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11.過去-代理人の過去改変

 初戦は本当に俺とアルテナ嬢らしい。


 対戦理由は歳が近いからだそうだ。

 あまりに適当が過ぎる。

 同じネコ科だからってイエネコとライオンを戦わせているようなものだ。


「剣鬼の令嬢ってことはあの歳でもめちゃくちゃ強いんだろうな」


「直系のハーフィンダール家のご令嬢は確か二人いるときいたな。これから闘うのは長女か?」


「いや次女らしい。噂だと長女は竜気の鍛錬中に……」


「はあ!? あの歳で竜気の鍛錬だと!? 実の娘になんてことを……」


 近くにいた師範たちの言葉に耳を疑う。

 竜気というのは瀕死に陥って発現するものであり、特に子どもの体で習得するにはあまりに負担が大きい。


 アルテナ嬢はおそらくあの歳――確かヒックス君の3つ上だから8歳――で竜気が使えるようだ。末恐ろしい話である。


 しかし今の他の師範たちの会話が真実ならアルテナ嬢の姉は竜気の修得に失敗したせいで亡くなっているのかもしれない。

 アルテナ嬢の男嫌いは父親が原因である気がしてきた。




 互いに礼をして、場内にてアルテナ嬢の目の前に立つ。


 防具の上で表情はあまり見えないが、それでも威圧感が凄まじいな。


「剣を握るならば、たとえ誰であろうと容赦はしない。私は勝たなければいけないんだ」


 そう告げるアルテナ嬢の声音はヒックス君の記憶にあるような冷たいものではなくて、どこか切実さを感じさせた。


 それは決定的な何かを喪う前であるかのような――何の根拠もないが、そう感じた。


 ふと――誰かが、誰かの救いを求めるような声が聞こえた。


「……?」


 気のせいだろうか。

 それにしては、俺の胸が不自然にざわめくのは何故だろうか。


「――――」


 アルテナ嬢が完全に戦闘状態の精神に入ったのが見て取れた。

 その瞳には既に何の揺らぎもなく、彫刻のような無機質な美と、しなやかな獣のような有機的な美が高次に融合していた。


 ——もしも過去で死んだら現在に移行するだろうか?


 おそらくしないだろう。


 俺は直感的に確信している。

 

 もしかしたら、道化の神が非言語的に俺に説明を加えているのかもしれない。


 とにかく、過去において死は絶対的な死である。

 

 死が絶対的な死なんて、本来は当たり前の話だろうに肌が散りついた。


 集中。




 剣聖の掛け声と共に、試合が始まった。


 息を吐く間もなくアルテナ嬢の鋭い一閃が迫り来た。


 これが、8歳児の太刀筋とは思えない。

 うちの同門の誰よりも鋭いぞ。


 竜気を使わずに勢いをそのまま受け流す。


 まあ、これくらいはね。

 俺だって死に物狂いで死に戻ってここまで辿り着いているんだ。


「……!」


 多少の驚きはあったようだが、彼女は硬直しない。

 幾たびもの鍛錬で染み付いたであろう反射的な動きで、鋭い追撃を連続で放つ。


 俺は紙一重でそれらを躱した。


 ……こっっわ。


 この時点で多分イクスキューショナ並みに強い。

 これに竜気が乗るとかちょっと勘弁して欲しい。


 今の動きだけでも師範たちへのアピールには充分な気がする。

 まぐれと思われるかもしれないが……いや、むしろその方が好都合かな。


 次の一撃で剣を叩き落してもらってアルテナ嬢に勝ってもらおう。


「アルテナ、使え」


「……!」


 アルテナ嬢パパからの不穏なメッセージである。

 まあ、察するに竜気だろうな。

 おい、やめろ。


 ……はい、竜気でした。

 勘弁して。


「一之剣――」



 あっ、あっ……これやばいやつ――



「『疾風』」


 それは風属性竜気を乗せたあまりに鋭い剣の閃きだ。


 何度か見た12年後の『一之剣・疾風』はもう意味が分からない威力だった。

 重魔イノーマシとかアルテナ嬢ならばこの技だけでも倒せたと思う。


 流石にこの年齢ではそこに至る完成度ではなかったが、それでも俺には充分な脅威である。


「な――」


 師範に何を言われるか分からないから使うつもりがなかったのに、思わず水属性の竜気で受け流してしまった。

 竜気だとばれてないといいな。いや、ばれたよな。


 想定通りには進まなかったが仕方ない。

 さっさと降参宣言しよう。


「……二之剣――」


 ……降参させろ!


