44.過去-仮説とペンテ法典
さて、今回のタウンゼント卿の死亡の偽装工作の要であるグーラと呼ばれる魔物について説明したい。
まず真っ先に間違いを訂正するならば、グーラなどという魔物は存在しない。
あれは、数多くの魔物や生物が混ざり合ったいわばキマイラである。
大量に生物を食べるのはおそらく足りない魂を補うためなのではないかと勝手に考えている。
そしてこのキメラを産み出しているのが、重魔リリスが『ミクスゲル』と呼んでいたスライムのような魔物である。
この『ミクスゲル』は複数の魔物を食することでその魔物の特性を混ぜ合わせた新たな魔物
を産み出すことが出来る。
この魔物自体はいつの間にか監視システムにて補足されたが、重魔リリスの存在は見当たらなかった。
かつての7年後のナッシュが語ったことと綜合すれば、まずミクスゲルがオイコノ子爵領に現れて、その後に重魔リリスが子爵に取り入って、ミクスゲルを発見したためにそれを活用して戦力を作り上げていたと考えられる。
どうして戦力を作り上げていたのかは分からない。
ペンテお嬢様による大爆発が終わったら尋問をしに行こうと思う。
その頃にはおそらく俺が勝てるだろうと考えている。
さて、ミクスゲルを捕獲したところで色々と研究した結果、すぐには処分せずに活用することにしたのである。
アルテナからは危険であることから強く反発されたが、それは地下帝国よりもさらに深層で独立した層を作成して育成することで渋々ながら納得させた。
ハーフィンダール姉妹はわりと人道性とか生命倫理には関心が無い。
まあ、武力、すなわち暴力を生業とする武家の出身だし、この世界の道徳水準自体がそれほど高くないしそんなものかもしれない。
特に魔物は人類の存続を脅かす脅威であるから同情などはしないようだ。
閑話休題。
地下深い層で、ミクスゲルに自分が生産したキマイラの死骸を再び取り込ませる。
ついでに地下帝国産の食糧やら繁殖させた魔物を与えながら、再び魔物を生み出させる。
テトラくんちゃんと最近はペンテお嬢様のお陰もあって地下だろうが食糧には余裕があるからな。
そして産み出した魔物をゴーレムで始末する。
それを再びミクスゲルに取り込ませる。
これを繰り返すことを基本にして全自動のレベル上げシステムの構築を目指したのである。
ミクスゲルが同じ魔物を取り込むほどに産み出される魔物はますますおぞましい姿になっていくが相手をするのはゴーレムであるため問題ない。
更にミクスゲルは一度瀕死にしてから『ゴーレムクリエーション』で魔物ゴーレムにしているため反乱の問題もない。
ミクスゲルがゴーレムになっても産まれてくる魔物はゴーレムではないため経験値になる。
手に入る経験値は些細なものであるが、全自動で、しかも絶え間なく行われるため、7年後の現在に行くと爆発しながらも7年間の溜まった経験値を入手できるのである。
今回はこのミクスゲルが産み出したキマイラの一匹をゴーレム化して、地上に待機させることにした。
元々は捕獲前のミクスゲルが産み出したキマイラが暴れていて、しかも各地に散っていたという背景があったためアルテナからも口添えするようにして調査クエストの編成を促したのである。
そしてベルおじたちが調査クエストに参加したところで、ゴーレム化したキマイラを操作して、戦闘をさせた。
つまりあの戦はある意味で代理人VS紅玉三人衆だったわけだな。
自分のゴーレムに石を投げ付けたりするのは中々心苦しかったが、まあ、普段のミクスゲルや産まれたキメラには更に酷いことをしているし、今更である。
『しかし、ミクスゲルが何故現れたんだろうね』
テトラくんちゃんが疑問の声を上げた。
テトラくんちゃんとペンテお嬢様いわくミクスゲルという魔物は知らなかったということ。
もちろん精霊といっても全知全能ではないため、昔からいた可能性もあるが、もしかしたら新種の魔物かもしれない。
『不気味な魔物ですわよね。禍の先触れといった感じですわ』
禍の先触れ、ね。言いたいことはまあ分かるが。
そういえばミクスゲルのキマイラに追い立てられて、魔物が街にまで現れたりしていたな。
アルテナ、ハーベル、キリル嬢辺りに対処してもらったお陰で特に被害は無かったが。
『……む、お待ちなさい』
ん?
