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31.現在-地下帝国の現在

 監視役の青年ナッシュが本当に長いこと泣いていたが、何とか宥めることに成功した。


 彼は『剛人』と呼ばれる種族で、非常に怪力で知られる。

 見た目は基本的に人間と変わらないのだが、目が紅く髪は黒い。また肌が小麦色であるのが種族の特徴的だ。

 そして彼らは竜気を無意識のうちに使うことができるようで、これによって怪力や肉体の頑健さを示すことから剛人と呼ばれている。


 おそらくハーベルとアルテナにも剛人の血が流れていて、特にアルテナは剛人の血が強く発現しているのではないだろうか。

 肌は白いが黒髪紅眼だしな。


 ナッシュは闘技場で戦う戦闘奴隷だったが使い潰されて戦闘ができなくなったらしく、ぼろぼろのまま鉱山で死ぬまで労働させられるところだった。

 それを道化の悪魔として奴隷取引の場を襲撃し、死ぬのを放置するのも忍びないためゴーレムとして生命を取り留めさせたのである。


 ちなみにゴーレムが敵を倒すとマスターに経験値が行くが、人間ゴーレムの場合は経験値が本人とマスターの半々に与えられる。

 また、マスターがゴーレムに経験値を譲渡して強化することもできる。


『ゴーレムクリエーションはやっぱり反則だよね』


 そうね。

 しかし、対象が瀕死なこと、ただでさえ霊気消費量が莫大なのに位階の高い存在だと指数関数的に霊気消費量が増大するから、精霊の加護がないと実際に使える魔法ではない。


 さて、オイコノ領とヒックス家の現状について教えてもらおう。


 他にも監視役が俺のもとに集まっていたが、ナッシュが代表で話すようだ。

 今では監視役のリーダーみたいな扱いなのだろうか。


 ナッシュは先ほど泣いていたのが嘘のような流暢さで要点を述べていく。


 しかし、本当に成長したな。

 最初に監視をさせていた頃は、路地裏で事に及ぶ恋人たちのこととかを深刻な顔で報告していたりして、監視役として不安しかなかったが、見違えたものだ。


 また話がずれた。


 まず、ヒックス家はやはり冤罪を被せられて、取り潰して一族を処刑とのこと。

 罪状は、かつては『違法薬物の栽培と流通』と『違法奴隷の売買』を密かに行って民と国に著しい混乱と痛みを与えたというものだったが、今回はそれに加えて『殺人』、『詐欺』、『強盗』、『領民の洗脳』、『魔人族との内通』と罪状がマシマシにされていた。


『そんなにニンニクいる?』


 やはりヒックス商会の領土への貢献が高くなっていたから説得力を上げるために罪状も増やされたのだろうか。

 そこまでしてヒックス商会を潰す理由は分からないが。


 ヒックス君の屋敷はフリードマン商会によって売り払われていたし、ヒックス商会もドッブ商会の財産に入ったらしかった。


 ヒックス家とヒックス商会の積み上げてきたものは全て奪われて、悪党とそれに群がる金の亡者どもが好き放題にしているのだ。


 本当に幸いなことに、ヒックス家の家族とヒックス商会の雇用人は全員無事である。

 俺はほっとした。


 監視役たちには予め、ヒックス商会に罪を被せるような動きがあり、実働しそうであったら、関係者を、ヒックス君を除いて、全員地下帝国で保護しろという指示を出していた。

 ついでにヒックス家からの地下帝国の入口を堅く塞ぐようにも命じた。


 8年前の指示で、有効かどうか不安だったが、機能したようだ。

 どうも現在と過去の中間の俺はアルテナとハーベルが亡くなった後は、廃人とまではいかなくても、ほとんど人との関わりを絶って大人しくしてしまうようで、3年前からは地下帝国にエネルギーを供給だけして顔も見せなくなったらしい。

