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15.現在-始まりの場所に

 

 慣れ親しんだ12年後の荒れ地である。

 荒地での時間は相変わらず重魔ブルート戦から始まる。


 重魔ブルートがこちらを捕捉するまで、何のビジネスを始めるかを考える。


 ビジネスをするにしても、何を始めるかは過去でもぼんやりと考えていたが中々決まらなかった。

 そもそもビジネスは「世の中にこんな製品やソリューション、サービスで価値を提供したい」という思いから来るべきもので、「ビジネスをしたい」という気持ちから行うこと自体が筋違いである気がする。

「誰かの前で歌を歌うのが好きだから歌手になりたい」ではなくて「有名になりたいから歌手になりたい」みたいな感じである。

 それが悪いこととは決して思わないが、「その動機に対してのお前の選択はそれで本当にいいのか?」と聞きたい気持ちにはなる。


 まあ、せっかく異世界知識があるのだから、この知識で世の中を改善したいという気持ちはわりとある。

 もちろんそれはヒックス君の不幸な運命を修正することが疎かにならないようにすることが前提である。


 しかしそれにしても、この世界でビジネスをしようにも既得権益と利権が複雑に絡み合っているためその辺りを考慮しなければいけない。

 貴族や組合と競合したらまずダメだ。

 ひたすら妨害されるし、まず商売にならない。貴族の顔に泥を塗ったら本気で潰される。階級社会で貴族の面目を潰すと、こちらの首が一族全て物理的に飛ぶ。

 実際にヒックス君の一家は濡れ衣を着せられた挙句、断頭台送りになりかけたのである。


 ヒックス家も規模は決して小さくはないが、所詮は平民の商家だ。

 他家の利権を侵して後ろ盾である貴族に攻撃されれば一たまりもない。


 逆にいえばヒックス家も主にオイコノ子爵家の庇護下にあるわけだから、11年後は後ろから刺されたような状態である。

 いや、どちらかといえば蜥蜴の尻尾切りだろうか。正直奇妙な話ではある。何か裏があるかもしれない。

 それを探りたいというのがビジネスをしようと考えている目的の一つではあるが、少し迂遠かもしれない。


 重魔ブルートがいつものように遠くから突撃を仕掛けてきた。

 出会った当初は全く反応できない速度だったが、今では十分に観察できる。


『イクスキューショナのカマ』に水竜気を纏わせる。


 技を口にしたり唱えたりするのは格好をつけるだけではなく、竜気や霊気を言葉で以てより具体的な事象に落とし込むことで、威力と消費される竜気の効率性を高めるためであり、また技の成功率も大きくできるためである。


 合理的で格好いいのだからガンガン唱えていこう。


『三之剣――』


 アルテナ嬢に教わった水竜気を纏いながらの回避カウンターの一撃を喰らわせる。


「『水月』」


 ぴちょん、と水の跳ねる音がして重魔ブルートの首が飛んだ。


 本来は硬い甲殻で覆われているが、自身の突進の勢いをそのまま全て首に当てられては華奢な花卉よりも脆弱であった。


 しかし11年後のアルテナ嬢に比べたらまだ完成度が低い。

 ヒックス君ボディのポテンシャルはこんなものではないはずだ。


 しかし、本当にビジネスはどうしようかね。


 荒地を歩いて、次々に迫るもはや見慣れた魔物たちを斬り、魔法を当て、攻撃を躱し、たまに竜気と霊気を吸い取りながらビジネスのアイデアを考える。


 まず、不動産は厳しい。

 この世界の土地制度は王侯貴族に極めて有利なものであり、また不動産は既得権益と利権が極めて強い分野である。

 土地は昔から存在していて、しかも利益を生むから仕方ないね。


 一応開墾した土地は私有の農地になる法制度なのだが、その制度も数代前の国王の時代に発布されたもので、基本的に残されている土地は貧弱である。

 強力な肥料があれば、社会的な影響も大きく、飯が食えない民が減るかもしれないが、現代でも食料は世界人口を養うのに十分にあるにも関わらず飢餓に苦しむ人々は多くいた。配分の問題を解決しないといけないのである。


 また一方で、税は収穫量ベースでなく土地面積ベースで納税額が決められるため、下手に農地を増やすと税負担が大きくなるのだ。

 この制度自体は頑張れば頑張るだけ取り分が増えるわけで、わりと良い制度かもしれない。

 やはりオイコノ子爵の歴代当主は商売人から成り上がってきた一族だけあって食わせ者だが、非常に優秀ではあったのである。

 現当主のカーマクス・オイコノがとんでもない愚か者であっても、簡単には揺るがないほどに構築された政治経済システムがあって、それが多少の腐敗があってもオイコノ子爵家の地位は頑健で、故にオイコノ子爵家は強敵である。




