40.過去-代理人は空飛ぶ鯨の夢を見るか
さて、想定外ながらも将来の天才斥候であるキリル嬢を仲間に引き入れることができた。
彼女はヒックス君の記憶にある勇者パーティの中でも有数の実力者であるから非常に心強い。
剣姫アルテナ、朝食女、天才斥候、聖女ラファータが勇者パーティのコアだからな。
ヒックス君は基本的にラファータと共に行動していたから、そのコアメンバーたちの雑用やら憂さ晴らしの対象だったりしたのである。
天才斥候はそもそもヒックス君に暴力を振るうようなことは特になく、雑用を大量に任せたり急かしたりするくらいで、比較的マシな部類ではあった。
今回の一件でも思ったが、ナッシュ以外はどうでもよくてヒックス君に微塵も興味がなかったのだと思う。
『ここまで来たら過去改変でティファニーや他のハーレム人員も仲間にしようか。過去の勇者の戦力を減らしていこう』
それはどうだろうか。
朝食女の実力は確かに中々のものだが、俺としては勇者の次か同じくらいには嫌いだしな。
そもそも勇者は実力的には独りでも強いし、卑劣な概念攻撃が使えるから朝食女がいようがいまいが戦力的には関係ないだろう。
むしろラファータのチート回復と、天才斥候の第六感とでもいうべき超感覚の方が勇者にとっては重要なんじゃないだろうか。
そういえば、あの超感覚みたいなのは真似できないだろうか。
あれを模倣できれば未だに習得できていない七星剣の六之剣に応用できるかもしれない。
検討してみよう。
ちなみに7年後――最近10歳になったため――の現在では、未だにペンテお嬢様パワーの容量超過で大爆発を起こしている。
幸いにもとある方向に光線を撃ち込むとかなりの経験値が手に入るため、爆発前にそこに光線を撃ち込むようにしている。
何を倒しているのか気になるため、爆発が終わったら向かいたいところである。
地下室の鍛錬にキリル嬢も新しく加わった。
現在アルテナとキリル嬢が試合稽古をしているが、これは見ていて面白い。
アルテナの方が位階も高く戦闘力も明らかに高いが、キリル嬢は俺のゴーレムであるため経験値を分け与えることができるし、怪我や欠損もよほど甚大でない限りは修復できる。
経験値を分け与えて強化されたキリル嬢は本来の潜在能力もあってかなり肉迫している。
片手にそれぞれ芯の入った綿短剣を持っていて、二刀流でアルテナに会心の一撃を決めようとしているが、アルテナの水竜気の前では自ら外しにいっているようにも見えるから恐ろしい。
アルテナが使用している剣技は『三之剣・水月』を昇華させた『水之羽衣』である。
現在のアルテナだけが使える、まるで衣服のように纏う水竜気はキリル嬢の俊敏な一撃をも完全に受け流してしまう。
本来の適正属性でない水属性をここまで
しかも最近では鍛錬と称して常時発動しているからな。
もはやアルテナに不意打ちは通用しないだろう。
天才斥候といえども単独では『水之羽衣』を突破できず、やがて額にピタリと芯の入った綿の剣を当てられた。
「……私の負け。剣姫は本当に強い」
「キリルもやるな。先生以外でこれだけ打ち合えたのは久しぶりだ。楽しかったぞ」
そう言って快活に笑うアルテナは中々美しかった。
代謝の高い、強い生物が熱を発している様は美しいものである。
一種の生きた芸術と言えるかもしれない。
アルテナの汗を滴らせている姿は好きだ。
『それだけ聞くと変態っぽいよね』
やかましいよ。
ちなみにタオルと衣服は『クリアランス』で清潔にするため洗濯が不要である。
地味に便利で有用である。
キリル嬢の扱いは迷ったものの、一先ずは冒険者として活躍してもらうことにした。
表の監視役として活躍してもらうことにしたのである。
キリル嬢はナッシュと離れることでやや不満そうだったが、持ち家を手に入れたら地下帝国と繋いで、ナッシュとも家で共同生活をさせてやろうと約束したら諸手を挙げて喜んだ。
元々蓄えはそれなりにあるそうで、すぐさま頭金をさくっと払って購入していた。
行動が早い。
『ボクでなければ見逃しちゃうね』
テトラくんちゃんは自重してください。
「この『サンドホエール』に気付く人は気付くと思う。監視の魔道具は尚更」
キリル嬢に色々と話を伺っていると、自慢の魔道具に指摘を受けた。
俺の可愛い鯨ちゃんがバレるのはよろしくないな。
工作は完璧なら完璧なほど良いのである。
『実はペンテを仲間にしようとしていた頃から温めていた計画があるんだよ!』
