14.過去-代理人の日常と幼き剣姫の決意
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大樹海の荒地で重魔ブルートを倒したり、重魔ブルートに倒されたり、他の魔物を倒したり倒されたりしているうちに幼年ヒックス君は6歳の誕生日を迎えた。
家族内でのヒックス君の存在感はとんでもなく大きくなっているため、今年の誕生日会は庭にて豪勢に行われた。
ベンチマークとなる本来の過去ではなかったことである。
ヒックス君は18歳の誕生日に剣聖と殺し合わなければいけない運命であるため、せめて残りの12回の誕生日は良い日にしようと心算であるようだ。
最近の両親は、暇を見ては剣聖の情報を集めたり、どうにかして剣聖と俺の戦いを回避できないかと模索したりしているようだが芳しくないようである。
代理人である俺の選択でヒックス君の両親を悩ませるのは心苦しいし、シーフィアたちにも悪影響だからあまり心配しないで欲しいのだが、それも無理な相談かもしれない。
剣聖なんて化物と決闘しなければいけないなんて余命宣告されているようなものだ。
しかし、ヒックス君の両親が心労で倒れたり、心の不安を悪人に突かれて騙されたりとかしないか不安である。
ヒックス君ママはたまに俺の部屋に来て、泣きながら俺を抱きしめたりとかするし、父親は俺の師として無名だが剣聖より強いを自称する中年冒険者を連れてきたりもした。
ヒックス君の家族を騙くらかさんとする中年冒険者には本気で腹が立ったため、実力を見てもらうという名目で泣いて事実を白状するまで徹底的に痛めつけた。
こういう屑どもには屑同士のネットワークがあるから、その中でヒックス家に手を出すと苦しむことを存分に伝えて欲しい。
このままではヒックス家によくないため、ヒックス君の6歳の誕生日の席で竜気と魔法で映えを重視した演武を披露した。
どや? 6歳でこれやぞ? 剣聖とか普通にぱっと見だと地味な技しか使わなかったやろ? 剣聖とか余裕やん? また俺なんかやっちゃいましたか?
いや、剣聖のあの技は人知を超えていたけれども。
まあ、ある程度両親や兄たちの不安を取り除けたため是としよう。
「やっ、やっ!」
最近のシーフィアは見様見真似な剣の素振りをよくしている。
「けんせーはシーがたおします! おにーちゃんまもるよ!」とのことで、ヒックス家の姫騎士さまの健気さにヒックス君代理人である俺はホロリときている。
ヒックス君本人も感動していることだろう。
それはそれとして怪我はしないようにしてほしい。
ラファータの癒しの力はまだ公には知られていない。
記憶だと12歳の時に聖女として教会に引き取られる。
街中に魔物が現れたのがきっかけになるのだが、本来は中々あることではないため、そちらの方も注意しなければいけないかもしれない。
一緒に王都に行ったことや、癒しの力のことを知っても、ラファータの態度は少なくとも表面上は大きく変わらなかった。
それはヒックス君への信頼と勝手に解釈している。決してヒックス君に対して興味がないわけでないと思いたい。
剣姫アルテナの姉であるハーベルは、竜気回路が霊気回路にほぼ統合されたようで火傷のような症状が出ることはなくなった。
現在は本人たちの強い希望で屋敷の住み込みの使用人と同じ境遇でヒックス家の屋敷に暮らしている。
流石に貴族である彼女たちを使用人待遇はまずいと家族一同焦ったのだが、貴族の娘たちであるために強く説得もできなかった。
ハーフィンダールの分家も彼女たちがヒックス家に居候することに最初は反対していたものの、剣聖の爺さんが交渉の場に出たこともあって、文句を言えないようであった。
ハーベルには口外はしないようにと魔法を少しずつ教えているが、さすがアルテナ嬢の姉だけあって才能の塊である。
俺が教えたことをスポンジもかくやという速さで吸収していくため、「これが天才か……」とヒックス君を大きく超える才能に内心で戦慄している。
秘密の対価であるとして、彼女は自分の秘密も話した。
まあ、俺が「私にはあなたに何も渡せるものがありません」というため、「それならば」と提案したのだが。
ハーベルは魔人族との混血で、自分はどこの共同体からも歓迎されず、本当はあのまま死んでいた方が賢明であったろう存在と語った。
いや、君がいないとアルテナ嬢が闇堕ちしちゃうからダメだよ。
そもそもハーベルみたいな10歳にしてとんでもない魔性がある少女を喪うって世界的に見ても損失が大きいと思う。
未だにハーベルと親しくしていると代理人の権限を越えた感情を抱きそうになるため、とりわけ意識して自重しなければいけない。
彼女といると「『俺』とは一体何者だ」みたいな問いに耽りそうになる。そういうのはあまり好きじゃない。
何者であるかは、非常に重要ではあるがそれは人生と動的経路の初期値や制約条件である。
観測者であれば、それは極めて重要であるが、その動的経路を辿るのが己ならば、自分がその中でどこに辿り着きたいのか、そのためにどのように振る舞うのかが最も重要であると俺は考える。
そしてアルテナ嬢だが――
「先生、また強くなったか?」
アルテナ嬢に最近『先生』と呼ばれるようになってしまった。なんで?
