24.現在-聞きたくない、聞かなければいけない言葉
さて、8年後の現在である。
相変わらず重魔ブルートと出会う直前に死に戻っている。
いつも通りに大地の精霊の力が体から止めどなく溢れて急激に膨張していくが、全てを霊気に変えて、遥か上空に『ソリッドアース』を放つ。
近くの大地から生成した濃縮された巨大岩石の塊が出現し、自重で落下を始める。
それでも次々と湧き出るエネルギーを次々に『ソリッドアース』として放ち続ける。
――いつもはそろそろ霊気への変換が追いつかなくなって大爆発を起こすのだが、今回はついに起きなかった。
『ようやく終わったんだね。3年に渡る過酷な光る日々』
まさに大爆発だったな。
近場を止めどなく降り注ぐ岩石が周囲の地形を著しく変えていく。
俺の新しい出発を祝福するような隕石モドキによって俺の位階が久しぶりに上昇した。
お馴染みの重魔ブルートも巻き込まれたらしい。
少し哀れに思うが、人間を大量に殺しているとされる危険な魔物だし別に良いか。
ヒックス君も何十人と殺されているのだからむしろくたばって当然か。
『いんがおほー!』
しかしそうなると、テトラくんちゃんが一番ヒックス君を殺しているよな。
『……ヒックス君を助けるボクたちの戦いはまだまだこれからだ!』
この話題はこれで打ち切りということが言いたいのだろうか。
しかし、大地の精霊の加護はとてつもない。
エネルギーがかつてなく体に満ちている。
今までが100に100を足すような強化を続けてきた感じで、エネルギー自体は順調に伸びを感じていた。
だがここに来て100を冪乗したような爆発的な成長を感じる。
テトラくんちゃん、加護かけ過ぎだよ。
『多分キミと地属性の親和性が高過ぎたんだよね。勝手に大地からもエネルギーを吸い取ってはその力でさらにエネルギーを吸い取るというのをひたすら繰り返していたんだよ』
それでもついにそれを克服したと?
『うん。多分キミはこれから3ヶ月くらいなら食事も睡眠も取らなくても戦い続けられるよ』
それはありがたい。
剣聖と戦う日まで休息せずに済むな。
『よほど追い込まれない限りは大丈夫だと思うよ』
さて、どうしようか。
荒地の主にリベンジするか、一度くそったれ勇者たちと合流するか。
『今がどうなっているか気になるよね。ボクにもキミにも過去と現在の間の記憶は引き継がれないみたいだからね。過去改変の影響が分からないわけで』
それは確かにそうだ。
テトラくんちゃんが記憶を持っていれば色々と聞き出せるのに。
アルテナ嬢とハーベルのことや、道化の悪魔としての活動など過去をかなり大きく改変しているが、それが8年後の現在にどのような影響を及ぼしているか気になるところである。
ある意味ではこの3年あまりの答え合わせでもある。
荒地の奥に進むのではなくラファータたちのところに戻ることにした。
『四之剣・砂鯨』でまず周囲の探知をする。
うおお、とんでもなく広範囲を探知しても問題なさそうだ。
これが大地の精霊の加護を掌握するということか。
『加護によって位階も跳ね上がってるんじゃないかな。精霊の力は魂に大きな影響を及ぼすからね』
テトラくんちゃん様々だ。
荒地から一気に大樹海まで戻り、更に大樹海を突っ切って、辺境伯領の大樹海に臨む巨大な要塞の方角まで引き返す。
勇者たちはヒックス君が死んだものとして、一度は一番近く補給地である砦に向かって移動していると考えられる。
目的であった遺跡の探索を終えたのであるし、危険な大樹海に長くこもっている必要もないと考えたのだろう。
しかし、今の8年後の現在はどうなっているのだろうか。
考えられる仮説は色々とある。
一つは最初の現在とは大きく変わっている現在であること。
もう一つは過去をいくら変えようと現在は変えられないまま、まるで神の見えざる手で調節されるようにあらゆる辻褄合わせが行われて、最初の現在と同じになっていること。
『もしくは、キミとボクが過ごす過去と、この現在が繋がっていないこととか』
テトラくんちゃんの仮説は二つ目の仮説に近いが、同一の世界ではなく複数の平行世界が存在するというものだな。
名前を付けるならば『単純世界仮説』、『神の手のひら仮説』、『平行世界仮説』といったところか。
出来れば最初の『単純世界』仮説であって欲しい。
もしも、二番目の仮説ならば幾らあがこうが俺の行動は全てが水泡に帰してしまう。
アルテナ嬢は勇者の女となって、ヒックス君に暴力を振るったり、冷淡な仕打ちをしたりするだろう。
それに俺が何をしようがヒックス君を救うことができない。
そしてハーベルはどう過去を改変しても死んでしまうことになってしまう。
道化の神ならば二番目の『神の手のひら仮説』もあり得るのだが。
もしもどうしようもなさそうなら、ハーベル以外の全てをぶち壊してからハーベルの避けられない死と共に俺も死んでやろう。
この救いようのない世界にありったけに憎悪をぶちまけて消えていくのだ。
最後の仮説だったら、最初の世界ではハーベルは亡くなっていることになってしまう。
そんな世界は、辛いな。
もちろん代理人として、ヒックス君の望み通りラファータが助けるけどさ。
『それでも何も変えられない『道化の神』ときは代理人を放棄するんだね』
仮にヒックス君だけでも俺の努力で運命を変えられるなら、やはり、代理人としての使命は果たすべきなのかもしれないな。
それでも、ハーベルが亡くなるのが絶対の世界を愛せるとは思えない。
『……最近は少なくともボクには露骨だよね』
もはや誤魔化しようがないからな。