 ……おっと、囲まれた。


「『四之剣・砂鯨』」


 地竜気の完全無差別攻撃で包囲してきた敵を散らす。

 今使える七星剣だと砂鯨が一番使い辛い気がする。良い使い方や改良方法はないだろうか。


 いや、それも大事だがまずは商売だな。

 不動産はダメ。


 仲卸業は、コネはまだしも下手すると既得権益とかち合う可能性が大である。


 飲食業は儲かる気がしないしな。薄利業種の典型であるし、別に味覚は文化で規定される影響が大きく現代知識の活用が難しいし、大衆向けの食事で得られる。


 人材派遣とか? 人的リソースが少ないからキツいか。


 現代日本の便利グッズとかを発明? 上手くやれば人気は出るのだろうが、知財法とかあってないようなものだから模倣品関連に気をつけないといけないし、インパクトのある複雑なもの秘匿しても生命を狙われたり、悪目立ちしたりしそうで恐ろしい。


 定番の冒険者ギルドとかで依頼をこなすにしても子どものうちはロクな仕事が回らないし、そもそも稼ぎもたいしたものになはならなそうだ。


 ダメだ、やはり何も思いつかないな。

 これ以上は考えるのはもうやめて戦闘に集中しよう。


 竜気と魔法で眠気を飛ばしたまま、戦い続ける。

 今のところ、眠らない限りは過去に戻ることも、現在のリスタート地点が上書きされることもない。


 前も2日ほど不眠不休で戦い続けたが、結局魔物にやられた時は、リスタート地点はいつもの重魔ブルート戦からだった。


 大体3日くらい荒地で戦っていると、この地の主らしき重魔が訪れるのである。


 その重魔は一つしかない瞳でこちらを興味深そうに少し観察した後に、ひょいっとヒックス君の生命を摘むのだ。


 大樹海の懐はあまりに広い。




 周囲の敵を倒し切ったところで、俺は一度荒地からヒックス君が道化の神と邂逅した最初の森林地帯に戻ることにした。


 気になる情報を過去で得たためである。


 幸いなことに荒地の主である重魔には遭遇しないまま最初の森林地帯に到達した。


 森林地帯は荒地に比べると魔物の質は低い……いやあまり変わらないだろうか?

 荒地は甲殻を纏った虫系とあとは鳥が多い。

 全体的には保護色なのか体色が茶色いのが多いな。

 まあ、やはり重魔ブルートの印象が一番強いが。

 森林地帯の方はもう少し魔物にバリエーションがある感じだ。


 戦法は荒地の場合とは違って、竜気を分厚く纏って防御力を上げながら、相手から竜気を吸い取ることを主軸に置いている。


 相手の行動や能力を把握するまでは基本的に防御を重視しつつ、継戦力を高めるこの戦法は中々俺好みである。

 俺は臆病だし、ヒックス君ボディにはできるだけ傷をつけたくないからな。


 屑勇者と朝食女から全力で逃げてきただけあって、最初の地に戻るのも一苦労である。

 途中で可食な果物を食べて空腹を満たしながら一晩かけて、ようやく屑勇者たちとヒックス君が今回探索に来た遺跡を目指す。


 もしも荒地の奥に更に進む場合は食料の問題もあるよな。

 大樹海の奥にどのような世界が広がっているのかは純粋に興味があるが。


 しかし竜気と魔法で眠気を飛ばしているとしても、3日も起きていると精神的に辛いものがある。しかし寝れば過去に戻ってしまう上に、現在でもリスタートの時間が進んでしまう。

 剣聖との決闘まで現在のリスタートの日から34日しかないのである。

 できる限り時間を進めないように気を付けないといけない。

 ヒックス君を無駄死にさせないという誓いはしているが、下手に後遺症が残ったり時間が極端に削れたりしないように、こうして意識を覚醒させる手法と、更には自決手段も開発した。

 現在は使わないでいるし、今後も使わないでいたいが、いざという時の覚悟を決めてはいる。


 ヒックス君が道化の神に会う契機となった重魔イノーマシを警戒していたが、その巨大な魔物は既に討伐されて残骸が散っていた。

 間違いなく屑勇者たちによるものであろう。


 戦って経験値にできるのならそれでも良かったが、戦わずにすむならそれに越したことはない。


 ようやく目当ての遺跡まで戻ってきた。


 さて、屑勇者と不愉快な仲間たちは新しく発見されたこの遺跡の探索に来たわけだが、俺は11年前の過去でこの遺跡について新しく知ったことがある。


 この前の6歳の誕生日プレゼントでもらった大樹海パンドラ紀行の続刊にて、この遺跡のことを示しているらしき記述を発見したのだ。


『ここは地の精霊を祀る祭壇で、そこには聖遺物が収められている。一つは大地を揺るがすほどの魔力を秘めた力の権化で、もう一つは大地の精霊の化身である』


 そして屑勇者と不愉快な仲間たちは実際に、強力な杖を入手した。

 おそらくこれが記述にある『力の権化』なのだろう。

 その結果、重魔イノーマシに襲撃されたのだが。


 それなら紀行に載っている『大地の力の化身』存在するはずである。

 俺の予測では、何か強力な大地の魔法ではないかと推測している。


 遺跡に侵入して内部をざっと見渡しながら、内部を彷徨っていた魔物を倒しつつ探索する。

 一度はあらかた屑勇者たちが探索をしているため凶暴な魔物は片付いている。

 しかも屑勇者と不愉快な仲間たちの天才斥候が、罠を解除したり隠し部屋を発見しているため、致命的な罠にかかることはなかった。


 …………うん。


 一通り遺跡全体を巡回したが、特にめぼしい部屋はなかった。

 大樹海パンドラ紀行の情報が間違っていたのだろうか?


