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18.過去-ハーフィンダール姉妹

 

 ハーベルに「あなた、この場にいない誰かと会話しているのね……」とまるで寂しい老人に対する哀れみのような言葉をもらった。


『動揺し過ぎでしょ。落ち着きなよ』


 テトラくんちゃん様に宥められて少しだけ冷静になった。まず精霊の存在が露呈することの問題を考える。


 なんかあるかな。


『特にない?』


 ……そんな気もする。

 ハーベルなら特に口外しないような気がするし、むしろテトラくんちゃんの存在を認識している方が、研究が円滑に進むかもしれない。


 まあ、秘密にはしておいてもらおう。


「えーと、他の人には言わないで欲しいんだけど、実はその通りなんだ」


「……精霊の御声を。素晴らしいことですね」


 ……素晴らしいのかなぁ。


『素晴らしいでしょ』


 多数決という乱暴なシステムに従ってそういうことにしておこう。


『せっかくだし、挨拶しようかな。こんにちは』


 テトラくんちゃんがハーベルにも聞こえるように声を出した。

 どこともなく声が聞こえたハーベルは少しだけ目を見開いた。

 普段は冷静沈着で、あまり表情を動かさないため、彼女の感情が見て取れると少し――いやなんでもない。


「……今聞こえたのが精霊の御声でしょうか。何をおっしゃったのでしょうか」


 ハーベルには古代精霊語を教えているが、基本的に魔法の詠唱に役立ちそうなものを教えているため、おそらくテトラくんちゃんが何を言ったかまでは、わからないだろう。


「えーと、彼女……彼……彼女? は大地の精霊テトラだ。今はハーベルに挨拶したんだ」


 ハーベル「そうでしたか。これはご丁寧にありがとうございます」


『うん』


 そういえばテトラくんちゃんはなんで現在俺たちが話しているこの国の標準言語――ヤルゴン語という――を理解できるのだろうか。


『キミの頭の中の言語領域を媒介して翻訳されてるからさ。ボクの発言も言語領域を活用すれば翻訳できるけど、精霊の言葉はキミの負担が大きいと思うよ、爆発しちゃうかも』


 絶対にやめてくれ。


 それからテトラくんちゃんが色々と魔法について役立ちそうなことを教えてくれた。


 まずはヒックス君に、アルテナ嬢とハーベルのハーフィンダール姉妹、ラファータとシーフィアの属性の適性についてだ。

 昼下がりに集まった時にはもう各自の適性属性は見ていたらしい。


『代理人君――というかジョーリ・ヒックス君は地属性に一番適性があるね。これはボクの加護だとか関係なく生来のものだと思う。あとはどれも大きく変わらないけど適性は全体的に高いね。精霊に好かれるタイプだ』


