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3.過去-その手に掴んだのは

 

 そして俺は目を覚ました。


「……死んだ……死んだよな……俺」


 ……あまりにもリアルなグレイウルフの湿った吐息が、あれをただの夢ではないと俺に実感させている。


湿った吐息を首に吹きかけられ、意識が明滅して薄れていったのは覚えている。


 そして、俺はどうやら再び子どもヒックス君になっていた。

 昨日と同じ5歳ヒックス君だろうか。


 あれは、夢だったのか?


「……違う」


 あれは間違いなく現実だった。

 あの死闘が夢だったなんてことはあり得ない。

 食い殺されるあの痛みが偽りのわけがない。


 顔の目やに等を取るために『クリアランス』を使う。

 この魔法は便利だ。

 食品とかにも効果があるようだし、汎用性が高いと思う。


 それにしても身体が軽い。

 そうグレイウルフを倒した後に感じた位階の上昇を今も味わっているように思われるくらいで――


「……待て。今の俺は『クリアランス』なんか使えないはずなんだ」


 今更になって当然の事実に気づいた。


 ヒックス君は17歳になって冒険の中で『クリアランス』を習得したわけで、5歳の頃に使えるわけがない。

 しかし、今の俺は『クリアランス』を使える。


 そしてこの体の軽さと全能感すら覚える活力は位階の上昇と同様だ。


「……習得した魔法やレベルは過去に持ち込めるのか?」


 朝から心臓が高鳴る。

 もしそうなら、これは障害を乗り越える上で重要な力になるのではないのか。


 待て。落ち着け。


 そもそも現在に行けるのはあれ一回限りかもしれない。


 この能力の源泉はおそらく道化の神だぞ。

 期待させてから落とすことが、三度の飯よりも好きだろう邪神の力を過信するのは恐ろしい。


 とにかく落ち着いて冷静に分析することが必要だ。

 少なくとも今の俺にできることは情報を集めて牙を研ぐことだ。

 道化の神がいかに悪辣な罠を仕掛けていたとしても、それは最善の方針のはずだ。


 あとはその方針を更に具体化させていくことに集中しよう。




 朝食後、人目につかない場所で少し運動をしてみるが明らかに身体が軽く、また力が強くなっている。


 ……力の調節を誤ってヒックス君ボディやシーフィア、他の人を傷つけないように気をつけよう。


 食事の内容や昨日の会話内容を聞いたりしている内に、どうやら道化の神と話した初日から一日進んだのは間違いなかった。

 つまり過去では普通に寝て起きたという状態なわけだ。


 しかし、再び12年後の現在に行くことはできるのか。


 代理人である俺は間違いなくグレイウルフの群れに喰われて死んだだろう。


 再び12年後の現在にたどり着いた瞬間に激痛味わって死ぬとか、あの道化の神の祝福ならあり得そうだ。


 痛みの訓練にはなるってか。くたばれ。


 そもそも、12年後に行く条件も分からない。


 有力なのは睡眠や意識がない間だが、それだけとは限らないだろうし、それが条件とも限らない。


 データがとにかく足りない。


 疑問点をとにかく抽出して、整理して、検証していくことがひとまず重要だろう。


 ――混乱しているが、同時に少し楽しいと感じている自分がいた。




 そして一週間が過ぎた。


 この一週間の成果は中々目覚しいものである。


 まず重要事項として、毎日夜に寝ると、12年後の現在になる。


 そして、毎回、森の中から始まって、同じ方向に進むと同じ個体で間違いないだろう若いグレイウルフがいる。


 どうも、毎回復活しているようだ。


 倒すとおそらくだがちゃんと経験値を貰えている……と思う。

 2回目に倒した時は、位階の上昇を感じなかったが、3回目に倒した時は、位階の上昇を感じた。

 そして6回目までは何も感じなくて、7回目に倒した時にまた位階の上昇を感じた。


 レベルアップに必要なグレイウルフの討伐数が増えている理由の仮説として主に考えられるのは、幾つかある。

 まずは一度倒したグレイウルフから入手できる経験値の量が少なくなっていること。

 次にレベルアップに必要な経験値の量が増加していること。

 もしくはこの二つ両方だ。


