27.過去-冒険者ギルド
何回かに渡って屑勇者とその不愉快な仲間たちにボコボコにされている。
朝食女を倒したと思ったら天才斥候に喉元を掻っ切られたり、何とかギリギリ二人倒したらブチ切れ勇者にチートな即死技を使われたりと困ったものである。
特にあのチート即死技は非常に胸糞の悪い技だ。
あんな卑怯な技が勇者の技であってたまるか。
位階は上昇しているし、勇者との戦いの勝ち筋も作っておきたい。
いつになるかは分からないが、ほぼ間違いなくこの時間軸の先でも戦うことになると思っている。
『そもそも勇者って何なのさ』
世界の危機に降臨する救世主なんだとさ。
古い文献にも登場して世界の災厄をかつて何度も消し飛ばしたとか。
王国公認の騎士団の一つでもあるらしい。
『それはヒックス君の記憶だからボクも知ってるけどね。今はこの王国の建国からおよそ千年だったっけ』
そうらしい。
大樹海とかいう魔境やら、強力な力を持つ魔人族やらがいるのに、よく続いているものだ。
『ボクたち精霊は、創世の時からいたはずだけど、こうして意思や記憶を手に入れたのはずっと最近なんだよ。それでも最低でも千年は前だと思うけど』
へえ。
『その時にも遥か昔の勇者の伝承を聞いたんだよね。世界の破滅を防ぐために戦い、そして姿を消した勇者。伝承だけだけど』
今の勇者と似たようなものか。
『さあ。繋がりがあるかは分からないけど。何となくそうした勇者の名を騙っているに過ぎない気がしているよ』
かつては本物の勇者が存在していたと。
『断片的な伝承に過ぎないけどね』
勇者についても少しずつ調べていかないといけないな。
さて、現在は勇者たちを踏み台にしようともがいているわけだが、過去では異世界ファンタジーのお約束である冒険者ギルドに登録しに行こうと思う。
『お約束大事だよね! だよね!』
テトラ君ちゃんは随分と楽しそうである。
ギルドの様子を間諜用のゴーレムで見ては俺にギルドへの登録を催促していただけはある。
『キミだってギルドに興味あったくせにー』
まあ、お約束はやっぱり良いものだ。
ギルドに登録する主な目的としては、地下空間の拡張や間諜するための仕込みをするために表向きの理由で遠出するのに使うためだ。
ヒックス君の両親には位階の上昇で強くなるためだと言えば心配はされたものの、手厚い支援を約束して送り出してくれた。
ヒックス君の両親が妙な空回りをしないようにガス抜きのためにも無理のない範囲で適宜頼っておこう。
『代理人くんは8時間キッチリ寝てしまうから冒険者として遠出は難しそうだよね』
まあな。
俺は臆病だし、いざとなれば自動防衛装置ゴーレムで地下を万全で避難しつつ妨害ができるヒックス君邸が一番好きだ。
あとの目的としては、俺が戦えることを周知させておくことでヒックス家とヒックス商会に手を出すと俺が出てきて戦うぞというアピールにもなるだろう。
ならず者ばかりの冒険者でもたちの悪いのは商会や子爵の孫請けのさらに下請けくらいで働く者が多い。
シーフィアやヒックス家に闇魔法で口止めをしなくてよくなるためならリスクも背負いたい。
ちなみに三人の兄は既に実家を出て、ヒックス君の記憶通りにそれぞれの進路を歩んでいる。
アルテナにギルドに登録するつもりであることを伝えたら、非常に嬉しそうにしていた。
本人は努めて冷静に「ようやくか。まあ、いいんじゃないか」と言っていたが、口角は緩んでいたし、存在しない犬の尻尾をぶんぶんと振っているのを幻視した。
アルテナは可愛らしいやつだよな。
『ハーベルだけでなくアルテナにまで……姉妹おいしくいただくつもりなのかい?』
下世話な会話と同じくらいには、親しき中にも礼節は必要であると俺は考えるわけだ。
そういうわけでテトラくんちゃんを頭の中でひたすらくすぐる。
『ふひゃっ!? な、なんでそんなことできるのっ!?』
謝罪するまでくすぐり続けるからな。感度3000倍で。俺ならできる。
『ひっ、ごめんなさい!』
そういうわけで早速ギルドに突入を果たす。
監視魔道具群で親の顔よりも見た内部に目を向けた。
石造りの建物である。
床石も上品で、建材の木も艶出しニスを塗られていてゴロツキたちの金儲けの場としてはなかなか高級感がある仕上がりである。
