10.過去-幼き剣姫との邂逅
そして交流試合の日を迎えた。
交流試合は剣聖の弟子たちのそれぞれの一番弟子たちによって行われる。
この交流試合の優勝者は天覧試合での剣聖との対戦相手になるらしい。
王族の前で試合だと? 絶対に優勝したくない。12年後がどう変わるか全く予想がつかなくなるし、何よりも平民が変に目立ってもろくなことにならないのは間違いない。
まあ、師範も俺に高みを見てほしいと言っていたわけだし、俺が優勝することは念頭にないだろう。
名高い剣聖の弟子たちだけあって貴族も試合に出ているらしいが、この場では一介の剣士として試合をするというのが不文律で、実際に試合の勝敗で問題が起きたことは表向きないそうだ。
貴族相手であってもそれほど気負わなくて良いのは幸いである。
ちなみにヒックス君の師範は末席の門弟であるそうだ。実際他の師範と比較しても若い。
それもあって他の師範たちを前に腰が低い。
師範の弟子たちはどんなに若くても10代後半で、幼年ヒックス君は非常に浮いていた。なんならヒックス君の師範が交流試合に出ている方が自然だろう。
一番弟子として俺を連れてきた師範は「アレン、お前本気か?」と他の師範に胡乱そうに声をかけられていた。
「まあ、お前みたいな才能も実績もない若造じゃマシな弟子もおらんだろう」という師範もいた。
しかし師範は「この子は天才ですから、世界の広さを見せたいんです」とあっけらかんと答えていた。
どうやら師範の中ではこうした反応は織り込み済みだったらしい。
師範は、実力はともかく度量が大きい。
剣だけでなく、その生き様も師範に相応しい器と思う。
本当のヒックス君なら、この師範の思いに報いようとするだろう。
俺も目立ち過ぎない程度に報いようとしよう。
「歳の割には相当やるな」となる程度で。
すまんが師範、それ以上は期待するな。
しかし、こうした目算は大きく覆される。
俺と同年代の試合出場者がいたのだ。
しかも女の子である。
その顔を見て、思わず顔が引きつった。
「なんで娘っこが? もしかして試合に出るのか? 誰の弟子だよ……」
「バカ、ジーク卿の御息女だよ」
「げっ……剣鬼の……大変失礼した」
師範たちは最初こそその少女を訝しんだが、その出自を知るや納得し、それ以上の言及をすることはなかった。剣鬼という存在に睨まれたくないのだろう。
その少女は、剣鬼の娘。
師範たちにとっては、この少女への肩書はそれだけなのだろう。
しかし、12年後を知る俺は違う。
一房に束ねられた黒髪が美しい流線を描くように揺れた。
静かな所作で佇みながらも、強い意志の浮かぶ紅い瞳で周囲を睥睨する。
剣姫アルテナ。
12年後における勇者パーティの筆頭剣士である。
白兵戦ならば勇者よりも強いとされ、まさに規格外のバケモノである。
「師範、お腹痛いんで帰っていいですか?」
「おいおいここまできて冗談やめろよ……あれ、まじで顔色悪いぞ」
ここでアルテナ嬢と妙な因縁ができて12年後の現在に大きな影響が出たりしないか不安である。
このアルテナ嬢、勇者パーティの中でも凶暴な性質であり、とびきりの男嫌いである。
アルテナ嬢にはヒックス君が何度も目の敵にされたのを代理人として追体験した。
『この程度の実力で勇者様と私たちの冒険について来るとは傲慢にも程があるな。鍛錬ついでに鍛えてやろう』
そう言ってヒックス君を徹底的に痛めつけていることもあった。
『魔物に惨たらしく殺されるよりも私が今ここでお前を斬り捨ててやろうか。弱さは罪だ。弱いから奪われるんだ』
ラファータが癒せるからと本当に死ぬ寸前まで痛め付けた挙句に吐いた言葉がこれである。
普段の振る舞いは屑勇者にでも不愛想なことが多かったが、ヒックス君を痛ぶる時は少しだけ笑みを浮かべていたのが印象である。
嗜虐心が強過ぎる。
しかしそんな不愛想でも屑勇者には腰を振るという。
やはり顔か。
屑勇者はとんでもない屑だが顔は良いからな。
屑勇者もよくこんな凶暴な女を抱けるな。
猛獣と同衾するようなものだろ。
外見が良ければ気にしないというのか。やはり屑でも勇者か。
