28.過去-初依頼と禁忌の魔法
「少年、その依頼を受けるのはやめといた方が良い」
背後から声をかけられたので振り返ると、青年と呼ぶにはやや歳がいっている男が立っていた。
装備や高級ではないが、しっかりとしているし、手入れもされている。
やや白髪が混じった茶髪と、少しハリを失った肌でベテラン冒険者という風貌だ。
冒険者稼業を長年やっている割には荒くれという雰囲気ではなく、どことなく仕事に真面目なサラリーマンという雰囲気を感じる。
『なんだ、代理人君の推しのお人好しオジさんかぁ』
テトラくんちゃんの言う通り、俺はこのベテラン冒険者を知っているし、割と良い印象を持っている。
ベルトランという名のベテラン冒険者は俺の顔を見る。
「少年は見ない顔だが、新参か」
「そうです。今日初めて冒険者になったんですよね」
「……新人が急に魔物討伐なんて命を捨てに行くようなものだ。しかもエルダーゴブリンは一体だけでも普通の人間よりは強い。やめておいた方がいい」
まあ、そうなるよね。
「そもそも生き残って冒険者を続けたいなら朝早くに来て、実りの良い依頼を受け取った方がいい。俺も既に一仕事終えて戻ってきたところだ」
「なるほど、そうなんですね」
「……それにその武器は大き過ぎないか? 人間に見えて、もしかしたら筋力に優れた別種族なのかもしれないが、それでは狭いところで戦う時も不利だろう? しかも少年が受けようとしたエルダーゴブリンは洞窟を根城にしているようだぞ」
今の俺の武器はテトラくんちゃんのロマンに応えて俺の体とほぼ同じ大きさの大剣である。
大剣というよりは『アースコントロール』で作り出した金属の塊であり、斬るというよりは叩き潰すための代物である。
『烈火の精霊の加護があれば鍛治をしてスーパーでウルトラなソードを造るのに……』とテトラくんちゃんがボヤいていたのは記憶に新しい。
『そんな大剣じゃ洞窟に引っ掛けてゴブリンにボコボコにされるよ』
共同製作者のテトラくんちゃんが再び鎧兜を着けて得意げに語った。
この純粋な精霊はすぐに現代日本の創作物の影響を受けるから困ったものである。
それからも色々とアドバイスと、もはや説教を頂きながらも、殊勝に頷きながら対応する。
俺が本当に何も知らない9歳の少年なら値千金の指導であるが、大樹海で数多の魔物と戦い、勇者とも死闘を繰り返している俺にはそれほど意味がない。
個人的に嫌いではないベルトランおじさんの好感度を下げたくないからしっかりと聞いていたが、相手の時間をこれ以上奪うのも悪いし、そろそろ切り上げたいな。
ちらりとハーフィンダール姉妹に視線を送ると、ハーベルがこちらに寄ってきた。
やっぱり頼りになるのはハーベルである。
「アイエスくん、まだ私が受注するように言った依頼を申請してないのですか?」
「ご、ごめんなさい」
ちょっと呆れた様子で困った顔の演技をするハーベルも新鮮だな。
やはり冒険者ギルドは素晴らしいのではないだろうか。
まあ、おかげでちらりとこちらを見るだけだった周囲からの視線が完全に集まってしまったが。
「おや、銀姫の知り合いだったのか」
銀姫とはハーベルのギルドでの異名である。
銀髪で美人だし、剣姫の姉だからそうなったのだろう。
ちなみにハーベルは冒険者ギルドでは魔法を表立って使わずに剣のみで戦うようにしているようだ。
霊気でも竜気より効率はかなり悪いが肉体強化ができるし、竜気が使えないだけで武家の名門ハーフィンダール家として剣は鍛えられているだけあってハーベルの剣術もアルテナほどではないが巧みなものである。
「色々とあって仲良くなったのですよ」