『ずいぶんな感想だぁ』
そりゃ、オイコノ子爵を始めとした富んだ豚どもの収入源だからな。
オイコノ子爵領の冒険者ギルドの仕組み自体は、腹が立つことに現在の文明水準から見ても非常に先進的で合理的だ。
冒険者は、そのことを自覚していない者も多いが、実質的にオイコノ子爵の私兵のような存在である。
オイコノ子爵家が道路の修理や外壁の修理、領民に害を及ぼす魔物の駆除や、その他の雑用といった公共事業的な性質を持つ仕事を、市民たちに賃金を払う形で請け負わせようというのが、冒険者ギルド創設の始まりである。
金のかかる私兵や既存のギルドの利益と影響力を減らしながらも、領民に仕事を与える。
しかも、異常な強さや運があれば大金を手に入れられるという幻想や自分たちの住んでいる場所を守っているという自負心も与えられる。
報酬はオイコノ家が最初は捻出していたが、冒険者が豊かになり、それによって経済の波及効果で他の領民も豊かになって需要が増えて産業が成熟していく好循環もあって、他の依頼者もギルドに仕事を発注するようになった。
さらに多額の献金を通して、国の中央にも働きかけて、オイコノ子爵だけでなく国家全体にも冒険者ギルドの影響を広げて、いわゆる傭兵の派遣に近いようなことも行うようになった。
この世界には『ダンジョン』が発生するからな。
ところで『ダンジョン』とは何なのか。
『自然災害でしょ。地震雷火事ダンジョンってね』
そういう扱いなのかよ。
まあ、今はいいか。
とにかく数代にわたるオイコノ家の不断の努力は結実して、冒険者ギルドは今では間違いなくオイコノ子爵領の一大産業の一つである。
そしてギルドの大スポンサーであるオイコノ子爵家にも莫大な金が直接的にも間接的にも回っている。
元々は全土をまたにかけて商売していた宝石商を始祖にもつオイコノ家は、善良ではないが間違いなく類稀に有能な貴族の家系であった。
まあ、今代の当主であるカーマクス・フォン・オイコノは今までの有能当主のツケを払うかのような無能さであるが。
ヒックス家を潰したのは、カーマクス・フォン・オイコノというゴミが引き金であっても、歴代のオイコノ家が盤石に作り上げてきたオイコノ子爵領での絶対的な権力によるものである。
カーマクス子爵を暗殺すれば、もしかたしたらそれでヒックス家はもう安泰かもしれない。
だが、オイコノ子爵家が残っている限りは勝利と言えるだろうか。
牙を研いで、陰謀を張り巡らして巨大な権力を崩壊させる。
なんてそそられるのだろうか。
『夥しい死人を出さない縛りなら、人生の時間を全部注いでも厳しそうだね』
間違いないな。
派手な改革には大量の流血がつきものだが、そこまでするほどオイコノ領の人間を恨んでいるわけでもない。
敵に回したから厄介なだけで、むしろ制度自体は他に領地に比べても遥かに先進的で、優れている点は多くあると思う。
ここから先でヒックス家とハーフィンダール姉妹を痛めつけて、それを見過ごすようだったらその時は話が別だが。
「どうした先生、珍しく緊張してるのか? まあ、安心しろ。私はこれでもここでは結構有名なんだ」
俺がテトラくんちゃんとぼんやりと会話していたらアルテナが得意げな顔で肩を叩いてきた。
ちなみにアルテナもテトラくんちゃんのことは知っている。
戦闘時の観察眼もそうだが、アルテナもだいぶ鋭いからな。
あまりに目敏く嗅覚が鋭いハーフィンダール姉妹にはほとんど全ての秘密を打ち明けている。
もはや現代と過去を行き来していること、俺が本当はヒックス君でない代理人であること以外は全て話しているのではないだろうか。
「ちょっと考えごとをしてただけだよ」
最近はハーフィンダール姉妹の前ではもう子どもの頃のヒックス君らしい話し方もやめてしまった。
あまりにも秘密を共有するし、色々と本気で考察したり研究をしたりしていく中で猫被りも面倒になってしまった。
ちなみにクロード爺さんと番頭の前でも、真面目な会話が多いので猫被りは自然となくなった。
彼らとの会話では考えることに脳のリソースを多く割くのでそんなに余裕がない。
まあ、成長して生意気になったということにしておこう。
ダメか?