「『唐紅』」


『二之剣・唐紅』は風と火の複合属性竜気を用いた高威力な指向性のある範囲攻撃だ。


 12年後だと、ダンジョン氾濫――『イナンデーション』が起きた際に朝食女と二人で無双していた際に使っていた技である。


 あの攻撃はもはや剣士の技ではなかった。

 近代兵器よりもお手軽で凶悪だからタチが悪い。


 今も既にその片鱗を見せている。 


 仕方なく、水と地属性の複合属性竜気でやり過ごす。


 屑勇者とブルートに殺されまくってなかったら、もう何回も殺されてるよちくしょう。


 ……確かヒックス君の記憶によれば三之剣は守備型の剣技だったから使ってこないはずだ。


 12年後だと『七星剣』の使い手として知られていたし、あと4つは技があるのだろうが、ヒックス君の記憶にはない。


 単体を一撃で斬り伏せる剣に、広範囲に攻撃できる剣に、防御技があったら、あとは何が必要なのだろうか。


 知らない残り4つに対して身構えるが、アルテナ嬢は息を切らしてこちらを睨むだけだ。


 もしかして、まだ二之剣か、もしくは三之剣までしか実戦では使えない感じだろうか。


 まあ、いいや。


 竜気は見せたくなかったけど、アルテナ嬢がやば過ぎたしお茶を濁せるだろうか……無理かな。

 最初の一撃で負けておくべきだったな。失敗した。


 さすがに相手がアルテナ嬢はヤバ過ぎた。

 剣姫が相手なんてマジで聞いてないから。

 もう二度と戦いたくない。


「降参します! 降参! 降参です! 参った!」


 静まり返った会場に俺の降参の声が良く響いた。


「……ふざけるな小僧! 最後までアルテナと戦え! そうでなければ俺がお前を斬り殺す!」


 アルテナパパが怒声を上げる。

 頭がおかしいのではないだろうか。

 ガンギマリになるおクスリでも嗜んでいらっしゃる?


「アルテナ! この小僧を倒せなかったらハーベルは捨てる! お前が他の全員に勝とうとだ!」


 アルテナはびくりと肩をはねさせ、それから濁った瞳で俺を睨む。涙が枯れ果てた後の、それでも泣き足りない時の瞳であった。


「ハーベル姉さんは殺させない……」


 そう呟くアルテナ嬢の声を聞いてしまった。




 ――くそったれが。




 自分の中で虫食い状態だったパズルのピースがハマって醜悪な絵が組み上がってしまった。

 剣鬼とか呼ばれるクソ野郎への怒りで頭の中が急激に冷えていく。


 もはや敵はアルテナ嬢ではない。茶番はさっさと終わらせよう。


「四之剣――」


「『フラッシュ』! 『ブラックアウト』!」


 構えたアルテナ嬢に目眩ませをして、気絶魔法を唱えた。


 疲労困憊だろうしこれが決まってくれれば良かったのだが、そう簡単に終わってくれないのが幼い剣姫である。


「――『砂鯨』!」


 放たれたのは地面と空気を伝播する無差別衝撃波である。


 ……これも、もはや剣が関係ないだろ。


 というか、俺は良いがヒックス家やラファータ家が巻き込まれるのはまずい。


 ラファータ家族とヒックス家族、ついでに師範のそばに急いで移動し、地属性と風属性の竜気で護りを固める。同質の竜気を干渉させることで攻撃の無力化を図る。


 俺の竜気はその習得の経緯からも自己防衛がメインであり、こうして他者を守るために用いるのは初めてだったが、何とか無傷で皆を守ることができた。


 他の師範とその弟子たちは、まあ、剣聖の弟子とその一番弟子なのだから自力で対処してください。

 

 何人か対処できずに、倒れている。

 俺の手ではそっちまで回らないし、仕方ない。


 そして、アルテナ嬢が倒れた。


 ……これ、俺の勝ちかな。


 さっきから一歩も身じろぎしなかった剣聖の爺さんが声を上げた。


「故意の場外退出によりジョーリ・ヒックスの失格! 勝者アルテナ・ソルファ・ハーフィンダール!」


 あ、俺の負けですか。そうですか。


 剣聖の爺さん、超マイペースだな、おい。

 『四之剣・砂鯨』が直撃しても衣服が汚れただけで、けろっとしている。


 まあ、勝ち負けはどうでもいい……というか負けたほうが良い。天覧試合とか頼まれても嫌である。


 それにしても、剣聖の爺さんがめちゃくちゃギョロギョロした眼で俺を見てくる。

 何ですか? 怖いんですけど。


 ――まあいい。そんなことよりも重要なことがある。


『四之剣・砂鯨』は自爆技のようで、倒れているアルテナ嬢はひどく傷だらけで痛々しい。


 俺はそんなアルテナ嬢に苛立たしげにずかずかと歩み寄る剣鬼ことくそったれ野郎の前に立ちはだかった。


「……どけ小僧」


「嫌だね」


「斬り殺すぞ」


「うるせーよハゲ」


 剣鬼の殺気に満ちた『一之剣・疾風』が迫るが、全力で練り上げた竜気を纏った腕で受け止めた。


「効かねーよクソハゲ!」


「……ちィっ!」


「止まれ」


 剣聖の制止の呼びかけで剣鬼は追撃の手を止めた。


「……浅はかな振る舞い、後悔するぞ小僧」


 そう言って、剣鬼はその場を立ち去った。


 安堵して竜気をほんの少し緩めた瞬間、剣を受け止めた腕から勢いよく血飛沫が吹き上がった。


 いってぇぇぇええっっ!?