 個人的には若いグレイウルフは毎回ちゃんと同じ経験値を渡しているような気がする。

 感覚による判断に過ぎないが、他の情報もなければ感覚も重要な指標だ。


 そしてやはり位階の上昇は過去にも持ち越されている。

 おそらく魔法も同じではないかと思う。


 最後に重要な点としては、現在で死ぬと12年前の過去に戻ってくることであろう。

 今は毎回若いグレイウルフは倒せているが、グレイウルフの群れには敵わない。


 つまり今の俺にできることは若いグレイウルフを倒して経験値を得ること。

 そして、現在の最優先目標はグレイウルフの群れを突破することだ。


 まずは若いグレイウルフよ、俺の経験値となれ。


 ……博愛ヒックス君なら、毎回狩られるグレイウルフを哀れに思って倒すのをやめてしまいそうだが、俺はそんなに甘くない。




 さらに一週間経ったが、グレイウルフの群れは突破できない。


 新たな発見としては、昼寝や気絶など、夜に寝る以外では12年後の現在に行かないことだ。

 夜の睡眠では一度向こうで死んでこちらで目が覚めるので、寝た気があまりしない。


 これが死に戻り能力の一番のデメリットかもしれない。


 おかげで昼寝が増えた。

 ヒックス君の両親から体調が悪いのではないか、病気ではないかと心配されたが、純粋に睡眠の充実感が足りていないだけだ。


 話は変わるが、算術等の習い事の時間を減らして武術の稽古の時間を増やしてもらえるようヒックス君パパに頼み込んだ。

 特に剣術を習いたかった。


 ヒックス君は誰かを傷つけることが嫌いで、そういう闘争本能の欠如のために武の才能は本当になかった。

 しかし俺にはグレイウルフの群れを乗り越えるためにも武術が必要なのだ。

 筋肉は持っていけないが、道場の微々たる経験でも、俺やヒックス君ボディには重要であると思われた。




「ヒックス、最近のお前はどうしたんだ?」


 剣の師範はここ一週間の俺の鬼気迫る迫力に、稽古の後に一人だけ残して何事かと問い質した。


 ここ数日の俺は確かに頑張っていたような気がする。

 本来の博愛ヒックス君はその本質が武の道がとても向いてないと師範に見限られていた。

 しかし、この時点ではまだ見限られていない。

 俺自身も最初のうちは「お前は向いてないよ」と言わんばかりの目で見られていたのだが。


「死にたくないのです」


 師範は怪訝な顔で俺を見た。そりゃそうだ。


 しかし、俺は大真面目である。


 死ぬほどの激痛を味わい続けたい人間がこの世にいるだろうか。

 俺は早いこと狼の群れを倒せるようになって死ぬ痛みから解放されたいのだ。

 そのためこの程度の死なない痛みを被って、死ぬ痛みを回避できるようになろうとするのは至極当然だろう。


「そのために狼の群れに勝てるようになりたいのです」


 師範はますます意味が分からないという顔をした。そりゃそうだ。

 俺だってどう説明すればいいか分からない。


「師範は12のグレイウルフに囲まれたらどうしますか」


 師範は胡乱な目つきで俺を見ていたが、真面目に回答してくれた。


「グレイウルフに囲まれたらダメだな。囲まれない、それ以前に戦わないことが大事だな」


 師範の言うことは間違いないだろう。

 しかし若いグレイウルフにはどうしても遭遇してしまうし、仲間を呼ばせなくてもお互いの血の臭いのせいか遅かれ早かれグレイウルフの群れに遭遇してしまう。


「それでも戦わなければいけないなら、そうだな。少しでも有利な場所に立つことだな。後ろを取られないように壁を背にしたりすればある程度はましになるか」


 実際それは無難にやるべき手段だろう。ここ数日は若グレイウルフを倒したら地形等の確認を行っている。


「まあ、俺だったら華麗に立ち回って全部切り捨ててやるがな」


「師範にそんなことできますか?」


 師範はそれなりに若いながらも剣を教えるだけあってそれなりに戦闘はできるだろうが、あの群れに立ち向かえるとは思えなかった。

 剣聖の弟子と言っているがそれも本当なのか実は疑っている。


「ふっ、お前たち弟子には見せたことがなかったな。見逃すなよ」


 師範は剣を構えた。


「はあああ……『剛剣』!」


 師範の纏う存在感が爆発的に膨らんだかと思えば、その存在感を剣に乗せたような一撃が空を斬った。

