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26.過去-いずれの地下帝国

『迅雷の精霊オクトは勇者に無理やり力を利用されているみたいだ』


 死に戻ってきて過去で目覚めた直後、テトラくんちゃんが真剣な顔で言った。


 雷の精霊の力は勇者以外には使うことができないと言われている。

 実際に俺も雷属性の竜気も雷属性の魔法も使うことができない。

 そのため雷の精霊は勇者の精霊とまで言われているそうだ。


 しかし、最勇者が不必要に強力な技で、俺に致命の一撃を喰らわせようとしたが、その時に精霊の助けを呼ぶような声が聞こえた。

 勇者から解放して欲しがっているように聞こえたが、どうやらテトラくんちゃんも同じ意見らしい。


『最初は物好きでボクみたいに自発的に力を貸してると思っていたんだけどね』


 そんな感じではなかったな。


『うん、勇者が何かしらの手段でオクトを縛りつけているんだ』


 精霊を縛り付けるか。

 一体どんな手法を使ったのか。


『代理人くん、オクトを助けてくれない?』


 勇者にはきっちりと仕返しをするつもりだから良いが、まずは剣聖のクソ爺を倒すことが優先だぞ。


『うん。それで構わないよ』


 そんな会話をして、家族で朝食を食べた後に自室に戻って地下に潜る。


 地下は拡張が非常に進んでおり、莫大な空間が広がっている。

 普段から各機能に特化した魔道具ゴーレムたちが、昼夜を問わずに地下で掘削と壁天井の補強を行っているのだ。


 主には掘削に用いるさまざまな形の魔道具ゴーレムと、それを操作する単純な動作を繰り返す労働者役の魔道具ゴーレムと、労働者役を管理して指揮する現場監督の魔道具ゴーレムがいる。

 さらにそうした魔道具ゴーレムを生産するマザーマシンとなる魔道具ゴーレムが存在して、俺が霊気を供給する限り永久に地下を拡張し続ける。


 魔道具ゴーレム『サンドホエール』で固い岩盤や岩、地下水の存在を検出しているのもあって非常に効率的に拡張は進み、もはや地下室ではなく何層にも巨大なゴーレム製造の地下工場が整っており、なおも巨大になっていく一方である。