 テトラくんちゃんは俺のことを代理人と呼ぶらしい。


 ヒックス君が地属性なのはしっくりきた。

 温和な感じとか垢抜けない素朴な感じとか、そういうイメージが地属性には俺の中にあるし、そういう点でヒックス君はまさに地属性らしい雰囲気があるよね。


 ハーベルは風と水と闇、アルテナ嬢は風と火と光だそうだ。

 二人とも風は共通していて、他は相反する属性って感じだな。

 二人の印象にもよく合致している。

 結構雰囲気や印象と属性には関連があるのかもしれない。

 魔法や竜気もイメージは重要なファクタだしな。


 ラファータは属性の適性は特にないらしい。

 そういう人間も少なくないらしく、適性がなくても魔法自体は多少使えるそうだ。

 まあ、ラファータは癒しの力とかいうとんでもないチートが使えるのだが。


 また驚くべきことにヒックス家の姫騎士さまであるシーフィアは水の適性が非常に高く、その他の適性も非常に高いらしい。


 ラファータといい、どうしてそれほど傑出した存在がヒックス君の周囲に集まるのか。

 もしかしたら、そこに道化の神の思惑が隠れているのかもしれない。




 さて、続いて魔法のことを教えてもらおうというところでテトラくんちゃんは呟いた。


『ボクは力を与える側だから、自分で魔法を使ったことがないんだよね』


 意気揚々と取り組もうとしていた魔法研究はいきなり暗礁に乗り上げてしまいそうだった。

 それでもあきらめずに根気よく聞き出していると、やはり精霊の知識は非常に役に立ちそうであった。


 特に地属性を中心に発動した魔法の痕跡は感じるらしく、その時の詠唱や魔法名、その力の効果等を思い出してもらい、それを記した。

 さらに精霊からの視点での詠唱や霊気の魔法への変換効率性等を実際に試したりして、正攻法では不可能なアプローチで魔法を改善できそうである。


 今日の分の魔法研究を終えて、もう一度ハーベルにテトラくんちゃんのことを内密にするように話した。


「せっかくの二人だけの秘密を誰かに話すつもりはありませんよ」


 頬が赤くなるのを感じた。


『青春だね。充実してるね。爆発が似合うよ』


 テトラくんちゃんの言葉通りに11年後で大爆発した。

 しばらく睡眠が深くなる気がする。




 朝は再び超過した精霊の剰余エネルギーを地面に放出する。

 これはわりと爽快感があって悪いものではない。


 地盤沈下や崩落が起きたら嫌であるため、表層付近の地面を『ソリッドアース』で固めた。

『ソリッドアース』は本来このように対象となる地面や建材を固くする魔法であり、それを応用して掘削する魔法ではない。

 貴族からすればこういう実用的で戦闘能力に直結しない魔法は低く見られているのではないだろうか。


 最近は11年後の現在で大爆発した後に、過去に持ち帰った後の余剰エネルギーを地面に打ち込む生活が続いている。


 テトラくんちゃん加護に気合入れ過ぎでしょ。

 きっとこれを全て自分のものにした時は相当強くなれると信じている。

 というか強くならないと困る。


 剣聖との決闘を控えたことで両親を心底不安にさせてしまっているが、それもあってか各種の習い事についてもやめて良いことになった。

 そんな時間があるなら剣を鍛えたり、充実した時間を送ったりしてほしいということらしい。


 まあ、その剣もアルテナ嬢より強い人でないと教わる意味がないとして、稽古に行くのをやめることにした。

 師範には少し悪い気もしたが、時間は有限であるから許して欲しい。


 最近はアルテナ嬢と朝に鍛錬することが多い。

 防具は付けないため結構危なっかしく見えるが実際はそうでもない。

 体に竜気を纏って保護しながら、最低限だけ強化した木刀で叩き合うからだ。

 お互いに竜気の練度が上がっているため、木刀にも充分な竜気を纏わせない限りは特に怪我をすることもないのである。

 全く纏わない剥き身のままだと一撃で木剣が砕け散るのだが。

 お互いに剣を打ち合って、致命になる箇所に当たったら決着である。


 今日もヒックス家の屋敷でアルテナ嬢と相対しながら、同じように実践稽古を行う。


「さて、やるか先生」


 アルテナ嬢はいつも通りの見事な正眼の構えを取っている。


 この辺りの剣術の型の美しさはアルテナ嬢には敵わない。

 こちらの剣は魔物と死線を潜り抜ける中で身に付けた剣であり、多少アルテナ嬢に教わってはいるものの、素人の付け焼き刃である。

 それを位階の圧倒的な差で誤魔化しているに過ぎない。


 基本的に臆病な俺は護りに徹することが多い。

 今も剣先をやや低くした下段の構えを取っている。


 アルテナ嬢は正眼の構えのまま不動だが、その竜気の濃度がわずかに上がった。


 来る。


 竜気を用いて視覚情報に関わる感覚を強化してアルテナ嬢の挙動を観察する。

 あらゆる物体の運動が停止へと近づく中でアルテナ嬢だけが速い。


 剣で受ける。鋭い。耐えきれなかった木剣の欠片が散った。


 そのまま迫り合いになることはなく、アルテナ嬢は次の太刀を打ち込む。


 動作は極めて円滑で迅速である。

 最初の一撃も必殺に近い太刀であったのに剣先の鋭さに衰えがない。


 まるで舞踊のような流麗なその様は美しく、自分が相手をしていなければ見惚れるほどである。


 これも防ぐ。


 そのまま、打ち合いが続き、徹底した防御と徹底した観察の果てに見つけたわずかな虚に剣を潜り込ませた。


