38.過去-再会の監視と鑑賞と干渉
朝起きて、精霊のエネルギーの残滓が溢れていたため、爆発する前に地下に設置した霊気電池ゴーレムに充電をする。
今までのようにエネルギーを大地に垂れ流すのではもったいなく感じて、応用の幅も広いだろうと開発したのだ。
ペンテお嬢様を仲間に引き入れてからもう一週間になる。
『精霊の力が効率的に利用されているとクオンツを思い出しますわ』
クオンツというのは、古代の魔法大国の名称らしい。
人間嫌いの精霊がそうなった原因はほとんどがクオンツだそうだ。
『彼らも愚かで脆弱な人間でしたわね。ワタクシがもっと丁寧に導いてあげるべきでしたわ』
『ボクも効率主義は嫌いじゃないし、結構クオンツには肩入れしてたけどね。このボクたちがこうして存在できるのはクオンツによるものだし』
『アナタは良くも悪くも大らかですものね』
『キミも極端に前向きだよ』
君たち仲がいいね。
しかし、爆発していると現在の死に戻りの能力を無駄にしている気がするんだよな。
『そうだよね。もっと情報を得ながら意義のある死に方をしないと』
言い方よ。
『しかし、現在と過去が地続きである以上、過去の改変が大きい程その先の現在への影響も大きいですわよね?』
『しかも過去から現在に戻った時は記憶が補完されないから、タロウ・ウラシマみたいになっちゃうんだよね』
現在の事情を全く把握できないってことね。
『もしくは刑務所に何十年と入っていた冤罪被害者とか、戦争から逃げて何十年と外国の島で暮らしていた兵士とかですわね』
ペンテお嬢様の例えは具体的な悲劇でなんか嫌だな。
さて、今日は監視システム階層でモニターを観ることになった。
今は両隣にはハーベルとアルテナもいて、挟まれた形となっている。
君たちクエストとか行かないの?
『嬉しいくせに』
嬉しい以上に緊張で動きが固くなるわ。
『アルテナさん、もっと代理人くんにくっつくのですわ! ワタクシはアルテナさん推しですわよ!』
おいテトラくんちゃん、ペンテお嬢様は恋愛についてアドバイスくれる的なことを前に言ってなかったか。
『……碧水の精霊に頼るしかなさそうだね』
でも水の精霊は人間嫌いらしいが。
『……そもそも精霊に恋愛について相談しようとするのが間違いなんじゃないかな。精霊だよ? 人間の感情の機微なんて分からないって。キミはチンパンジーと会話ができるとして彼らの恋愛相談に乗れるわけ?』
ど正論が過ぎる。
『やっぱりモチはモチ屋なんだよね。あ、モチ食べたい。タイヤキの口にモチアイス入ってるやつとか』
そういう高カロリーで胃もたれしそうな食べ物は現代日本というよりはUSって感じだ。
『そう言うならば言われてもらいますが、代理人君はラファータに義務感で中途半端に仲良くしようとするのをやめた方がいいですわね』
お、おう。
『ジョーリ・ヒックスがなんですの! 今を生きて考えて、恋をしているのはアナタですわ! アナタ自身の思いが光となり、道を示すのですわ!』
は、はい。
『まあまあ。代理人君だって悩ましいところなんだと思うよ』
『テトラさんは相変わらず甘々ですわね! ええ! しかし愚かで脆弱なのが人間ですわ! ワタクシが導いてあげましょう!』
お手柔らかにお願いします。
これ以上の追及から逃げるようにスクリーンに目を移すと、そこには監視役の少年ナッシュが写っていた。
これは彼への報酬である。
正確には5年後の彼の献身への報酬であり、そのナッシュが死んでしまった以上は俺の自己満足なのだが。
ナッシュは最近になって監視システムでかつての妹分を見つけたらしく、彼女に会いたいと訴えたため、快く了承した。
しかし、その妹分が困った存在だった。
映像を見せられて「マジで?」と思わず言ってしまったほどである。
「……キリル!」
路地でナッシュに呼びかけられた少女は乏しい表情に少し不機嫌の色を浮かべていたが、ナッシュを見て目を大きく見開いた。
俺はこの少女を知っているが、これほど大きなリアクションを見るのは初めてだった。
何回も経験値にしてやったが、それでもこれ程の驚きは見せなかった。