「その先生っていうのやめようか」
剣姫の先生とか勘弁してほしい。
それでもアルテナ嬢は首を振って真剣な顔で「先生と呼ばせてほしい。それかもしくは師匠か」と答えた。
アルテナ嬢はヒックス家に強く感謝しているらしく、最近はヒックス君パパやママを「旦那様」や「奥方様」などと呼ぶが、二人とも貴族にそう呼ばれて非常に居心地が悪そうだ。
ヒックス君の両親の心労をこれ以上増やさないで欲しい。
「……ちなみに先生や師範がダメなら何と呼べばいいんだ? やっぱり名前か?」
「いや、ヒックスでいいよ」
「……みんなヒックスだろう」
ああ、確かにヒックス家にいてヒックス呼びは変だな。
それじゃあ元勇者パーティにいた頃は確かどう呼ばれていたか。
「『おい』とか『貴様』とかでいいよ」
「……私のこと、嫌いなのか?」
アルテナ嬢は見るからに落ち込んで少し泣きそうになっている。
これはさすがによろしくない。
たとえ将来でヒックス君に暴力を振るう勇者の不愉快な仲間たちの一人とはいえ、今のアルテナ嬢に罪があるわけではない。
「嫌いじゃないよ。こうやって打ち合っていて、アルテナの剣は非常に参考になるし綺麗だから見ていて気持ちがいい」
その言葉に嘘はない。
ただ将来的に先生とか慕ってくれていた女の子が自分を虐げる男に跨っていたらヒックス君の精神が辛いのではないだろうか。
少なくとも俺は悪い意味で複雑な気持ちになりそうだ。
「そ、そうか……ふ、ふん、さて、もう一本行くぞ。このままでは剣聖アレクセイに勝てないぞ」
分かっとるわい。
しかしやはりアルテナ嬢の才能も凄まじい。
ハーバルといい、ハーフィンダール家の血筋は才能にあまりに恵まれている。人間というのはあまりに不平等なものである。
位階の上昇を平均して日に1は上げて、毎日まさに死線を通っているのにその実力差は縮まる一方である。
ヒックス君も間違いなく天才だと思うが、天才にも濃度がある。
最近は寝ても覚めても戦闘や鍛錬ばかりで、さすがに心が荒み始めていた。
剣聖に勝たなくてはいけないし、勇者を倒したい気持ちも確かではあるが、どうしても閉塞感がある。
単調で苦しい生活で心が擦り減っている。
俺には新しい刺激が必要だろう。それに球速も。
しかし昼寝とかぐーたらしていると、アルテナ嬢が眉を寄せてお小言を言うようになってきた。
「先生、休んでいる暇があったら鍛錬をした方がいいんじゃないのか?」
成長したのだから少しはお昼寝をさせてほしい。
ついに昨日には重魔ブルートの最終形態を地竜気で真正面から受け止めることができるようになったのだ。
それに夜の睡眠だけだと体自体は休まっているが、精神的には若干疲れが溜まっていくから、11年後の現在に時間移動しない昼寝は非常に心地よい。
睡眠はいいものだ。
「寝れば寝るだけ強くなるんだよ」
「……信じがたいが先生の言うことだから本当なんだろうな」
おやアルテナ、全肯定ガールになるのはよくないぞ。
自分で考えて判断して行動するくせを付けたほうがいいね。
自分の考えや価値観を大事にして。
「本当に信じがたいが、実際に強くなってるしな」
アルテナ嬢は不可解そうな目で俺を見ながらそう続けた。
ああ、ちゃんと観察して考察しての賛同なのね。
「しかし、先生に剣聖に勝ってもらわなければ、先生の家族に申し訳が立たない」
彼女も自分のせいでヒックス君が剣聖と戦うことになったと責任を感じているらしい。
だから、自分もヒックス君が剣聖に勝てるように支えるつもりであるとして、ヒックス家に居候することに決めたらしい。
ヒックス家に来て早い段階で「先生が剣聖に勝利するために私の全てを捧げよう」とか宣言してきた。
この世界の人間は簡単に全てを捧げ過ぎだぞ。
みんな自分の身をもっと大事にしたほうが良い。
アルテナ嬢の場合は、君のお姉さんも哀しむから『生命大事に』のスタンスでいてくれ。
