33.過去-はじめのけん・はやて
重魔リリスを倒すことが出来た。
地下帝国の監視役の青年であるナッシュの犠牲と、俺の捨て身の攻撃による相討ちではあるが。
あの勝利は本当に運に恵まれただろう。
正直、ナッシュの献身に酬いなければという思いがあって、熱に浮かされた状態だったから得られた勝利だろう。
もう一度同じ状況になって勝てるとは思えなかった。
経験値は莫大ではあるが、距離も遠いし、次も重魔リリスを倒せるとは限らないし、8年後のオイコノ子爵領にはしばらく行きたくない。
オイコノ領の8年後と、ヒックス家の取り潰された理由を知ることができた。
もう一度オイコノ領を8年後の現在で訪れるのは重魔リリスを完封できる強さを手に入れてからだろう。
『強さの割には経験値が多いから、もう少し強くなったらリリス狩りでレベル上げしたいところだね』
ゲームみたいなこと言わないでくれよ。
心残りとしてはオイコノ領当主を痛め付けることが出来なかったことだな。
重魔リリスに操られていなくても、現当主のカーマクスは悪人であり、重魔リリスと同じく絶対に始末すると誓った敵である。
とりあえず、地下帝国の監視システム階層に赴いてナッシュに何か欲しいものが無いか尋ねた。
彼には本当に酷いことを強いてしまった。
実際に俺のために生命を投げ出したのは8年後のナッシュであるが、彼にはもう会えないため、過去のナッシュに何かを与えてやろうと考えたのである。
俺の独善的な罪滅ぼしである。
こうして少しでも自分の罪を和らげようとするところに自分という人間の心の弱さを実感する。
『そう自罰的にならない方がいいって。代理人君的には、ストレスをあまりかけるとヒックス君の身体に悪影響だよって言った方が効果的かな』
――テトラくんちゃんの言葉も正しいな。
優しい精霊様である。
信仰しておこう。
「マ、マスター!? そんな滅相もない」
少年ナッシュからは畏って特に聞き出すことは能わなかったが、要望があったら言うように促した。
とりあえず、少年と言ったら武器が好きだろうということで、冒険者の偽装をするために作った大剣でもあげようか。
いや、しかし元々は闘技場の奴隷でそこで再起不能になったのだから武器とかは嫌いかもしれない。
考えたところで、この年代なら肉が好きだろうということで、家畜として飼育している『ユニバイソン』を上げることにした。
まだまだ家畜と呼ぶには荒々しいが、『剛人』なら問題なく屠殺できるだろう。
一応、安全のために経験値も分け与えた。
これで、万一にもユニバイソン遅れを取るようなこともないだろう。
「あ、ありがとうございます! 誠心誠意育てたいと思います!」
いや、食べるようだぞ?
ダメだ、聞いてない気がする。
『それにしてもキミって、優しくされるとすぐに相手のことを好きになるよね』
そうね。
我ながらチョロいところあるよね。
『まあ、ボク、結構キミのそういうところ好きだよ』
俺もテトラくんちゃんは好きだぞ。
大地は褒めて讃えるものだ。
えらい! すごい!