事実から目を背けて、何かが改善するとは思わない。
事実を受け止めるからこそ、辛い決断も、痛みを耐えて実行できるだろう。
ヒックス君の体に起因するのか代理人の『俺』に起因するのかは知らないが、確かに『俺』はハーベルが掛け替えの無い存在だと思っている。
『……まあ、キミって優しくされたり献身を見せられるとすぐに好意を抱くからね。最初はわりと警戒心が強いのに、かなりチョロくて不安になるよ』
正直否定はできないが、改めて指摘されると腹が立つな。
大樹海と辺境の中心はその二つの広大さに反して狭隘となっており、海と丘陵と急崖で占められている。この辺りの地域は『ナイフエッジ』と呼ばれ、大樹海の魔物も人間の軍隊もどちらも容易に進行することができないとされている。
一応行き違ってないか『四之剣・砂鯨』で定期的に確認しながらナイフエッジ地域に点在するいくつかの拠点の中でも、大樹海に最も近い拠点の砦まで戻った。
大樹海の監視のために設置され、最も危険な最前線の砦だが、守備はあまり堅固ではない。
使い捨てることを前提にしているのだろう。
気づかれないように侵入して、盗聴を行っていると、やはり勇者パーティはその砦にいるらしいという情報が得られた。随分と早い移動である。
『ハーベルとアルテナもこの砦で待っているのかな。探しに来てもおかしくなさそうだけど』
そもそもハーベルとアルテナが勇者たちの旅に出ているとは限らないだろう。
『いや、彼女たちはキミが旅に出ているのならついて来るでしょ』
きっと度々、「いつか少しの間離れてもあまり心配するな」と言っていたのが功を奏したのだろう。
もしくは道化の神、または世界の意思のようなものが存在して、ある程度の辻褄を最初の世界と合わせているのかもしれない。
その場合はハーベルとアルテナはどういった行動を取るだろうか。
『確認しようか』
……ああ。
屑勇者たちが休息している部屋から嬌声が聞こえてきた。
心臓が跳ねて嫌な汗をかく。
その声は、アルテナ嬢でもハーベルでもなく少しだけホッとした。
もちろんラファータでもない。
3人の姿を探す。
テトラくんちゃんの言う通り、ハーベルは生きていて、何かしらの事件が起きていない限りはおそらく共に行動しているだろう。
いや、ヒックスの家族を守るためにそちらと同じ行動をしている可能性もあるか。
そもそも俺が旅に出ている理由が変わっているかもしれない。
とにかく情報を収集するしかない。
屑勇者たちのお楽しみ部屋を覗かないようにしながら拠点の広範囲に『四之剣・砂鯨』を使用する。
『あの中にアルテナとハーベルがいたら嫌だもんね』
明言しないでよろしい。
ハーベルとアルテナ嬢は見つからなかったが、近くの礼拝所でラファータが祈りを捧げているのを見つけた。
急いで駆け寄って、声をかけた。
「ヒックスさん! ……良かった。無事だったのですね」
8年後のラファータはやけに他人行儀である。
丁寧な言葉でしか話さないし、過去みたいにジョーリと名前では呼んでくれない。
教会に引き取られて、彼女は大きく変わってしまった。
ヒックス君の記憶にもその姿はあるが実際に見るラファータは恐ろしく美しい。
亜麻色の長い髪は繊細さと清らかさを象徴して、その翠色の瞳は透き通った宝石のようである。
……ん?
何か違和感を覚えたが今はそれよりも聞きたいことがある。
「ああ。何とかね。それよりハーベルとアルテナを知らないか。どこにもいないんだが」
心臓が早鐘を打つ。俺は何をそんなに焦っているのか。
二人とはどこかですれ違ったか、探索していない範囲にいるだけだろう。
もしもすれ違ったのならば迎えに行こう。
8年後のアルテナ嬢も恐ろしかったが美人だった。
きっと今のハーベルも美人だろう。
美人でなくてもいいから早く会いたい。
「え?」
ラファータは怪訝な顔をして、戸惑いの色を深めていく。
……その反応はなんだ?
「何かおかしなことを言ったかな?」
ラファータは沈黙して、俺を見つめている。
少しだけ呼吸が浅くなり、動悸が激しくなる。
「話してくれよ。なあ。頼む」
もはや懇願するような口調でラファータの肩を掴む。
『おい、代理人くん。落ち着きなよ』
ああ。分かっている。分かっているさ。
落ち着くから早く答えてくれ。
なあ。
「えっと……」
ラファータの煮え切らない態度に苛立ち、怒声を上げそうになる。
ダメだ、勇者たちが来たら、面倒になる。
ああ、魔法または竜気を使えばいいのか。
「早く答えろ! 早く!」
闇属性と風属性の魔法で音を消しているから叫んでも平気だ。
そうか、屑勇者たちが交尾中にこの魔法を使わないのはわざと聞かせているのか。とんだ変態たちだな。
「っ……」
『バカ! 落ち着けよ!』
バチっと頭の中に衝撃が走った。
…………。
ありがとうテトラくんちゃん。
魔法を消して、ラファータに深く謝罪する。
「驚かせてすまなかった」
「……いいえ、大丈夫ですよ」
ラファータは少し震えていたが、気丈に振る舞って俺を許してくれた。
本当に悪いことをした。
ヒックス君の代理人としてあるまじき振る舞いだったな。
「それで、どうしても知りたいんだ。ハーベルとアルテナの居場所を教えてくれ」
「……本気で言っているのですね?」
「……ああ」
「……分かりました」
終始困惑していたラファータの表情に決意の色が宿る。
ああ、聞きたくない。
しかし、聞かなければいけない。
「……ハーベルさんとアルテナさんは、もう亡くなっています」
ああ、やっぱり聞きたくなかった。