 まあ、あまりに劇的な行動を取られても困るのだが。


 とにかく、地下帝国の住人たちには感謝の思いだ。


 8年後のヒックス家をモニター越しに見る。

 彼らも最初は戸惑い、抵抗したようだが、これが俺の指示であることを知るうちに、渋々納得したらしい。

 今では、農作業の手伝いをしたり、住人たちの公共事業を手伝ったりすることで、かなり打ち解けているらしい。

 まあ、ヒックス家の関係者を保護するように声をかけたから住人たちも尊重するし、ヒックス商会の人々は働き者だし、謙虚で人が好いからな。


 シーフィアはヒックス君の記憶にある通りに美少女になっていた。

 獣人の少女や、他の同世代の女の子たちとも仲良くやっているようで笑顔で談笑していた。


 オイコノ子爵に汚されることなく、その笑顔が守れたことが誇らしくなるな。

 あとは地下に潜まなくても良いようにしなくてはいけない。


 彼らに会いたい気持ちもあるが、今はまだその時でないように思う。


 ヒックス家とヒックス商会の名誉を守り切った時に、改めて彼らと顔を合わせたい。


「ナッシュ、本当にありがとう。お前たちがいてくれて良かったよ」


「……あ、有り難いお言葉です」


 そう言ってナッシュは再び感涙に咽びながら深く跪いた。


 ナッシュはちょっと大袈裟なところがあるからな。


 再び宥めて、話を聞く。


 ヒックス家が何故オイコノ子爵の目の敵にされた理由、オイコノ子爵を含めた領土で行われた凶悪な悪事、行政区ミクマクメトリクスに人が呼び出されている理由などを訊く。


 どうやら、それらは全て繋がっているらしかった。


「――重魔リリス?」


 監視システムのスクリーンに映ったのは妖艶で絶世の美女である。


「どうやら1年ほど前にオイコノ子爵家に取り入ったようで、それから今までよりもあらゆる事態が悪化を始めました」


 ――何故、ヒックス商会は目の敵にされたのか?

 重魔リリスがオイコノ子爵にけしかけたから。


 ――凶悪な悪事が増えた?

 重魔リリスが配下を使ったりオイコノ子爵を唆したりした結果である。


 ――何故人が集められているのか?

 重魔リリスとその配下の餌であり実験体にもされているようだ。


『――このえっちぃ魔物が元凶なんだね』


 まあ、現在の当主であるカーマクスとその取り巻きはそうでなくても腐敗しているが。


 しかし、そうなるとオイコノ子爵家を弱体化させるだけじゃなく、この重魔リリスを倒さないと、ヒックス家の取り潰し問題は解決しないようだ。


 オイコノ子爵家の周りの『サンドホエール』を始めとする監視システムは重魔リリスが発するエネルギーのせいで機能しないことも多く、慎重を期しているために盗聴も盗撮も成功率はあまり高くないらしい。


 スクリーンに示されたのは、黒い膜で構成された翼と、典型的な悪魔のよう黒い尾に、捻れた巨大な双角を生やした重魔リリスの映像である。


『サキュバスだね』


 確かに魔物みたいだな。


 この魔物のせいでヒックス家は犯罪者とされて、ヒックス君が死ぬことの遠因になるのか。

 ヒックス君の家族も追放処置の後はおそらく全員殺されたのだろう。


「実験体というのは?」


「……どうやら人間の魔物化を行っているようです」


 実験は行事等を行うための会館で行われているようだ。


 こちらは監視システムが機能しているため、実験の様子を把握することができた。


『これは…………随分と悲惨なことをするよ』


 見ているだけで、気分が悪くなるような映像がどんどんと写し出された。


 男を組み敷くリリスの配下の魔物たちと恍惚とした顔を浮かべる男たち。


 魂とエネルギーを吸われているらしく、ほとんど骨と皮だけになった後は、近くにいた黄色い巨大なアメーバのような生物に男を与えた。

 アメーバ状の生物は取り込んで、さらに与えられた大量の昆虫も取り込んで、やがて大きな塊を吐き出した。


『に、人間と昆虫を合成して魔物にしたみたいだね』


 生まれた虫人間に闇魔法で主従関係をインプリンティングした後は、先に合成されたらしいイカ人間の魔物に連れて行かせた。


「もう半年に渡ってこうしたことが繰り返されています」


 ナッシュは怒りと憎悪で顔を歪めながら拳を握りしめた。


「俺は監視することしか出来なかったです。無力で、助けを求める人たちを見殺しにしかできなかった。マスターみたいに人を救えなかった」


 彼の無念さがひしひしと伝わってきた。


「ナッシュ、ありがとう。お前の歯を食いしばって集めてくれた情報は絶対に無駄にしない」


 それは、過去でも、この現在でも。


「俺は帰ってきた」


「……ええ! お待ちしていました!」


 おそらくこの現在は、剣聖によって、または別の何かによって、更新もされないまま消えてしまうだろう。


 それでも、失われるとしても俺は今のこのナッシュの想いに応えてやりたい。


 ヒックス家が破滅した原因に一撃を食らわせてやりたい。


 さあ、反撃開始だ。




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