『……ラファータにもさらりと言えれば、ラファータルートももっと効率的に進められるんじゃない?』
テトラくんちゃんも意地悪なことを言うね。
正直に言って、俺はラファータのことは嫌いではないし17歳の頃はやはり聖女と称されるだけあって美少女だが、それ以上にハーベルとの出会いが衝撃的過ぎた。
『記憶を覗いたとき、まずハーベルが浮かんでたもん。一目惚れだよね』
恥ずかしいから止めてくれ。
いや、精神攻撃でも食らったのかと思って最初の頃はかなり注意していたくらいだ。
『恋愛はある意味で精神攻撃かもしれないけどね』
そうね。
ナッシュに生きている生肉を譲渡した後、そのまま地下でアルテナといつも通りに鍛錬をした。
「今日の先生はいつもより戦闘に余裕を感じるな」
試合稽古をした後にアルテナが今日の俺をそう評価した。
重魔リリスという格上と戦ったし、勝って位階も一気に上昇したこともあって調子は良い。
「それに今日は何だか覚悟が決まっているような太刀筋だな」
アルテナは試合からそんなことまで分かるのか。
「まあ、少しね。そんなことまで分かるなんて、やっぱりアルテナは天才だよな」
「先生に言われるとイヤミにしか聞こえないな……それに誰でも分かるわけじゃない」
『あらぁ』
俺の太刀筋が素直で分かりやすいという話かもしれんぞ。
もしくは実力的な話かもしれない。
『アルテナだと否定できないよね』
「お兄ちゃん、シーともシアイしよ!」
地下で試合稽古をした後に、家族や使用人含む周囲へのアピールとしてほぼ竜気を使わない形稽古と試合稽古をしていると、シーフィアが鼻息荒く俺に挑んできた。
道着もしっかりと着ている。
去年くらいからヒックス家のお姫様は師範に本格的に剣を習い始めている。
幼いながらもその才能は本物らしいとこの前に会った師範が漏らしていた。
ちなみに剣を習い始めた理由は「お兄ちゃんのかわりにけんせーをたおします!」とのことらしい。
俺の涙腺は崩壊した。
ちなみに師範は自分の師と弟子が果たし合いをすることになって、色々と苦悩したようだが、俺を剣聖に勝てるように鍛えるため、まずは自分が強くならねばと再び修行をしているようだ。
冒険者ギルドにも登録して、アルテナと同じように魔物を中心に倒しているとか。
気持ちは本当に有り難いが、自分のために人生を使って欲しいところだ。
あらゆる人間の人生を歪めまくる剣聖のジジイはさっさと始末しないとな。
『神斬りアレクセイがいなかったら人間は既に絶滅していただろうけどね。天敵を絶滅させてきた人類の英雄だよ』
知らんな。
ハーベルとアルテナを生かすためなら英雄だろうが躊躇いなく始末してやる。
『覚悟ガンギマリ過ぎでしょ』
さて、シーフィアと試合か。
「お兄ちゃんに、シーのつよさをみせるよ!」
ふんすふんすといきむシーフィアが可愛い。
天使かな。
怪我させないようにしないと。
「よし、本気でかかっておいで」
とりあえずヒックス君のためにも兄としての威厳を見せてあげよう。
シーフィア、君のお兄さんの代理人はだいぶ強いぞ。
ちょっと良いところ見せてやるぞ。
シーフィアは脇構えを取る。
おお、中々様になっているな。
「はじめのけん――」
おお? アルテナの真似かな。俺はシーフィアの前で七星剣を見せたことはないからな。
アルテナの真似っこをするシーフィアは可愛いなぁ。
……ん、竜気を纏ってないか?