 調子に乗りすぎた! 衛生兵ぇぇ!


 再び練り上げた竜気で止血するが完全には止まらない。

 過去で後遺症が残る怪我とか勘弁して欲しい。

 現在でも勘弁して欲しいのに。


 俺の傷を見たラファータが逡巡しながらも意を決した顔で俺に近寄ってきた。

 おそらく癒しの力を使おうとしているのだろう。さすが聖女な幼馴染である。


 しかしこれはまずい。

 こんな衆人環視の中で癒しの力を使えば、一発で聖女認定されてベンチマークである本来の歴史よりもずっと早く離れ離れになってしまう。


 ラファータとヒックス君のフラグがまだ何も立っていないのに物理的距離が空いたら、過去改変が失敗したときのヒックス君の生命的にも、おそらく恋心的にも致命的である。


 仕方なく俺はアルテナ嬢を無事な腕で担ぎ、近寄ったラファータも負傷した腕で抱きしめて風属性竜気で場を離脱する。


 痛いがだいぶ慣れた。いつも死ぬほど痛い思いをしているのだ。


「……痛くないの?」


「めちゃくちゃ痛い」


「だよね……治すね?」


 人影のないところまで来て立ち止まると、ラファータは俺に癒しの力を使ってくれた。


 やはりラファータは自分の癒しの力をもう自覚しているらしい。


 ラファータの手から青緑色の淡い光が溢れるとすぐに痛みが引いていった。

 それどころか傷が消えた。まるで動画を巻き戻したような見事な治療だ。


「ありがとう、助かったよ」


「うん。……あまり驚かないんだね?」


「さっきラファータも僕とこの娘の試合を見て驚いたけど静かだったよね。あれと同じだよ」


「それは絶対に違うと思う」


「こっちの娘のことも治してあげられないかな」


「……うん」


 ラファータの癒しの力でアルテナ嬢の傷も無事に治った。


「本当にありがとうラファータ。でもこの力、あまり使わない方がいいと思うな。本当に助かったんだけどさ」


「そうだね。父さんにもそう言われてる」


「ラファータのお父さんも、ラファータが心配なんだよ」


「……うん」


 さて、アルテナ嬢が目を覚ましたらどう説明するか。

 できればラファータの癒しの力は秘密にしておきたいし、俺がやったことにしておくかな。


 そう思ってアルテナ嬢に目を向ければ、その目は開かれて俺たちを見ていた。


「……えっと、どこから起きてた?」


「……最初からだ」


 ということはラファータが癒しの力を使ったことにも気付いているか。


「ええっと、これは……」


「……話は聞いていた。その娘の力は秘密にしておきたいんだろう」


 随分と物分かりがいいな。

 何か脅迫でもするつもりだろうか。



 しかしアルテナ嬢は衰弱した顔色で、すっかり諦観した瞳をしていた。


「お姉さんのことを考えているのか?」


 そう問い掛ければ、魔物も尻尾を巻いて逃げ出すような睨みを見せた後に、再び力なく俯いた。


「……私が負けたせいで、ハーベル姉さんは父上に殺される」


「……?」


 ラファータは不思議そうな顔をしている。

 ラファータパパとかヒックス君パパみたいな人格的に優れた父親ばかり見ていれば、そういう反応にもなるだろう。

 というか、普通は父親が自分の娘を殺そうとしているなんて中々信じられることじゃないか。


 自分の娘を死ぬ寸前まで追い詰めて竜気を発現させるような男ならやりかねないだろう。

 剣鬼というか鬼畜である。


「アルテナ、君の姉はまだ生きているんだよな?」


「……高価な薬で命を繋いでいる。でも私が父上の命を守れなかったら、もう薬を買わないと……」


 アルテナ嬢は泣き出してしまい、それ以上は続けられなかった。


 ……アルテナ嬢の姉はまだ生きているのか。


 ——なあ、ヒックス君。


 ヒックス君だったら、助ける手段があるなら、子どもが泣いていたら助けるよな。


 命の灯が尽きようとしている子供がいたら助けるよな。


 たとえ将来で自分に酷い目に合わせるやつだとしても、そいつの身内だとしても、助けるよな。


 君は善人だから。


 俺がこれからしようとしていることは君の代理人として間違っていないよな。


 俺は善人ではないけれど。


「……ラファータ、力を貸してくれないか」


「……」


 これは代理人である俺にとって最初の大きな過去改変になるだろう。


 もしかしたら、一番大きな過去改変になったりしてな。


「アルテナ、行こう」


「行くって、どこへ?」


「君のお姉さん、ハーベルを助けよう」


 俺はアルテナに手を差し出した。


 彼女は、呆然とした様子だったが、それでも俺の手を掴んだ。


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