気に入らないものを見る目で俺を見る冒険者たちが増えた。
ハーベルも人気者だからな。身近に美少女がいて嬉しくない男も少ないだろう。
そしてその美少女に少年だろうがよく分からないのが仲良くしていたら気に食わないものである。
「銀姫と剣姫の荷物持ち役だったのか。これは失礼した」
「いえいえ、貴重なお話ありがとうございます」
ベルトランおじさんは良いやつだ。
そのうち一緒に魔物討伐でも行きたいものだ。
しかし結局ハーベルとアルテナと依頼を受ける形になってしまったな。
『なんだかなぁ』
テトラくんちゃん的にはギルドのファーストコンタクトはあまり面白くなかったらしい。
俺としてはこんなものかという気もするが。
アルテナ名義で、エルダーゴブリンと、どうせ近場だからとレッサーオークの依頼を受けて出発する。
場所はオイコノ子爵領と他領地との境界となる山地である。
俺の作った農作業用ゴーレムがいそいそと草刈りと害虫の駆除をしているのを眺めながら移動していく。
農村は平和だなぁ。
豊かな実りを与えてくれる大地の精霊様に感謝である。
『えへへ』
しかもゴーレムが倒した害虫等は全て俺の経験値になる。
塵も積もれば重魔ブルートになる。
ある程度農村からも離れたところで、足の歩みに合わせて『四之剣・砂鯨』を発動する。
「また先生が変態なことをしているな……」
失礼な。
非常に便利だぞ。
試して見れば分かる。
「そんな変態技術は私には無理だ。頭に入ってくる情報で吐きそうになる」
「竜気を調節して取捨選択すればいけるって」
「それができたら苦労しない!」
「魔法で同じことをしようすると私では霊気が足りませんね」
霊気の配合調節の最適解が難しいからね。
魔法は応用力が高いが、竜気ほど微細な調整ができないのだ。
それでも一応ほぼ『四之剣・砂鯨』や魔道具ゴーレム『サンドホエール』と同じ効果を持つ魔法を開発していて、ハーベルも使うことができる。
というかハーベル用に開発したのである。
魔法の名前は魔道具ゴーレムと同じ『サンドホエール』である。
おっとレッサーオークの集団がいるな。
……15体か、多いな。
レッサーオークが15体もいたら近くの農村くらいなら簡単に滅ぼせそうだ。
これ、もう少し遅かったら手遅れだったんじゃないか?
レッサーオークの頭数を口にするとアルテナが口角を上げた。
「ここは私が倒そうじゃないか」
『女剣士とオークで大丈夫? とんでもないデバフがかかってオークに超絶バフかかってそう』
現代日本作品に触れすぎでしょ。自重してください。
万一にもヤバそうな気配があったら俺がオークを挽肉にするさ。
さて、オークの群れと接敵である。
アルテナは自分でも『四之剣・砂鯨』で敵と周囲の位置情報を把握し、群れが察知する前に『一之剣・疾風』である程度塊となっていた9匹の首辺りを一撃で刈り取り、驚いて硬直しているか何も気付いてない残りのレッサーオークの首も続けて刈り取った。
「依頼達成だな」
最初の一撃から3秒も経たないうちに戦闘が終わった。
俺の記憶にある8年後のアルテナ嬢ともうあまり変わらない強さだな。
間違いなく父親の剣鬼よりも強いだろう。
しかしもっと強くなったはずの6年後でも剣聖のジジイに敗けたのか。
剣聖のジジイの実力の底が全く見えない。
レッサーオーク狩猟の証として、牙を持ち帰る。
まあ、これくらいは俺がやるか。
死に戻りしながらの死闘で死体やグロいのには一番慣れている。
さて、次は洞窟に移動してエルダーゴブリン退治である。
『四之剣・砂鯨』で地理情報を入手するが、これは非常にまずいな。
ハーベルが「私に任せてください」というから任せることにした。