「……ナッシュ兄!」
8年後の勇者の仲間である天才斥候はナッシュに駆け付けて、その胸に飛び込んだ。
「おっと」
ナッシュは危なげなく少女を抱き留めた。
剛人だけあってその膂力はたいしたものである。
「ナッシュ兄! 本当にナッシュ兄だ! 探してた! ずっとずっと……!」
そう言って少女はわんわんと泣いた。
隣のアルテナはしみじみした顔で映像を見ている。
『この感性の素直さ、純真さがアルテナさんの推しポインツの一つですわね』
ハーベルはどのような反応を取るのか気になってそれとなく視線を送る。
ハーベルは、じっと天才斥候を見ていたが、俺が見ていることに気づくと、こちらに視線を向けて微笑んだ。
それズルいって。
『ペンテ、残念ながらアルテナはだいぶ不利だよ』
『もちろん代理人君の意思は最重要ですが、ハーベルさんはそこはかとなくヤミの波動がするのですわ……』
まあ、ハーベルは光属性よりは闇属性と親和性が強いみたいだしな。
『そういう話では、完全に的外れでもありませんが、ありませんわ!』
あ、はい。
とにかくこの話はやめよう。
『惚れただの腫れただのは神斬りアレクセイを倒してからの話だよね』
アルテナは剣聖のクソ爺に挑み、おそらくハーベルもそれに加勢して、二人とも亡くなってしまったのだろう。
ハーベルはアルテナと運命を共にする事を選択したのだ。俺とではなく。
とにかく剣聖のクソ爺を倒さないといけない。
……さて。
ナッシュは現在大広場の四阿で、露天で売っていた焼き菓子と茶を飲みながら話している。
「しかし、本当に大きくなったな、キリル」
「うん。ナッシュ兄も、すごくカッコよくなった。こんなにカッコよくなって、思い上がったメスブタが寄ってこないか心配」
そう言って斥候少女のキリルはナッシュに引っ付く。
些か人格に差し障りを感じるが、概ね幸せそうな絵面である。
『なんか思いも寄らない事態になってきたね』
『はああ……良きですわ! 離れ離れになっていた妹のような存在と会うも成長した姿に戸惑う少年! それを覚ってぐいぐいアピールする少女! ちょっとヤミを感じるのはワタクシ的にいただけませんが! でも良きですわ!』
頭の中でお嬢様がうるさい。
『これだから人間はやめられませんわね!』
親人間派の精霊がこれだから涙がちょちょ切れてしまう。
ナッシュと天才斥候の二人は長いこと談笑している。
どうも天才斥候はナッシュと同じ村の出身らしい。
両親同士の仲が良く兄弟のように育ったそうだ。
そしてある時に村が襲撃されて奴隷にされたと。
竜気を生まれつき発現しているらしい剛人を戦闘力で圧倒できるのは、並みの存在ではない。
陰謀を感じるな。
ナッシュには監視システムや、地下帝国、ゴーレムのことや、俺たちのこと等について話さないようにゴーレムとして命令を出している。
その為、たまに不自然に会話が途切れたりして、俺のノミの心臓が休まることを知らない。
「キリルという少女、監視システムに気付いてますね」
ハーベルがポツリと言った。
天才斥候、勘の鋭さはどうなっているのか。
そして、それを見抜くハーベルも凄いな。
「キリルとやらがナッシュから離れる気配がないが、ナッシュをどうやって地下に帰って来させるんだ? 先生、何か考えはあるのか?」
ふむ。天才斥候にはあまり詮索されたくないのだが。
「おそらく彼女はナッシュ少年の元の身の上や、守秘義務を負わされていること、監視されていることからも、まずは静観するでしょう。しかし、必ず情報を集めますし、場合によっては事を荒立てるでしょう」
「どうするべきだ? ナッシュの妹株とやらと斬り合いたくないぞ。楽しそうだし、負ける気はしないが傷を負わせないまま無力化は厳しいだろう」
楽しそうなのかよ。
それにやっぱり天才斥候は8年前でもそれなりに強いのか。
今のアルテナは8年後のアルテナよりも既に強い気がするし、負けるということはないだろうとは思うが。
アルテナの言葉にハーベルは含みのある微笑みを浮かべた。
「戦う必要はありませんよ。ジョーリ様、ナッシュ少年を迎えに行きましょう」
おう?




