65.過去-才能に恵まれ過ぎた者
だいぶ質が落ちてるため、どこかで休載するかもしれません。
「……穢れた娘、ですか」
「おい! 精霊だか知らんが、今すぐ謝罪して撤回しろ」
アルテナが眉を上げながら晶氷の精霊にそう言うが、晶氷の精霊はアルテナに目もくれない。
「アルテナ、私は大丈夫です。晶氷の精霊様、あなたの言葉の真意をお聞きしてもよろしいですか」
ハーベルは最初こそ少し驚いた顔をしていたが、今では落ち着いた表情で晶氷の精霊の言葉を待っている。
「まずは貴様の母親の話をしよう。貴様の母親の名前は、フレデリカ・セイラーじゃ」
「フレデリカ・セイラー……そうですか。彼女は、私の母親は、フレデリカという名前だったのですね」
ハーベルは少し目を瞑っていた。
瞼の裏に母親を幻視しているような素振りだった。
「フレデリカは魔人族の中でも長に近い家柄の、儂の側仕えじゃった。彼女らは姫巫女と呼ばれる。姫巫女は高潔な精神と優れた才を持つ者を儂が選んでおる……とは言っても、ほとんどセイラーの直系ばかりではあったが」
つまり、ハーベルの母親は魔人族の中でもかなり貴い身分だったのか。
「貴様の母親も歴代の姫巫女と同じように、勇敢で才があった。慈悲に満ちていた。しかし、それ故に卑劣な策に陥り敵の手に落ちた」
「剣鬼ジークですね」
「今に至るまで下手人は不明じゃったが、どうやらそのようじゃの。そして、フレデリカは穢された。その証左が貴様じゃ」
息苦しい沈黙が流れる。
それを破ったのはやはりハーベルであった。
「剣鬼ジークの血が穢れているということでしょうか」
「その男は大変くだらぬ男じゃったが、その男だけではない。貴様ら王国の民、そして王国以前に存在した魔道大国の民の血は全て穢れているのじゃ」
「ふん、それならば私や先生も穢れていると」
「そうじゃ」
「ふざけるな。勝手な価値観で私の大切な人たちを貶めるな」
アルテナは一歩前に出て、射殺すような視線を晶氷の精霊に向ける。
その眼光はかつての勇者の仲間であった剣姫を彷彿とさせるが、その頃にはない確かな熱が感じられた。
胡乱そうにぬいぐるみ精霊は体をアルテナの方に向けた。
「……貴様、『祖竜の仔』でもなかろうに、やけに竜の血が強く発現しているな」
「訳の分からない言葉で煙に巻くな。謝罪して撤回しろ」
「ふう、やかましいわ」
「……私は口よりはまだ剣の方が達者でな。そちらが強情を張るならば、こちらは剣を抜かせてもらう」
殺意は感じられないが、アルテナの怒りが闘志へと研ぎ澄まされていくのを感じた。
『思い通りにならないからって暴力に頼るっていうのは発想が野蛮だなぁ』
『その意見には同意ですわね。しかしアルテナさんがハーベルさんや、代理人くんの! そう、代理人くんのために! 代理人くんのために怒っているのは! 良き! 良きですわね!』
テトラくんちゃんとペンテお嬢様がわざわざ一度俺の中に戻って好き勝手に言う。
依代が生気なくぼんやりしていて何か怖いから早く戻って。
「アルテナ、この場で争いを起こすのは、私も、ジョーリ様も望むところではないでしょう」
「だが……」
アルテナがこちらに目を向けたため、とりあえず笑って頷いた。
『ちゃんとッッ! 言葉にッッ! するのですわッッ!』
ペンテお嬢様に迫真の顔で喝破されてしまった。
「……あー、アルテナ、アルテナが怒ってくれて嬉しいよ。でも、ここはまず晶氷の精霊の話を聞こう」
「……分かった」
アルテナは納得していなさそうな顔をしていたが、一先ず引いてくれた。
『ディスコミュが起きなくて良かったね』
そうだね。
そろそろ依代が倒れそうだから戻りなよ。
『おっと、やばいやばい』
『ワタクシの助言がなくてもしっかりと言葉に出すんですわよ』
さて、アルテナの横槍や、精霊たちの自由な振る舞いのせいでだいぶ本題から外れてしまった。
「晶氷の精霊様、それで私へのお話とはなんでしょうか」
「う、む。確かに貴様には穢れた血が流れている」
晶氷の精霊はやや歯切れが悪い様子で切り出した。
「しかし、一方では高潔なセイラーの血を継いでもいる。それ故に、貴様の態度次第では魔人族の元で次代の姫巫女を目指すことも許可しようと考えている」
随分と上からな発言だが、魔人族は晶氷の精霊を深く敬っているし、自然とそういう態度になるのだろうか。
「……なるほど」
「ただし、貴様に穢れた血が流れる以上は、契る者は慎重に選ぶ必要がある。セイラー家の血を濃くしつつ、穢れた血を極限まで減らしていかねばならぬからな」
「……」
それはつまり、ハーベルが魔人族の男の子を産むということか。
「いや、ヘプたん、それはないよー」
「そうですわね。もう少し、人間の心の機微を学ぶべきですわよ。ワタクシ、素晴らしい教本をたくさん選び抜いて蓄えてますから、布教いたしますわ!」
精霊たちは依代でも自由だな、おい。
まあ、俺としても——
「少し考えさせていただいてもよろしいですか?」
「姉さん!?」
「……は?」.
