20.過去-地下研究室
ゴーレム計画を開始したものの、その道のりは険しそうである。
当初は元々ある魔法『ゴーレムクリエーション』をビジネス向けとより戦闘向けで、別々にチューニングすればいけるだろうと高を括っていたが、この世界はそんなに甘くなかった。
何にせよ行うのはまずは詠唱の改善である。
オリジナルの詠唱は以下である。
『大地の精霊様。なんかうまい具合に土とか泥に生命っぽいの与えて、なんか上手く操れて、なんか勝手に色々と都合よく行動してくれて、ずっと使える、そんな人形を作ってください――ゴーレムクリエーション』
この酷い詠唱を一節ずつ検討していこう。
『大地の精霊様』。
ここは特に問題ないだろう。
詠唱の初頭で精霊に助力を求めるのは魔法の定石だ。
願う精霊が多い時も、出来るだけ省略しない方が良いらしい。
『精霊も自分の力を使われるのに雑に省略されるのは嫌に決まっているよ、失礼じゃん』とはテトラくんちゃんの言葉である。それはそうだ。
『なんかうまい具合に』。
はい、ダメですね。
このような指示しか出せないのに高圧的な上司に当たった日には転職を考えた方がいいかもしれない。
精霊はまだ裁量があるから術者が払う対価分は上手く形にしているそうだ。
こうした指示が嫌いな精霊は力を貸さないか、それこそ曲解して術者から対価を絞りとってしまうらしい。
前者が碧水の精霊で、後者が夜闇の精霊だそうだ。
一方でこうした指示だとむしろ喜んで好き勝手に良い感じにしてくれるのは疾風の精霊と烈火の精霊らしい。
大地の精霊テトラくんちゃんと陽光の精霊は術者が死なないくらいで無難に形にするらしい。
ちなみにそういうのって精霊が逐次決めるのだろうか?
『一度仕様を決定したら、新しい魔法は類似の使用に準じて、自動で新たに仕様が決まることが多いよ。詠唱だと既に同じ効果がある魔法はよほど圧倒的に優れた詠唱でなければ先例に従ってしまうね。異世界でいう知的財産とか特許みたいな感じ……生物の学術的な命名の方が近いかな。たとえばシロナガスクジラに「こいつの名前は『マルコフチェインモンテカルロメソッド』だ!」って言っても「いや『シロナガスクジラ』じゃん」ってなる感じ』
精霊たちも大変だな。
あと例えが分かりづらいよ。
『こうした制約は生物たちが精霊の力を乱用しないように苦闘した結果なのさ』
精霊に歴史ありって感じだな。
まあ、あまり根掘り葉掘り聞いていたら時間がなくなるし、この話は置いておいて次の節に移ろう。
『土とか泥とかに』。
材料の指定である。もう少し具体的に情報を足した方がテトラくんちゃん的には良いそうだ。精霊によっては、この辺りを細かく指定されるのが嫌いだそう。
嫌いなのは風、火、闇らしい。
なんだか性格が分かるな。
『生命っぽいの与えて』
生命とは何だろうか。
現代日本の科学的定義的なら『外界と隔てられていて』『代謝を行って』『自分の複製を作成する』である。
大地の精霊テトラくんちゃんはどのように対処したのだろうか。普通に気になる。
『ボクが知ってる中で一番簡単な生き物であるスライムを参考にしたよ。だから命令すれば分裂して増えたりできるよ』
それはすごい。
もしかしてハーベルにあげた昨日作ったゴーレムを分裂させることで問題は解決してしまった?