『道化の悪魔』として戦う時は偽装のために大鎌を持たせたり、剣で冒険者として戦ったりする姿しか見たことないが、今回はどうするつもりなのだろうか。
ちなみに俺とアルテナは素手に竜気を纏わせて戦うことが多いため、何となくハーベルが道化の悪魔のリーダーみたいに思われている節がある。
『命を刈り奪る形だからね』
死神っぽいということね。自重してください。
ハーベルは短剣を抜いた。
「チム」と呼びかけると、短剣は俺が預けているちびゴーレムに変化した。
さらに『アースコントロール』と彼女は発案した『ゴーレムチェンジ』という魔法を応用して、ちびゴーレムを砂で出来たデフォルメ鯨に変化させた。
デフォルメ鯨に触れながら、ハーベルは目を瞑る。
霊気の流れから何かしら指令を送っているようだが、さすがにその内容までは分からないな。
「さあ、行きなさい」
ハーベルがそう告げるとデフォルメ鯨は地面の中にちゃぷんと沈んでいった。
デフォルメ鯨が狩りをしてくるらしい。
地面の下を泳ぐのは便利だが、可能な距離は術者であるハーベルの近くに限定されるだろう。
俺もヒックス君ボディと魔道具ゴーレムに同じようなことができるが、疲れるし気分が悪くなるためあまり好きではない。
テトラくんちゃんがいうには碧水の精霊の加護と夜闇の精霊の加護があればおそらくもっと優雅で快適に使えるだろうとのこと。
つまりハーベルとの相性が良い魔法ってことか。ハーベルは土との相性はそれほどだが。
やがて、洞窟の中が少し慌ただしくなった。
エルダーゴブリンが正体不明の襲撃者に怯えているのだろう。
実際に魔法使いの暗殺者に狙われたら大変だろうな。
1匹洞窟から逃げ出してきたゴブリンがいたが、入口から少し離れていたハーベルの『アクアバレット』で全身を穴だらけにされて絶命した。
『水鉄砲と呼ぶには可愛くない威力だよね。文字通りの水鉄砲じゃん』
やがて、先ほどよりも明らかにぷっくりと膨れたデフォルメ鯨が俺たちの近くの地面からぴょこっと顔を出した。
口から大量にエルダーゴブリンの耳を吐き出した。
ゴブリン狩猟の証である。
『グロっ! ファンシーな鯨が吐き出すものじゃないよ!』
テトラくんちゃんに完全に同意だ。
デフォルメされて可愛らしいだけに猟奇性が増している。
アルテナも引いている。
「いいこですね」
ハーベルだけは慈しむようにデフォルメ鯨を撫でていた。
ハーベルの慈愛の微笑みで先程の光景はなかったことになった。
なかったことになったのである。
『それはないかなぁ……』
さて、それよりも問題は次だ。
デフォルメ鯨が、溶けるように消えてちびゴーレムに戻ると、砂の中から人間が出てきた。
鯨ボディの中に空洞を作ってそこに収納していたようだ。
出てきたのは麓の村に住むのであろう若い女性だが、もうほとんど虫の息である。
出血も多いし、手足も悲惨なことになっている。
普通ならばもう助からない。
ラファータの癒しの女神の加護ならこの状態からでも復活させられる気もするが、ラファータと彼女を面会させるような時間的余裕はない。
このまま看取ってやるのも選択肢の一つである。
しかし、もしも救う手立てを持っているならば、それを実行しないのは罪であるといえるかもしれない。
これが本当に救う手立てと言えるかは怪しいが。
ハーベルとアルテナに目線を送る。
二人とも固い顔で頷いた。
思わずため息が出るが、時間には制限がある。彼女の魂は今にもその体から離れていかんとしている。
長い詠唱の果てに、俺は瀕死の彼女の命と魂を繋ぎ止める魔法を発動した。
それは俺が最も得意とする魔法である。
『ゴーレムクリエーション』