「む? ……まあ、良いじゃろう。しかし儂は気は長くないからの」
「はい」
……ハーベルが遠くに行ってしまう?
——いや、このまま過去を改変できなければ、ハーベルもアルテナも剣聖のクソ爺に殺される。
もしもハーベルが魔人族としてアルテナから遠ざかればハーベルは死なないですむかもしれない。
『おい、思ってもないことに、言い訳を作るのはやめろよ』
再び戻って来たテトラくんちゃんがいつになく不機嫌そうに言った。
そうは言っても、俺にハーベルの意思決定を邪魔する権利はない。ないんだよ。
俺という不確かな存在がそれほど傲慢なセリフを吐ける訳ない。
『人間なんて、どうせみんな不確かだろ』
いつも穏やかなテトラくんちゃんが珍しく不機嫌に呟いた言葉が耳に残った。
ハーベルとアルテナたちと別れて、テトラくんちゃんとペンテお嬢様たちも依代による別行動を取ることにした。
そうしてぼんやりと地下帝国を歩いていると、最近作成した、通信用魔道具の端末に連絡が入った。
タウンゼント卿と共同制作したもので、地下帝国内とその上のヒックス邸付近でしか使えないが、色々と便利だ。
連絡を寄越して来たのはタウンゼント卿であった。
彼は地下帝国に工房を築き、好き勝手に魔道具の製作に打ち込んでいる。
水路の改良計画をしたり、農作業を円滑にするための魔道具の製作をしたりと、住民との関係も良好なようだ。
地上では既に魔物に襲われる不幸な事故で亡くなったことにされているが、本人は全く気にしている様子がない。
むしろ毎日楽しそうに魔道具のアイデアの話と、材料や経費等の催促をされる。
通信を受けると、彼の焦った声が響いた。
「ああ、エルエム! 小さい鳥と子どもが暴れて大変だ! 今すぐ私の下に来たまえ!」
エルエムというのは俺の地下帝国での偽名である。
道化の悪魔であることは住民たちに周知されているから、道化の悪魔の名がエルエムであるということになる。
そして、どうやらタウンゼント卿の許でミア鳥が暴れているようだ。
どうやら子どもを伴っているようだが、誰だろうか。
まさかシーフィアじゃないだろうな。
急いでタウンゼント卿の工房に行くと、工房内は台風の通過後のような有様になっていった。
『あ、代理人くん!』
ミア鳥さん、古代精霊語とはいえ、頼むから代理人と呼ぶのは止めてください。
いや、誰かに由縁を尋ねられたらもう精霊の代理人とか適当な言い訳すればいいか。
うん、下手に他の名前で呼ばれるより良いしそうしよう。
ミア鳥と一緒にいたのは今のヒックス君と同い年くらいの少年だった。
この少年は、最近になって違法奴隷の取引先を襲った時に拾ったが、特に印象に残っているため、名前も覚えている。
確か、アセモグルだったか。
やたらと賢そうな眼をしていて、落ち着かなそうに体を動かしながら工房に整然と置かれている魔道具を観察している。
「ふーん、魔道具ってそれぞれバラバラに動くモノを組み合わせて動かしてんだ。おもしろ」
アセモグル少年は回路基板をしげしげと見た後に、近くにあった工具で回路基板の封止を剥がして分解を始めた。
「おい!? 何をするんだ!?」
タウンゼント卿が暴挙に出たアセモグル少年に驚いて声を上げた。
「昔ちらっと聞いたけど魔道具ってこれが頭でしょ。頭の中がどうなるか気になるんスよ」
「だからって、回路基板を分解するな! せっかく作ったサンプルだってのに!」
「ごめんごめん。でもこれくらい1時間もあれば作れそうだしいいスよね?」
「んなわけあるか! 」
「そうかなぁ? 僕は多分作れるスよ」
そう言ってアセモグル少年は分解する手を止めない。