『いいんじゃない』
大地の精霊様からお許しが出たので、問題ないだろう。
アルテナとハーベルと共に来たわけだが、少し一人にして欲しいと告げた。
「私が一人のときは女だから子どもだからと失礼なことを言う奴やする奴がたくさんいたぞ」とアルテナが心配したように言う。
『そうそれ! そういうのが見たいの!』とテトラくんちゃんが少し声を上擦らせる。
一人でギルド登録するのは、いつも協力してくれ、加護もくれる精霊様への奉納みたいなものだ。
共演者である周囲の冒険者たちとの即興劇である。
9歳ヒックス君が子どもであることもあって受付嬢も舐め腐った態度を取る。
冒険者は圧倒的に男の比率が多い仕事であるから、若くて綺麗どころの受付嬢はある意味冒険者への福利厚生でもある。
現代日本でも顔採用とかあるし、それと似たようなものだろう。
もっともギルドの受付嬢をしている以上、貴族とまでは行かなくても生まれが良いため、実際は冒険者というのは下賤な存在と見下しているのがほとんどである。
または、世間知らずな娘か。
監視システムでの観察結果からするに今の受付嬢は前者であり、冒険者の中の気に入った男に気を持たせるような素振りをしつつも、裕福な家庭の御曹司とも婚約しようとしている。
写真等もない世界で冒険者ギルドの受付嬢というのは美人であることを示すステータスとしても機能するのである。
今は俺のことを値踏みするように見ているが、これは俺が代筆を頼まず字を書くことで、ちゃんと教育を受けているような出身であると推察できたからである。
性根は腐っているが小賢しくはある。
その後は理解させる気もない長ったらしく説明を色々と受けた。
やる気もなければ要約力もないし、やっぱりあまり知性は高くないかもしれない。
もちろん要約の上手さが知性の高さとまでは言わないが。
『辛辣で失礼だね』
俺の中では基本的に冒険者ギルド敵側の組織という認識だからな。
あとこの受付嬢は監視システムでわりと裏の顔も知っていることもある。
そうして上納金やらを含む多額の登録料を払ったりしてようやく冒険者である。
ちなみにこの登録金は借り入れることもできるが利息も大きい。
雪だるまのように大きくなった借金を返せなくなった場合、男は危険な鉱山で肉体労働でほぼ死ぬまで重労働をして、女は見た目が悪くないなら街の娼婦だし、そうでなければ鉱山のタコ部屋向けの娼婦である。
『人間は自分たちで地獄を作り上げるんだよね』
地獄は、現実の事象を単純化して矮小化した概念に過ぎないだろう。
冒険者の登録氏名は偽名でもいいため、『アイエス』と名乗ることにした。
本名はさすがに出さない方が良いだろう。ヒックス家はオイコノ子爵領でも有数の名家だしな。
今日から冒険者アイエスだからよろしく。
『将来のSSS級冒険者アイエスくんの誕生だ』
ちなみに階級制度はあるけれど表記は違う。
人間は何事にも優劣をつけたがるからな。
冒険者登録が終わったので掲示されている依頼を見る。
安全な割に実りのいい冒険者的にいう『美味しい仕事』はもう消えている。
ギルドの裏方を知っている俺からすれば搾取もいいところだが、知らない方が幸せなこともあるだろう。
依頼というか賞金首の情報を見つけて目にする。
「道化の悪魔たちね」
道化の仮面を被った3人組の姿絵である。仮面の柄はしっかりと本物と同じデザインで書いてある。
殺人、強盗、放火等の凶事を繰り返す悪魔。
相手を殺す前に悪魔の技で相手にデタラメなことを言わせるという。
有益な情報を求める。賞金額は生け捕りに限るらしい。
この道化の悪魔たちというのは俺とアルテナとハーベルのことだが、誇張や嘘も多いな。
少なくとも殺人はしていない。
放火は麻薬の隠し畑とかこの世界でも違法な物が対象だがやっているし、強盗も隠し金庫や奴隷等の違法売買を潰すつもりでやっているから事実ではある。
デタラメなことは言わせてないからそれは嘘だな。
その他の賞金首は邪教徒の討伐が目立つな。
こういう場合は異教徒を邪教扱いしているのが相場だが、この邪教は本当に邪教だから討伐対象になるのも仕方ない。
邪教と指定されている宗教の中の『位階の信徒』は、経験値を得てレベルを高め、存在を神に近づけることを信条としている。
そのために魔物討伐はまだしも殺人も行う凶悪な組織である。
さて、そんなことより依頼である。
魔物討伐の面白い依頼はないかな。
ふむ、エルダーゴブリンかレッサートロールあたりは難易度に対する報酬と棲息場所の条件が悪いこともあって受注されずに残っているが、個人的には悪く無さそうな依頼だ。
やはり最初はゴブリンかな。
『ゴブリンだ』
脳内のテトラくんちゃんが、急ごしらえの鎧兜を被って作った声で言う。
やめなさい。
アルテナとハーベルはギルドの受付に捕まっていた。
彼女らはこの3年で相当の実績を積んでいるし、貴族であることが知られているため、冒険者ギルドもかなり下手に出てゴマをすっている。
普通の人間では相手にできないような強力な魔物を本来の報酬よりも格安で倒してくれるのだから当然だろう。
あまり労働力の安売りをすると相場に影響を与えて、他の冒険者が稼げなくなる可能性もあるため、緊急度が高いもの以外はあまり受けないようにして欲しいが。
今回はできればアルテナとハーベルとは別に依頼を受けておこうか。
テトラくんちゃんもその方が好きそうだしな。
『期待のルーキーになるルートだね!』
ゴブリンの依頼を受けようとしたところで、後ろから『おい、待て』と声をかけられた。
『ついに来たね! お約束が来たね!』
テトラくんちゃんのテンションが最高に高まる。
「少年、その依頼を受けるのはやめといた方が良い」