テトラくんちゃんが意気込みながら、空中に浮かぶミニチュアなデフォルメ鯨を浮かしていた。
クジラの下にはこのオイコノ子爵領らしいミニチュア街が置いてある。
ミニチュア街は非常に精巧で、無駄な芸が細かさに感心する。
『そっちは良いから。光霊気の高速性を使って遥か上空に浮かぶゴーレムから観測するんだ。これぞまさにムーンショット計画!』
なるほど、クジラゴーレムを衛星みたいに打ち上げて街を観察しようという話か。
『ワタクシよりもむしろ疾風の精霊の協力が必要だと思いますわ』
『ムーンショットな計画やりたいんだ!」
『実現可能性の調査とより具体的な計画書を提出して出直すのですわ』
『うぐぐ……!』
現代日本もすぐにムーンショット打ち上げたがる文化だったが、重要なのはコンセプトである。
その辺りはUSがまさに重要視して成功してきたところで、目指すべき目標とその動機を明確にして、アプローチの切り口を徹底して考えることの方が重要であると知識にはある。
俺の知識の現代日本は近年では貧すれば鈍するを地で行っていたからな。
コンセプトは重要視していきたい。
『ぶー、優等生みたいな立派なふりをして、他人の考えを猿真似しているだけじゃ、創造性もない、つまらない社会の歯車にしかなれないんだよ』
良いじゃん、社会の歯車。
そもそも歯車は魔道具の機構にだって重要だし、部品たちが調和しあってより複雑な閉じた系を完成させるんだ。
だからこそトライボロジーもまた重要な学問領域なのだしな。
歯車は良いものである。
『ボクだって歯車や精密部品は好きだよ! でもそういう話じゃないからね!』
何の話だっけ?
株式市場での実証から考えても科学や学問に対して『選択と集中』というアクティブ運用はやめて広く薄く長期に渡ってのインデックス投資を行う方が平均的なリターン大きいだろうという話だったか。
『君が現代日本の科学研究に多くの不満があることはよく分かったよ。でも今は空を飛ぶ鯨計画だよ』
うん。
まあ、色々と言ったけど、空を飛ぶ超巨大な鯨を見たいよね。
風の精霊を仲間にしたら、是非とも『エアホエール』を作成したいものだ。
『代理人くん! 君は同志だ!』
『なんでもいいですけど、監視システムはどうしますの?』
ペンテお嬢様が俺たちに呆れた様子でツッコミをいれた。
色々と考えたが、重魔リリスと戦った未来では気付かれていなかったため、案件としては後回しでも良い気がしたため保留にした。
『結局、空を飛ぶ鯨を作りたいという計画ができただけでしたわね』
『重要なことじゃないか』
ちなみにキリル嬢は、まだ訪れたことがないオイコノ領でナッシュを探す傍ら、最近は領外でも噂になっている道化の悪魔を狩ることで賞金を稼ごうとも考えていたらしい。
道化の悪魔にはかなりの額の懸賞金がかけられているからな。
そして、この領地を覆うように存在する謎の霊気に、至る所に張り巡らされた監視網にやがて気付き、敵に回すべきではないと考えてあと少ししたら別の地に移るつもりだったようだ。
ナッシュが見つけてくれて良かったな。
その切掛けになったベルおじに感謝しろよ。あと腹パンしたことはちゃんと謝れよ。
各地を転々としてきたというので旅先の話も聞いたが、どうやら最近は全体的に魔物が増加していたり、各地では異種族による反乱もあるそうだ。
『そーれ! 一揆! 一揆!』
テトラくんちゃんがまた異世界の良くない知識に触れてしまったようだ。
異種族というのは社会階層の中でも最底辺か、もしくは階層外らしく、魔物が暴れて治安が悪化すると暴動が起きることも頻発するらしい。
しかし、大地の精霊の加護があらたかで飢饉もほぼ起きない世界なのだからもっと豊かに文化的な生活でも営めば良いのに。
『それができるならば、異世界でもの近代の内戦やら紛争のほとんどは起きなかったと思いますわよ』
『間違いないね』
はい。
『差別やら階層やら人間というのは愚かだねぇ』
テトラくんちゃんだってSSS級冒険者とか言っていたのに。
あれだって遥かに多くの下級の冒険者がいるから成り立つ称号だろう。
ダブルスタンダードはあまり推奨しないな。
『う……』
『テトラさん、その愚かな人間を導いてあげるのがワタクシたちの役目ですわ』
『頑張ってー』
『当然ですわよ!』
人類にペンテお嬢様の導きあれ。
PKD作品を読まなくなって久しいです。