 もしも天才斥候さえも見落とす隠し部屋があるならば俺では発見できなさそうだが。


「いや待てよ」


 ふと思い付いたことを実践するために、竜気を調節する。

 地属性竜気に風竜気の性質を付与しつつ、わずかに水竜気を加えることで粘性を出す。


「『四之剣・砂鯨』」


 短剣を地面に突き刺して、地中に対して微弱な振動伝播する竜気を放つ。

 竜気は伝播しつつも絶妙な粘性のために断裂することなく、地中に薄膜を貼るように展開されていき、また粘性による物体の抵抗からの情報を取得していく。


 頭の中にとんでもない情報量が加わるが、位階の上昇で向上した脳の処理能力で解析して視覚情報へと変換処理していく。


 やべっ、鼻血出た。


 頭がくらくらするが、無事に遺跡とその周囲の地中全体の図が浮かんだ。

 この方法を改良して負担を減らせば、遺跡探索が簡単にできるな。


 いや、さらに改良すれば全方向に探知・索敵もできる便利技になるかもしれない。


『四之剣・砂鯨』、できる子じゃないか!


 明日にでもアルテナ嬢と改良について、話し合ってみよう。

 鍛錬ばかりで行き詰まったとか言った矢先からでちょっとバツが悪いが。




 そして、この遺跡の全容が掴めた。


 なるほど、地下に巨大な空間が広がっていたのね。

 そして行き方は、特にない。


 なんだこりゃ?


 遥か地面の下に巨大な箱型の空間があって、その上にやや埋まっているこの遺跡が存在するのである。

 そりゃ屑勇者パーティの天才斥候も気付かないよ。


 とりあえず地属性魔法『ソリッドアース』という対象に選んだ土を集めて固める魔法を使って地面を掘って行くか。

『ソリッドアース』の固めた土の出現する場所はかなり自由に選択できるため、この魔法にはかなりの応用可能性があるのではないかと睨んでいる。


 しかし地味ながら時間と労力がかかる作業である。

 まさに単純作業という感じである。


 ハーベルがいたら速度3倍なのだが。

 彼女の魔法の技能は卓越したもので、既にヒックス君の2倍は早く穴掘りができると思われる。

 アルテナ嬢が天才であることは間違いないのだが、ハーベルも恐ろしいほどの天才である。世界は不平等にできている。


 まあ、この場にハーベルはいないため、黙々と作業をしていく。


 ハーベルとアルテナ嬢は屑勇者の不愉快な仲間たちに加わっているのだろうか。

 それは、精神的にきついな。


 うん、考えないようにしよう。


 たまに襲ってくる魔物から霊気と竜気を補充する。

 霊気は少量しか持っていない魔物も多いため、俺の霊気を流し込んで、回路のエネルギー場を支配した後に、無理やり霊気を生成させて吸い取る。

 かなり格下の魔物はもはやただの養分である。


 そうやって掘り進めるうちに、ようやく巨大な箱型空間に辿り着いた。



 拳で軽く叩いてみるが、異様に硬度が高い。

 これでは竜気で破壊も『ソリッドアース』で削り取ることも出来なそうだ。


 さて、どうしようか。


 とりあえず、『四之剣・砂鯨』を試すか。

 少し風竜気の性質を抑えて、粘性を高める。

 この設定ならより狭い範囲のみだが情報は詳細でかつ、情報量が適切な処理容量で収まるだろう。


 そんなわけで調整した『四之剣・砂鯨』を発動。


 やっぱり頭は少し痛いな。今の位階だともう少し設定のグレードを落とさないと厳しいか。寝不足もあるしな。


 そして内部の構造は全然分からなかった。

 とりあえずめちゃくちゃ整った立方体であるようで、人智を超えている。


 これは今の俺じゃどうしようもなさそうか。


「……うおっ」


 諦めかけたところで、俺が立っている立方体の面が割れるように開いた。

 まるで自動ドアである。


 バックステップで後退して警戒する。

 さて、どんな怪物が出てくるか。


『招いたんだから入りなよ』


 それは古代精霊語だった。


 相当厄介な存在が内部にはいるらしい。


 更に警戒をしていると、相手は呆れたような声を出した。


『君が奇妙なことをしてこちらを覗こうとするからこうして招いているのに、あまり待たせるのは失礼じゃないかな』


 むむ。


 少なくとも今のところは敵意らしきものを感じないし、道化の神のように人知を超えているだろう存在をこれ以上不愉快にさせるのは望ましくない。


 意を決し、俺は内部に踏み込んだ。



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