『分裂してからまた分裂するまでざっと100年くらいかな? 魔力を昨日と同じくらい注ぎ込めばすぐに増えると思うけど』
……さて、ゴーレム作成の続きを考えよう。
そもそもゴーレムが生物である必要なんてないのだ。
俺としては自動で働いてくれる機械が欲しいのである。
『なんか上手く操れて』
操作可能にするのは重要だが操作方法等を考えないといけない。
ゴーレムによっては意図的かつ安全に破壊できれば操作はできなくてもいいかもしれない。
『なんか勝手に色々と都合よく行動してくれて』
究極に投げっぱなしである。
これで問題なく動くならロボット工学や制御理論、人工知能の研究者やエンジニアは必要とされないし、デスマーチするプログラマも存在しないのである。
テトラくんちゃん、これで重魔イノーマシの原型となるゴーレムを作ったとか素直に尊敬する。
大地の精霊様は優しい。表面上の性格よりも、こういう無知で無茶な要望をかなえようとしてくれていることで、遥かに確信をもって大地の精霊は優しく慈悲深いと判断できる。
『ずっと使える』
また無茶を言うよな。具体的にいつまでだよ。動力は何で動かすのか。劣化した部分はどうするのか。
『壊されなければ半永久的に、動力源は大地から、些細な劣化は大地から補給交換するシステムにしたよ』
テトラくんちゃんほど甲斐甲斐しい精霊って他にいるのだろうか。
俺が大地の精霊でこの詠唱を聞いたら対価だけ貰っていくだろう。
俺の中でテトラくんちゃんの印象がどんどんと良くなる。
『そんな人形を作ってください』
まあ、ここは別にいい。
前述の仕様の定義が酷すぎるのが問題である。
あ、もしかして人形以外も作れたりしないだろうか。
『変更できるよ』
それは良いこと聞いた。
かなり応用可能性があるのではないだろうか。
さて、ゴーレムクリエーションの詠唱について検討したわけだが、テトラくんちゃんはよくこれで魔法を発動させようと思ったな。
『これくらいだったら魔法詠唱の中じゃ言葉にミスはないし、内容に矛盾もそれほどはないし、許容範囲だよ』
本当に、本当に慈悲深いものである。
『ゴーレムクリエーション』の改善にあたって、まずは詠唱を単純で簡単かつ具体的な内容に置き換えてみた。
またゴーレムの素体となる土もあらかじめ用意しておく。
ちなみにこれはヒックス家の裏庭で取れた土である。
『大地の精霊テトラ様。私の眼前にある100gの土を原料にして、操作は不要で、自我も知能も不要で、5秒だけ一方向に回転を続ける球形物体を作ってください――ゴーレムクリエーション』
本当に消費されたかも分からないくらいの微量な霊気で魔法は発動して、泥団子ゴーレム――ゴーレムと呼んで良いのか悩む――はころころと転がってまた砂に戻った。
ハーベルにも詠唱を教えて試してもらったが、やはり殆ど霊気の消費がないまま『ゴーレムクリエーション』は発動した。
テトラくんちゃんの負担になるような無理難題を減らせば霊気の消費は予想通り相当に抑えられそうである。
『ソリッドアース』もわりととんでもない魔法であるのにたいして霊気を消費しないし、魔法というのはつくづく非常に優れた技術である。
ハーベルと分担して更に検証を進めていった。
俺はゴーレムの持続時間とサイズについて担当し、ハーベルには霊気の消費量に大きな負担がかからないであろうゴーレムの形状や動作について担当してもらう。
しかし、『ゴーレムクリエーション』を研究するにあたって早速問題が発生した。
『このままじゃ部屋の中が土と砂塗れになってしまうね』
今まではヒックス君の自室またはヒックス家の書斎で研究していたのだが、扱う土の量を増やすとなると研究に用いる土砂の管理と処分が問題となる。
これまでは『クリアランス』と地属性魔法の『ソリッドアース』を部屋に使用することで凌いできたが、今後の研究的にも大規模な研究と実験のための施設が必要であると感じてきた。
しかし、ヒックス家はもとより近場にも子どもが魔法の研究をするのに手頃な施設など存在しない。