 的は無かったが、その鋭く思い一撃ならば確かにグレイウルフも数匹同時に斬り捨てられそうであった。


「はあはあ……これが武の極意『竜気』を纏った一撃だ……はあはあ……」


 師範は大きく息をあげながら、得意げな顔を見せる。


 『竜気』というのはヒックス君の知識にない概念だが、彼の記憶の中でおそらく似たようなのを見たことがある。

 勇者のハーレム要員の女剣士である『剣姫』が同じような力で、強敵を切り倒したり、本来は防げないような魔物の一撃を無傷で受けていたりしたのだ。

 彼女はこの『竜気』という力を用いてそうした離れ業を行なっていたのではないだろうか。


 グレイウルフの群れから生き残るための光明が見えた気がした。


「師範! これ! 『竜気』を教えてください!」


 しかし師範は大きく首を振った。


「ダメだダメだ! 子どもには早い!」


 自慢げに見せたくせに教えることを渋る師範になおも食い下がる。


「必要なんです! 教えてください!」


「竜気を扱う修行というのは、子どもの体では耐え切れないものなんだよ。まさに死ぬほど苦しいんだ。あと最低でも10年後……いや、それでも早いくらいだ」


「分かりました。それでは12年後まで修行を実行致しません! だから是非とも方法だけでも!」


「聞き分けいいのか悪いのかどっちなんだ……それなら12年後まで剣を続けていて、見込みがあるようなら……」


「方法だけでも! 師範! 是非とも!」


「うるせー! 分かった、教えるよ! だが、修行を実践したことが分かったら、すぐに破門だからな! 子どもに竜気の訓練をさせるなんて正気の沙汰じゃないんだぞ」


「大丈夫です! 12年後までは致しません!」


 17歳になったヒックス君の体で訓練するつもりであるから嘘じゃない。


「まったく……方法だけだぞ。試したら本当に破門だからな」


 そう言って師範は竜気の鍛錬方法を教えてくれた。


 ざっくり言えば、死ぬほどボコボコにされながら、精神を研ぎ澄ますことでコツを掴むらしい。


 そりゃ子どもには実行できないわ。


 しかし、今の死に戻りヒックス君には非常に向いている気がする。


 さっさと習得したいところである。




 その日は妹のシーフィアの勉強で分からないところを教えてあげた。

 ヒックス君と1つしか違わない年子だから他の兄よりもヒックス君に懐いている。


 しかも末っ子にして初めての女の子だから蝶よ花よと育てられている。


 ヒックス君も歳が近くて嫉妬とかしてもおかしくないのに、ヒックス君はそういうこともない。


 ヒックス君ってやはり聖人なのかもしれないな。


「お兄ちゃん、ぶじゅちゅ、たのしい?」


 舌足らずな口調で首をこてんとかしげながらシーフィアは質問をした。


「うん? 楽しくはないかなぁ」


 痛いのも苦しいのも俺は嫌いだ。

 死にたくないからやっているだけだからな。


「じゃあ、もっとシーとあそんでよぉ」


「もちろん喜んで。お姫さま」


 シーフィアは破顔した。


「えへへ、おひめさま! シーは、せかいでいちばんしあわせだね」


 ヒックス君の妹は可愛い、この笑顔を曇らせるオイコノ子爵死すべし慈悲はない。


 この娘の笑顔を守るために頑張らなければいけないと思えばより強い動機になった。




 更に二週間が経過した。


 ちょうど前日にレベルアップをして、最初の若いグレイウルフだけでは経験値的な旨みが無くなってきた。


 初期ヒックス君をレベル1とすると、今は4つ上がってレベル5だろうか。


 竜気は少しずつ感じられるようになっている。

 記憶のヒックス君は武の才能はないと思ったが、魔法も使えたり、竜気を思ったよりも早く習得できそうであったり、実は才能の塊なのではないだろうか?


 一度、竜気の感覚を掴めば、幼少ヒックス君の体でもある程度、使うことができるため、体に大きな負担がかからない程度にこっそりと竜気を練ったりもした。


 師範が教えてくれたような過酷な鍛錬ではないから約束は破ってない。普段の稽古の方がよほど体に負担がかかるくらいだ。


 決して詭弁ではない。


 うん、許して。



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