「『はやて』っ!」
シーフィアは微弱な竜気を纏った飛ぶ斬撃を放った。
……マジかよ。
驚きのかなり本気で打ち払ってしまった。
え、なんでシーフィアが竜気を使えるんだ。
「むー! シーの『はじめのけん・はやて』がつうじない!」
「いや、すごいよ。本当に驚いた。……なんで竜気が使えるの?」
竜気は死の淵まで追い込まれてようやくその存在を知覚できる。
もしかしてラファータに癒して貰いながら覚えたとかじゃないだろうな。
「えっとね、アルテナお姉ちゃんにね、『りゅーき』をふわぁってしてもらったの! そしたらね、シーからも『りゅーき』がぶわぁって出たんだよ!」
「なるほどな?」
とりあえず大振りなボディランゲージで伝えようとするシーフィアが可愛いことが分かった。
アルテナに目を向ける。
「……あー、先生が昔ハーベルの治療で竜気と霊気のやり取りをしていただろう。私も竜気の訓練がてらシーフィアと練習していたら、シーフィアも竜気が使えるようになってな」
そんなことしてたのか。
「シーフィア! 竜気は使わない約束だろう! 先生だから良いものの、道場の人間だったら大怪我しているんだぞ、」
「だ、だってだって、『はじめのけん・はやて』ができるようになったからお兄ちゃんにみてほしかったんだもん!」
「これは破門だな」
「ハモン!? いや! ごめんなさい! アルテナお姉ちゃんゆるしてください!」
「いや、ダメだ。竜気は本当に強い力なんだ。不用意に扱う人間には教えられない」
「ううぅぅ! ごめんなさい!」
「アルテナ、シーフィア様も謝っているのだから、許してあげてください」
「姉さん、そういう問題ではないんだ。シーフィアのあまりの飲み込みの良さについ色々と教えてしまった私が迂闊だったな……」
やっぱりシーフィアはアルテナから見ても才能があるのか。
ひとまず泣いているシーフィアをフォローするか。
「シーフィアはお兄ちゃんに凄いところを見せたかったんだよな」
「……うん」
シーフィアが目をぐしぐしする。
腫れるからやめなさい。
「本当にすごかったよ。シーフィアはすごい。でも、アルテナとの約束はちゃんと守らないと。アルテナだって怒りたくて怒ってるわけじゃないんだから」
もしも竜気を使って誰かを不用意に傷付けたら、相手だけでなくシーフィアも心に傷を負うだろう。
アルテナが怒るのは当然のことである。
「……うん。アルテナお姉ちゃん、ごめんなさい」
「アルテナ、許してやってくれないか。シーフィアも俺になら大丈夫と使ったんだから。他の子には使わないさ。な?」
「うん……」
「変に暴走させてもいけないし、ちゃんと責任を持って教えるべきでしょう?」
ハーベルもシーフィアの肩を持つ。
「……やれやれこれじゃあ私が悪者だな」
「あ、いや、そんなつもりはないが」
「分かってるさ。……シーフィア、これからは先生の妹でも厳しく教えるからな」
「は、はい! アルテナお姉ちゃん!」
「ああ」
『丸く収まって良かったね』
そうね。
「そういえばハーベルはシーフィアに魔法を教えたりしてないよな?」
「……ふふ、私がそんなことをすると?」
ふと気になって問いかけると、ハーベルは口元を手で隠しながら目を細めて笑った。
仕草も美人である。
『キミはもうダメだ』
テトラくんちゃん酷くない?
「……そうだろう。姉さんが私みたいにそんな短慮なことをするわけないさ。な、シーフィア」
「そ、そうだよ!」
む?
『おや? 妹ちゃんのこの反応は?』
ふむ。
「……それは良かった。もしもシーフィアが魔法の『クリアランス』を俺があげた『くじら丸』にかけたら、『くじら丸』が壊れちゃうからな」
『くじら丸』とは俺がシーフィアにあげた丸くデフォルメされたデザインの鯨のぬいぐるみゴーレムである。
ベッドをデカデカと占領しているのは『母くじら丸』で、抱えられるサイズの方は『子くじら丸』だそうだ。
シーフィアのネーミングセンスには光るものがあるな。
『ちょっと兄バカが過ぎるよ』
うるさいよ。
シーフィアは不思議そうな顔をした。
「えー、べつにこわれてないよ? ほんとーなの?』
『そう、嘘だよ。でもマヌケは見つかったようだね』
は? シーフィアは純粋なだけだが?
『……キミは、シーフィアが絡むと8割増しはバカになるよね』
「……なあ、姉さん」
「さてシーフィアさま、ラファータさんが来ますからお迎えの準備を致しましょう。アルテナは冒険者ギルドで依頼を見繕っておいてください。それではジョーリ様、お先に失礼いたします」
矢継ぎ早に告げて、ハーベルはシーフィアを引っ張って連れて行ってしまった。
「姉さん、なんかズルいな」
アルテナが釈然としない顔で呟いた。