もちろん人目につくところで魔法の研究をするのは論外である。
存在しないならば作れば良いじゃないか。
そういう安直な考えのもとにヒックス君の自室の床下に地下室を作ろうと決めた。
幸いなことに大地の精霊の加護を毎朝八つ当たりのごとく打ち込んでそれから『ソリッドアース』で地盤を強固にしているため、地下に空間を作ってもヒックス邸が崩落するような心配はない。
一応、配慮してそれなりに深いところまで階段で降ってから広い空間を作ることにしよう。
あまり人には知らせたくないが、アルテナ嬢はおそらく勘付きそうだから彼女にも話しておいた方が良いだろう。
しかし、こういう秘密基地を作るのってワクワクしてしまうよな。
ヒックス少年の体に宿る浪漫なのか、代理人の俺の年老いても消えない幼心なのか、はたまたどちらなのか。
どうせならハーベルには後で見せて驚かせてやろう。
『男の子だなぁ』
テトラくんちゃんもこういうのは好きそうだが。
『もちろん好きだよ』
二人でにやりと笑いあって、まずは風竜気で部屋内部の防音をしてから、ベッドを動かした。
もともとベッドがあった床に、風属性竜気でベッドよりやや小さい長方形面積に切り取った。
『ほんと器用だよねぇ』
これくらいはアルテナ嬢にもできそうだぞ。
その空いた地面に『クリアランス』をかけてから竜気で持ち上げて地面を『ソリッドアース』で固めながら掘削していく。
『ソリッドアース』で階段を作るように空間を広げながら、空間周辺の大地に元々あった土砂と岩石押し込んで固めていく。地表に凹凸や亀裂が出ないようにそちらを均整にすることを優先しながら処理を進めていく。
『竜気と魔法の操作が変態的だぁ』
何百人もの天才ヒックス君の犠牲の上に成り立っている技に対して失礼な。
『ヒックスの奇跡』と呼んでくれ。
しばらく階段を掘り進めて200段ほどの深いところまで来たため、ここを研究室とすることにしよう。
少し移動が不便かな。
部屋に急な訪問客が来た時はどうしようか。
『闇属性の魔法でヒックス君だと勘違いするようゴーレムに細工をしたらどうかな。近づかれたり、触られたりしたらバレるけど』
まあ、急しのぎにはなるか。
しかし、できればもう少しスマートな方向で解決したいところである。
シーフィアが遊びに来たらどうしようか。
あのお姫様はときたまハーベルとの研究中に遊びに来て、「魔法を見せて:と可愛らしくせがむのである。
「絶対に誰にも見せちゃダメだぞ」と言いながら指から風を吹かせばすごく嬉しそうに笑って非常に可愛いのである。
ちなみに魔法が使えることはヒックス君の両親にも話していない。
剣だけでなく貴族から魔法を教わるように両親から手配されたら、とてつもない額をふんだくられる上に面子を潰したりしたら即刻お家取り潰しとかがあり得るから絶対に話さないほうがいいだろう。
俺が使っている力は、全て竜気という特別な力で、アルテナ嬢とハーベルが天才的に上手く使えるから、彼女に教わっているという体でいる。
アルテナ嬢も不本意そうであるが「先生が望むなら」と俺の嘘に付き合ってくれている。
『室内の位置情報を把握する魔道具でも作ったら? 断続的に『四之剣・砂鯨』と同じような霊気を発するやつとかさ』
魔道具、そういえばそんなものを前に都でみかけたな。
色々とあって、すっかり忘れていた。
待てよ。
魔道具をゴーレムで作ったりできたらすごいのでは?
『え、それ絶対に楽しいやつじゃん』
テトラくんちゃんも俺のアイデアに乗り気である。
魔道具とゴーレムの融合を目指してみるか。
『革命的な発明になるかも』
テトラくんちゃん様もたくさん協力してくれよ。
強力な味方にそう祈りを捧げるのであった。
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たとえ壁打ちだろうと続けるつもりですが、やはり反応をもらえると嬉しくなりますね。