「何か商売でもしようかな」
昼下がりの簡単な鍛錬後に、道場の一角でぼんやりと最近考えていたことを漏らした。
周りが聞いてないことを祈りながら見回すとアルテナ嬢とハーベル、ラファータがこちらを見ていた。
聞こえておりましたか。
アルテナ嬢は俺と打ち合うから当然いるとして、ハーベルはいつも俺の世話を焼こうとして大体傍にいるし、最近はラファータも結構な頻度で俺とアルテナ嬢の稽古を覗きに来ることが多くなった。
今日はシーフィアもハーベルに手を引かれてついてきていた。
ちなみにシーフィアは師範に教えてもらいながら子ども用の訓練用の剣を振っていた。
うう、あんなに小さい手で素振り頑張っていて、なんと健気なことか。
ヒックス家の姫騎士さんは将来の剣聖になっちゃうかもしれないぞ。
あと、ラファータが来るとアルテナ嬢が「これでもっと本気で打ち込んでもいいな! 先生、全力で迎え撃てよ! 行くぞ!」とかテンションを上げる。
ラファータのことを歩く回復薬とでも思っていそうである。
「商売? そんなことをしている暇があったら剣の鍛錬をするべきだろう?」
アルテナ嬢がそう言ってくるが、すぐに考えるような顔をした。
「いや先生のことだ。何か深い考えがあるのか?」
深い考えなんてないよ。息抜きだよ。
まあ、でも俺の発言を忠犬のように待っているため何かしらアルテナ嬢が納得するようなことを言わなければいけない。
「正直、剣で行き詰まっている気がするんだ」
その言葉自体は嘘ではない。
実際に大樹海での闘争の日々で確かに位階は上昇して、竜気も磨かれた。
アルテナ嬢との鍛錬で剣術も磨かれている。
おかげで俺も七星剣のうち四之剣までは使えるようになった。
しかし、剣聖との隔絶はあまりにも大きい。
自分が剣聖を倒す姿が想像すらまったくできない。
「それで、えーと、他のことも試すことで得るものとあるかなと」
「なぜ商売なんだ?」
問い詰める様子ではなく純粋に疑問に思った顔でアルテナ嬢が追及してくる。
理由としては、ヒックス君を生かすために、ヒックス一家の財産が心の弱い部分を突く悪人に騙されたりしながら使用されているのを放っておけず、商売で金を稼いで少しでも補填しようというのが一番である。
あと一家追放された際の隠し財産にできるかもしれない。
それに商売をしていると、オイコノ子爵の情報だとかも集まりそうである。
まあ、一番の理由は気分転換であるが。
しかし、それではアルテナ嬢は納得しないだろうし、何か彼女が納得する理由を考えなければいけない。
「あー、商人というのは腹の読み合いがとても重要と聞くからね。剣に活かせることもありそうな気がするんだ」
我ながら、それはどうなのだろうか?
「それはどうなんだ?」
ほら、アルテナ嬢も同じ反応を返してきた。
「あと親に、剣聖を倒すための師範とか教本とかで使ってもらった分のお金を稼ぎたい」
「……ふむ」
仕方ないから本来の理由を述べたらアルテナ嬢は考え込むようにしていた。
アルテナ嬢とハーベルは親には正直恵まれなかっただろうから、別の方向性ではあるだろうが、この辺りの感覚が分かりやすいのかもしれない。
「まあ、分かった。実際に私では剣聖どころか、先生にも遠く及ばないから、確かに私とのこれ以上の鍛錬は不足かもしれないな」
「いや、助かってるよ」
アルテナ嬢は俺の言葉に全く反応しないまま続ける。
「……そもそも私が強くなればいいのだ。先生よりも強くなって、剣聖よりも強くなればいいのだ。なんてわかりやすい」
「おーい?」
「先生、私は名案を思い付いた。先生は好きに生きると良い。剣聖のことは心配するな」
「お、おう?」
アルテナ嬢の瞳には若干狂気が宿っている。
どことなく狂気に染まった11年後の剣姫を見ているようで怖いぞ。
「私が先生よりも先に剣聖を切ってしまえばいいんだろう?」
いや、それは無理でしょ。




