剣の耐久力を高める為に竜気を纏わせ、それでも壊れた時は拳に竜気を纏わせ、殴った瞬間に竜気を一気に流し込んで内側から敵を破壊する。
博愛ヒックス君はその誰かに傷をつけたくない性根が戦闘にとことん向いていないだけで、実は竜気の天才ではないだろうか。
それに俺はこういう鍛錬や地道な努力は嫌いではない。
自分の体で魔物を殺すことをヒックス君は嫌がるだろうが、少しずつ実力をつけることも、その強くなった力で敵を倒すことも悪くない。
この近辺でおそらく一番強いのはカマキリのようなカマを持って人間のような体型の『イクスキューショナ』であろう。
初見で遭遇した時は一瞬で手負いヒックス君の首を刈られてしまった。
そして、前回も不意打ちで首を持っていかれてしまった。
昨日の雪辱を晴らすために今回も戦いを挑み、血塗れなって武器も壊れてしまったが、何とか五体満足で倒すことができた。
位階の高まりを感じて、俺の意気も高揚する。
失血死しないように竜気で切創からの出血を抑えるが、やはり血の流し過ぎで足がふらつく。
「……これ、武器になるんじゃね?」
壊れた武器の代わりに使えないかと、イクスキューショナのカマを人間の手首に該当しそうな関節からもぎ取った。
試しに近くの草にふるってみたら、気持ちの良い音を立てて、抵抗なく刈り取った。
竜気で膂力を強化して、刃も竜気で強化すれば非常に強い武器になるだろう。
どうでもいいけど、新しい武器ってテンション上がるよな。
マイ・ニュー・ギア……
近場の魔物を狩り尽くせるようになったし、そろそろラファータと屑たちを見つけることも不可能ではない気がしてきた。不意打ちには気を付けないといけないが。
いちいち戦闘をするとかなりの時間が経ってさらに魔物が寄ってくるという悪循環が存在する。
イクスキューショナを倒して位階も上昇したし、もしも次回以降もあるなら、戦闘は出来るだけ回避した方が良さそうだ。
ちなみに最初がレベル1ヒックス君だとして今はレベル18ヒックス君である。
ここに至るまでに犠牲になったヒックス君を考えると、やはり無謀な戦闘を避けるべきだし生き残る為に最善を尽くさなければいけないと強く思う。
何度でも繰り返すが、犠牲になって良いヒックス君なんて一人もいないのである。
効率化のためや捨て駒として無謀な行為や自殺をするつもりはよほどのことがない限りはしたくない。
それに道化の神による死に戻りなんて、いつ失われるか分かったものでもない。
本当は危険な戦闘は回避したいが、死に際のヒックス君が魔法使いと屑勇者にかけられた魔物寄せの魔法のせいで戦わざるを得ない。
それにカマキリは武器が壊れることを考えると事後的ではあるが補充として必要な戦闘だったよ。私怨が多分に混じっていたことは否定できないが。
それに、どうしても次はもっと上手くやろうとか、次はこれを試してみようといった考えは自然と浮かぶ。
多少は多めに見てもらえないだろうか。
こちとら毎回、文字通りに死ぬほど苦しい思いをしているだから。
……やはりヒックス君と俺では人間としての出来が違う。
俺は人間としての程度が低い。品性がないのである。
血を流しすぎたせいか、視界が明滅するようになり、思考がまとまらなくなってきた。
これは、今回の死も近いかもしれない。
……死に際は、何度味わっても死ぬほど苦しいな。
「お、マジか。生きてやがる」
「……少しの時間とはいえ、『デコイ』がかかった上に重魔イノーマシと対峙したのに、のうのうとしてるなんて、どんな手を使ったわけ?」
貧血気味にふらふらと彷徨っていると、声をかけられた。
「屑勇者に、朝食女……?」
目の前にいたのはヒックス君を死に追いやった女好きの屑勇者ケインと魔法使いのティファニーである。
「あ? なんでてめえに呼び捨てにされないといけないんだよ……待て、屑だと?」
「朝食女ってアタシのこと? 無能な平民のくせに随分と思い上がってるわね」
二人は不快そうに顔をしかめた。
彼らの中では、ヒックス君は価値のない無能で、幾らでも虐げてよい存在である。
何か理由があればいびり倒し、理由がなければでっち上げていびり倒す。
「……すまない。意識がもうろうとしていて」
非常に不本意ではあるが、仕方なく俺は謝った。非常に、非常に不本意ではあるが。
「……ちっ。しかし、血だらけとはいえ、まさかまだ生きてるとはな。死体を確認したら適当に遺品でも持ってきて終わるつもりだったが」
「どうするのよケイン」
彼らの会話から不穏な流れを感じて、俺は身構える。
「結果の予想が外れたなら、同じ結果に修正すればいいだけだろ」
勇者が剣を抜いた。
俺はイクスキューショナの鎌を握りなおした。
「あのゴミ屑、抵抗するつもりみたいよ。重魔イノーマシから生き残って図に乗ってるみたいね」
朝食女が杖を構えた。
「……俺を殺すつもりか。どんな理由で」
「あ? 目障りなゴミを片付けるだけだ。俺とラファータのためにも消えてくれや」
――はああ?
「はあ……まあ、アタシはケインの言うことならなんでも叶えてあげたいもの。平民を燃やすのも楽しいしね」
……善良なヒックス君が死に追いやられる一方で、こんな救いようのない悪人が憚っているとは、なんてくそったれな世界だ。
勇者は規格外だ。
おそらく今の俺でも一瞬で消される。
魔法使いも程度は違えども同様だろう。
しかい、この二人は救いがたい屑だ。
この世界から消えたほうが良い。
俺が消してやる。
――しかし、俺も同じくらい屑だ。
この二人を上手く殺せたら、さぞかし莫大な経験値が手に入るのだろうなぁと、人間相手に考えているのだから。