 しかし、アルテナ嬢はそれを実に優雅な動作で捌いた。

 誘いだったのか。むざむざと乗ってしまった。


 やや崩れた体に鋭い一閃が向けられる。


 竜気を操作して崩れた体の均衡を取って防いだ。

 アルテナ嬢の剣から動揺が伝わる。


 流石にこの竜気操作でバランシングは異常だったらしい。


『今の動きは気持ち悪いよ』


 テトラくんちゃんは黙って。


 そのまま動揺した相手をさらに揺さぶるように太刀合いをして、アルテナ嬢の頭頂にカツンと木剣をぶつけた。


「今日は勝てると思ったのに。先生はいつも私の予想を超えてくるな」


「いや、危なかったよ。アルテナ嬢に追い抜かれるのも負けるのも遠くなさそうだ」


 いや、マジでそのうち負けそう。

 位階がこれだけ離れているのに、純粋な剣技だけでここまで迫られると、才能や実力の違いをひしひしと感じる。

 アルテナ嬢が位階を上げ始めたら簡単に負けそうだな。


 最近は爆発しかしてないため、アルテナ嬢との鍛錬はかなり重要である。


「……先生、私は冒険者ギルドに登録したんだ。遠出することも増えて、夜泊することもあるかもしれないから、鍛錬できない日も増えるかもしれない」


 なんだと。


「アルテナ、いつの間に……聞いていませんが」


 近くにいたハーベルが少し咎めるように目を細めてアルテナ嬢を見たが、アルテナ嬢は飄々とした様子だった。


「言ってないからな」


 ハーベルが呆れたようにため息をついた。


「ヒックス家の旦那様方によく反対されませんでしたね」


「反対されると思ったからハーフィンダールの家名を使った」


 ハーベルがさらに深いため息をついた。


「アルテナ、みだりに貴族の威光で嵩に懸かるようなことをするのはやめなさい」


「分かってるさ。ただ、私は強くならないといけない。姉さんなら理解してくれるだろう?」


「……」


『姉妹の仲が良くて良いことだね』


 そうね。


「……それで先生。良かったら、私と共に冒険者ギルドに行くつもりはないか。もちろん危険はあるだろうが、魔物を倒すことで位階を上げることもできるし、金も稼げる。先生の言っていたビジネスとも言えるんじゃないか?」


「おお」


 アルテナ嬢が、どうだ、どうだ、非常に良い考えだろうといわんばかりに、若干得意げに早口でまくし立てた。


 アルテナ嬢って犬っぽいよな。11年後は狂犬って感じだったが。


 冒険者になることは、おそらく、アルテナ嬢が必死に考えたのだろう。

 9歳が考えたにしてはとんでもなく良い視点であると思う。魔物を倒して強くなりつつもお金を稼げるというのは実際にヒックス君の目的と実にかみ合っているからな。



『いいじゃんいいじゃん。キミの異世界の小説とか漫画にも冒険者ギルドはたくさんあったよ。SSS級冒険者を目指そうよ。ボクたちならやれるさ』


 テトラくんちゃん、創作物語が結構好きだよね。

 まあ、確かに冒険者ってやっぱりロマンがあるよな。


「有難いし結構興味はあるけど、今は他にやりたいことがあるんだ」


 アルテナ嬢の提案はせっかくだが断る。

 主な理由としては、ギルドとかいう既存権力に加わりたくないし、許容できないレベルの中間搾取をされそうだからだ。


「……最近引きこもって姉さんと二人でやっているやつか」


 アルテナ嬢の機嫌が悪くなってしまった。

 若干除け者にして悪い気もするが、アルテナ嬢は霊気回路を完全に竜気回路に統合しているから魔法はほとんど使えないからな。

 竜気でも代用可能な『クリアランス』とかの日常レベルの魔法が使えるだけ便利だとは思うが。


 それでも顔はよく見せるのだが、彼女は感覚派なこともあって、俺たちのやっている仮説にも続いた実験や検証は退屈なようである。


「まあね。それに両親をただでさえ心配させてるから、これ以上心配させたくないのもある」


「それはそうだ。……うん、私が強くなることが一番の目的なんだ。私がもっと強くなって、ご両親も私がいれば安心だとなるくらいになってみせるさ」


「危ないことはしてはいけませんよ。それにアルテナは可愛いのですから、酔ってくる男に油断してはダメです」


 ハーベルは注意すれどもアルテナを止めるつもりはあまりないようだ。


「ん? ああ、まあ危ない奴がいたら倒すさ」


「……おそらく何もわかってないですよ。私も付き添うしかありませんか」


「ん? 姉さんも一緒に冒険者をするか。はは、姉さんと一緒に戦えるなんて嬉しいな」


 心からそう思っているようで、アルテナ嬢は気持ちの良い笑みを浮かべた。

 ううむ、こういう笑顔を見せるアルテナ嬢は可愛いな。

 ヒックス君の記憶で知るのは歪んだ笑みを浮かべるアルテナ嬢だけだが、今の自然な笑顔のほうがずっとよく似合っている。


『そういうのは直接言わなきゃ』


 言うわけがないだろう、気恥ずかしい。


「……もう、この娘は」


 ハーベルも笑顔のアルテナ嬢にほだされているようだった。

 怜悧な印象さえある美人な少女がああいう顔するのはずるいと思う。


『完全に腑抜けにされているよねぇ』


 ……否定できない。


 難にせよ、姉妹の仲が良好で良いことだ。


『そうだね』


 先ほどと同じことを繰り返しテトラくんちゃんと同意しあうのであった。


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