 もちろん、俺が設計開発した農作業用ゴーレムを生産し続けるラインも存在する。

 一応ダミーの工房もあり、そちらでも生産しているが。


 ここはまさにゴーレム工場であり、近現代の知識と経験を基に俺が2年で作った地獄絵図である。


 非常に地上から遠いことと、遮音の魔道具ゴーレムも完備しており、勘付かれる恐れもないと言ってよい。

 実際に8年後の現在でも特に気づかれていなかった。


 貴族では基本的に火と風と光、次いで水が尊い属性とされているらしい。

 戦闘で重宝されて、かつ儀礼的な意味合いによるようだ。


 一方で地属性は低く見られて、闇属性は忌み嫌われている。

 しかし、地属性と闇属性は非常に応用がきくのである。

 そういう貴族的な慣習のおかげでこちらの使っている手の内にも中々気付かれないのであろう。


 これだけの設備を3年足らずで揃えることができたのはテトラくんちゃんの大地の精霊の加護と『ゴーレムクリエーション』の万能性による。


 テトラくんちゃん様々なのだが、そもそもこれほどの空間拡張をしている発端は、テトラくんちゃんである。

 テトラくんちゃんが俺の記憶内の現代日本の創作物に触れて『まずボクさぁ、莫大な労働力を提供できるんだけど、地下帝国を作りたくない?』と言いだした。

 大地の精霊が日本のあらゆる創作物やエンタメに影響を受けていて、この世界が心配になってしまうな。


 この地下空間についてはまだまだ語りたいことがあるのだが、それはまたの機会にしよう。


 あまり鍛錬の姿を見られるのも困るため最近はアルテナとの鍛錬も地下で行っている。


 ハーベルもいつものように少し距離を取って俺たちを見守っている。


 最近は彼女たちの部屋からも地下空間に入れるように入り口を作成した。

 ヒックス君の部屋に毎回集まっていたらさすがに家族や使用人から目立つ。


 いつも通りに身体を慣らし、アルテナと試合をした。


 彼女の剣の冴えはいつものように見事だったが、今日は大地の精霊の加護を取り込んだのと改めての決意もあって俺が圧倒した。


「……いきなり強くなったな。最近は先生に勝てていたのに」


「アルテナ、聞きたいことがある」


「どうしたんだ。改まって」


 アルテナは朗らかに笑った。


「もう剣聖との誓約は結んだのか」


 しかし笑顔が消えて、気まずそうな顔をした。

 それから鍛錬を側で見ていたハーベルに目を向けた。


「……ハーベル姉さん、喋ったのか?」


「いいえ。何も」


「ハーベルには何も聞いてないよ」


「あ、監視システムで私のことを覗いていたのか! そういう変態めいたことはするなと言っているだろう」


 アルテナは目を怒らせた。

 普段の彼女は表情豊かで、剣を振っている時とは別人のようである。


「そういうわけじゃない。というかアルテナなら気づくだろ」


 一応、ヒックス君の屋敷と商会にも『サンドホエール』による探知と監視ゴーレムを配備している。

 裏で昔から他の商会と内通している者も見つかり、やはり都合の良い情報を流す逆スパイのように仕立てている。


 しかし、アルテナとハーベルたちのことは監視していない。


『まあ、どうすればハーベルの隠し撮りがバレずできるかを悶々と考えたりはしてたけど、行動にはしていないね』


 やめて。


「……まあ、気づかれたなら仕方ないな。その通りだ」


 ……既に手遅れだったか。


「私たちが以前にハーフィンダール家の会合で王都に行った際の話です。剣聖と誓約の魔道具で決闘の約束をしていました」


 彼女らが使いの者たちと共に王都に行ったのはもう二ヶ月は前のことである。


『えっと……ごめんね、大爆発がもっと短ければ』


 テトラくんちゃんのせいではないし、むしろ助けられてばかりだ。

 大地の精霊の加護のおかげもあって、8年後の朝食女と一対一なら魔法戦でも十分に勝機がある水準にまで達してきているのだ。

 その他にも多くの点で助けられている。


 これは俺の責任だ。


 俺の弱さと卑怯が原因だ。


 俺は内心でアルテナとは精神的に距離を置きたいと考えていた。

 かつて屑勇者の仲間であり女で、ヒックス君を痛めつけたヒックス君の記憶の中にあるアルテナのように彼女がなってしまうのではないかと心の奥底で思っていた。


 だからこそ、俺はアルテナの行動や動機にそれほど注意を払わなかったし、かなり信用はしていたが、深く親密になろうとは思わないようにしてきた。


 かつてのヒックス君の過去の残滓に囚われて、今同じ時を生きるアルテナ・ソルファ・ハーフィンダールという少女に誠実に向き合って来なかったのである。


 それが未来でアルテナとハーベルの死に繋がった。


 俺は卑怯で、浅ましくて、弱くて、情けない男である。


「しかし、先生に気づかれるとはな。私のことにはあまり興味がないと思っていたのに」


 ああ、しかもアルテナにも気付かれていた。


「ジョーリ様が一度勘付いたら隠して通せるわけがないでしょう?」


「……まあ、先生は鋭いようで結構鈍いところも多いけど、一度疑問に思ったことは突き詰めてくるからな」


 頭でっかちなところがあることは自認している。

 完璧と思っていたゴーレムビジネスでもクロード爺さんと番頭に色々と欠点や改善点を指摘されているし、監視網についてもハーベルには色々と俺にない視点でのアドバイスを貰った。

 いざ行動してみたら、家族内での情報セキュリティの甘さ等、想定すべきなのに見落としていたような問題が大なり小なり多く存在した。


 やはり、頭の中だけで考えるだけでなく、行動しながら議論を交わしていくことでアイデアや戦略は洗練されていくのだ。


「先生にも勝てるようになってきたし、私が剣聖を倒そうと思ったんだ。今日はまた随分と差を付けられてしまったが」


 アルテナが自嘲するように笑う。


「ありがとう、アルテナ」


 俺を助けるために彼女は戦おうとしてくれているのである。

 そして実際に戦って、ハーベルもアルテナも斃れた。


 俺はその罪を背負い、彼女と向き合っていかなければいけない。


「……自惚れは良くないぞ先生。私も剣士として剣聖とは闘ってみたかった。それだけだ」


 実際にそういう側面もあるのかもしれない。

 しかし、それならば命を懸ける必要はなかったのである。


「それでもありがとう」


 そして悪いな。


 剣聖のクソ爺は必ず俺が先に始末するからアルテナとは戦えないさ。




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