「おい、エルエム! 君が止めてくれ!」
「ああ、仮面様。今日もイカした仮面してるスね。でも、この部分に凹凸入れた方がカッコよくないスか?」
そう言ってアセモグル少年は手を止めて工具で俺が付けてる仮面の一部をなぞった。
そこを加工した方が良いということらしい。
「……お前、エルエムはここでは王様同然の存在だっていうのに、よくそんなことできるな」
「あ、ごめんごめん。僕って昔もゴシュジンサマに失礼働いて、殺されかけたんスよね。最近は結構上手くやってたんスけど」
そう言って、アセモグル少年は俺を品定めするように目を向ける。
強い知性を持つ眼だ。
何だか危険な魅力のある眼だな。
「なんだか輪郭が掴みづらいのは、その仮面も魔道具だからスか。ああ、でも、集中すれば、ちょっと頭が痛いけど結構大丈夫スね。仮面様、実は僕と年が近い? それとも女の子? 僕、女の子好きスよ」
この仮面の認識阻害の機能はかなり強力に作っているはずだが。
アセモグル少年はやはり何か特別なのかもしれない。
『代理人くん! この子ね、楽器の演奏がすっごく上手なんだよ!』
「楽器?」
「自作したんスよね。前に少し見たことあったから」
そう言って、アセモグル少年は小さな弦楽器らしきものを見せる。
粗末な木の枝やら、粘土やらで作られた粗末な楽器である。
『楽器を自作なんて中々やりますわね』
『よーし、聞いててね!』
そう言ってミア鳥がアセモグル少年の頭に乗って歌い始めれば、少年はそれに合わせて演奏を始める。
軽快な曲で、思わず首でリズムに乗りたくなるような出来だ。
あれだけ粗末な材料の楽器からこれだけの良い音が出るのか。
疾風の精霊の透き通る爽やかな美しい歌声と混じって思わずタウンゼント卿も俺も聴き入った。
やがて演奏と歌がフェードアウトして終わった。
『どうだった、どうだった!?』
『あ、ああ、良かったと思うよ』
曲の余韻を台無しにするようなミア鳥の感想の催促がなければもっと良かった。
「うむ、中々どうして感動するものだ。そういえばこの緑の小鳥はエルエムの新たなゴーレムか? どれ少し見せてくれたまえ」
タウンゼント卿が、アセモグル少年の頭から俺の肩に移ったミア鳥を掴もうとしたが、ミア鳥はするりと躱した。
そのまま俺の頭の上に乗った。
「どうやら嫌みたいですね」
「む、そうか……」
「僕も魔法や魔道具に興味あるんスよね。農作業とかつまんないし、無駄が多いし、年上たちがアホなことを偉そうに言うし」
そう言ってアセモグル少年は俺とタウンゼント卿を交互に見る。
「タウンゼント卿、少し魔道具について教えてみたらどうです?」
「む、いやエルエムこそ、魔法を教えてやったらどうだろうか。君の国の住民だろう?」
「いやいや」
「いやいや」
「農作業しなくていいならどうでも良いんスけどね。勝手に遊ぶし」
「あー、じゃあ、ひとまず1ヶ月ほどタウンゼント卿の工房で色々とやってみたらどうだ? それで見込みがあるようだったら何か別の作業を任せよう」
アセモグル少年は、おそらくかなり知的能力が高い。
才能に恵まれた人間を活用しないのは非効率だろうし、ひとまず様子を見たい。
「おいおい、勝手な……まあ、エルエムがそういうなら従うか。それに、魔道具に興味があるというなら少しは教えてやっても良いだろう。ただし、私の指示には従ってもらう」
「おー、やったー」
アセモグル少年が魔道具製作の良きパートナーが増えれば良いのだが。
あまりに才能と知性がある者の取り扱いには気を付けなければいけないから、少し不安だ。