『ジョーリ・ヒックスの記憶を辿りなさい。ラファータに片思いする契機は?』
それは……街中でヒックス君が魔物に襲われて……うん。
『えー、でも確か2年後の話じゃなかった』
『ええ、そうですわ。しかし、本来の歴史と違うことがあるでしょう?』
『もったいぶるねぇ。一番の違いといえば、偉大なる大地の精霊テトラがいるよ』
ふざけた様子で胸を張るテトラくんちゃんだったが、ペンテお嬢様は頷いた。
『そう、アナタがいることですわ』
『うん?』
……ああ、大地の加護による大爆発の剰余エネルギーか。
『そうですわ。それでミクスゲルが本来の時間軸よりも早く台頭したのではなくて? 魔物にとっても養分が豊富ですものね』
確かにあり得る話ではある。
最初の時間軸で重魔リリスとミクスゲルの話を聞かなかったのは、逆に重魔リリスがミクスゲルを捕獲する前に、たとえば本来はベルおじのような上級の冒険者等が討伐したからではないだろうか。
しかし、テトラくんちゃんの加護によって、ミクスゲルは大幅に早期で強くなり、結果として重魔リリスが捕獲するまで生き延びたのかもしれない。
『う、か、仮説に過ぎないよ!』
『爆発が終わり次第、代理人君が7年後のオイコノ領で確認を取れば良い話ですわ』
その爆発がいつまでも終わる気がしないんですがね。
まあ、爆発しても時間跳躍による経験値が得られるシステムは複数作っている。
さながら銀行や投資信託の金利、消滅しない購入ポイント等の数年分の累計を毎回一括で貰っているようなものだ。
特にゴーレム化したキリル嬢とミクスゲル経験値システムからの経験値はバカにできない。
さて、話をベルおじたちと行った調査クエストおよびグーラとか呼ばれた俺のゴーレムとの戦いの結果を話そう。
調査クエストの結果、見つかった紀章はタウンゼント男爵家の紀章ということが発覚して、賓客として招いていたドッブ家が責任を負うことになった。
貴族を死亡させたとなるとお家の取り潰しかと思われたが、タウンゼント男爵家への多額の賠償金で手を打つらしい。
タウンゼント卿はまだ家督を継いだわけでもないし、むしろ叔父からしたら自分の息子に継がせたいわけで鬱陶しいとさえ思っていたようだからな。
まあ、当のタウンゼント卿は魔道具狂いで、爵位については融通が利いて便利だから使うくらいの心持ちだったらしい。
この人が家督を継がなくて良かったと思うよ。
ほとんど誰も幸せにならなかったのではないだろうか。
今回の一件でドッブ商会はオイコノ子爵には見切られたようだ。
道化の悪魔として活動していた成果が報われたといっても良い。
貴族の札を切るのは強力な反面しくじるとあまりにも手痛いというのを実感する案件だった。
俺も気を付けなければいけないな。
貴族はぶっ飛んでいるのが多いし、利用しようとして足元をすくわれたら堪らない。
地下帝国では新たな問題が発生していた。
「偉大なるサックスを祖に持つ我らとしては新しき民にも同胞として同じ待遇を与えるべきである。特に最初は持たざる身であるからに我々が支援するのは当然であろう」
「否。イースターリーの出身である我等はそうした労苦なき感受は堕落の原因と考える。自らの努力によって自らを助くるべし。もちろんそれによって確固とした地位は保証するべし」
地下帝国民の中でも高齢で影響力のある者達が侃侃諤諤と議論をしている。
どうやら新参の地下帝国民の処遇について議論しているようだ。
その他にも元違法奴隷という性質上、多種族が入り混じる環境であるため、様々な軋轢や不和が絶えない。
『多様性は短期的な効率性や生産性を悪化させてしまいがちだからね、仕方ないね』
『多様性はレジリアンスには役立つ可能性がありますわ。それに定量的に測定できるものだけが豊かさではありませんわよ』
いずれにせよ、地下帝国民が不和の結果、内戦が起きたり、暴力沙汰になったりしないかは少し心配である。
『はっきり言わせてもらいますが、これは代理人君とテトラの責任ですわよ』
『ボクたちの何が悪いっていうのさ!』
そーだそーだ!
『良いですの。物理エネルギーと同じように社会の中には非物理的なエネルギーが存在しますわ。そして物理エネルギーが物理法則に従っているように、社会に存在する非物理的なエネルギーにも法則が必要なのですわ』
お、おう。
『その法則の一つが法律ですわ!』
『異議あり! 物理法則に反することはなくても法律に反することは多くあると思う!』
いや、この世界だと物理法則も反することが多くあるような……いや現代日本の基準で考えるのは良くないか。
魔法や竜気、精霊をも含めたこの世界独自の物理法則があると考える方が自然か。
『それでも適切な法則というものがあることで愚かで脆弱な人間は導きを得るのですわ!』
『えー、でもあまりガチガチに縛るのも良くないと思うよ。『何だかしらんがとにかくよし!』の精神でいいじゃん』
テトラくんちゃんに色々な意味でぴったりな言葉である。
『甘い! 甘いですわ! 王都の一等地に建つ貴族向けの糖尿病まっしぐらな超激甘最高級スイーツよりも甘いですわよ!』
病的に甘そうなスイーツよりも甘いだと。
『もちろん実態に則さない法律と制度は百害あって一利なし。しかしまずは総則を規定して、それから各則、細則を規定していくべきですわね』
『うへぇ……』
『そもそもこうした法と政治経済力学は初期にこそ確固とした基礎を築くべきなのですわ! 時間を隔てるほどに動学的に最適でない安定解が選択されて現状維持バイアスで構造変化が難しくなるのですわ!』
そんなこと言われましても。
ペンテお嬢様、光の導きを!
『ええ、ええ! もちろんですわ。愚かで脆弱な代理人君が祈る限り光の導きがありますわ!』
ペンテお嬢様がいつもより輝いて見える。
『256の3乗くらい?』
標準RGBかな。
『もちろん法律だけではありませんわよ。法律を遂行するための政治制度を作る必要もありますわ。やることは無限にありますわよ』
……ペンテお嬢様! 光の導きを! おかわり!
『もちろんですわよ! 愚かで脆弱な人間を導くことこそワタクシの使命ですわ!』
陽光の精霊バンザイ! バンザイ!
『調子がいいんだから……』
こうしてペンテお嬢様主導で、地下帝国の法制度、政治制度、さらには経済システムの基礎が作られたのであった。
地下帝国の法律を集めた法典にはペンテ法典と名付けて、ペンテお嬢様のキメポーズを表紙にした。
光の導きあれ。