とにかくこの剣姫アルテナは悪辣な女なのである。
俺は思わずアルテナ嬢を睨み付けた。
おいお前、屑勇者を棚に上げて善人ヒックス君をゴミ屑扱いしたことを俺は許してねえからな。
強さが全てみたいな価値観しやがって、野生動物かよ。蛮族ガールが。
俺の睨みにアルテナ嬢は一切怯まずに視線だけで殺せそうなほど睨んできた。
こっわっ。
近くにいたラファータとシーフィアを見て、心の安定をはかる。
「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」
「……すごく顔色が悪いよ?」
ラファータもシーフィアも顔色を悪くした俺に心配そうな顔で優しい言葉をかけてくれる。
無垢な優しさが心にしみる。
「おい」
アルテナ嬢が俺に声をかけてきた。
なんだよ、もう。
睨んだからか? 睨んですみませんでした。
「はい」
「最初の試合は私とお前だそうだ。死にたくないなら、さっさと降参しろ」
嘘だろ、お前。
「そうします」
本当にそうしたい。
しかしアルテナ嬢は苛立った顔をした。
「バカにしているのか?」
そっちから提案してきたのに同意したら怒るとかどういうことだ。
情緒不安定かよ。
……情緒か。
12年後のアルテナ嬢はくそったれ勇者とその不愉快な仲間たちにも不愛想で無表情であった。
こうして負の感情を出すことすら皆無と言ってよかった。
敵を顔色も変えずに切り殺して、どんな危険にも自分が死ぬことも考えていないように突撃していくような蛮族だった。
その姿はまるで死に場所を探しているようにも見えたくらいであった。
まあ、屑勇者とベッドで一緒の時はさすがにもう少し表情を出していたとは思う。
さすがにヒックス君の記憶にもないから知らんけど。
善良ヒックス君が覗きなんてするわけないしな。
「おい、無視をするな」
哀れなヒックス君の記憶を思い浮かべていたらアルテナ嬢が更に語気を強めて詰め寄ってきた。
「お、お兄ちゃんからはなれて!」
天使シーフィアが、健気にも俺とアルテナ嬢の間に割り込もうとしてきた。
4歳の女の子なんて、年上が脅してきたら絶対に怖いのに、兄のために献身を見せるなんて、あまりに健気が過ぎる。
俺、絶対にシーフィアを幸せにしなければいけない。
オイコノ子爵が毒牙にかけようとしたら、首を切られても喉元に噛み付いてやる。
「……」
アルテナ嬢がシーフィアを強く睨む。
「ひぅ……!」
「おい、シーフィアを睨むなよ。お前の相手は俺だぞ」
思わず俺も語気を強めてそう告げて、アルテナ嬢を睨む。
「……ふん、お前みたいな背負ってないやつに私は負けない」
はあ? 俺はヒックス君の命を背負っているが?
ここにいるシーフィアも、ヒックスの家族の幸せな未来も、あと道化の神が不吉なことを言っていたラファータの運命も背負っている。
「貴族様ですから家名を背負ってらっしゃるんですかね」
貴族に皮肉を言うのは殺してくださいといわんばかりの愚行であるが、この場ならばこれくらいはぎりぎり許されるだろう。許せ。許してくれないと困る。
しかし、アルテナ嬢は眉一つ動かさずに否定した。
「大切な人の命だ」
おう?
「家名だと? そんなものはどうでもいい。私はただ……」
そこまで言って、アルテナ嬢は口を噤んだ。
「後は剣で語るだけだ。お遊びの剣は期待するな」
そう捨て台詞を吐いてアルテナ嬢は離れていった。
何だか意味深だったな。
「うぅ……」
アルテナ嬢がその場からいなくなって緊張の糸が解けたのか、シーフィアはぺたりと座りながら泣き始めてしまった。
4歳の女の子ならば年上に睨まれただけでも怖いのに、相手はあのアルテナ嬢ならば当然である。
泣かないでくれシーフィア、さっき本当にはありがとう。
屑勇者なんかよりも遥かに勇者だったぞ。
比較するのも悪いくらいだ。
そうしてラファータと二人でシーフィアをあやして泣き止ませた後、ラファータは心配そうな顔をした。
「あの娘と戦って大丈夫なの? どうみても強そうだし、手加減してくれなさそう……」
「大丈夫だよ。勝って……いや勝つのは無理でも健闘してみせるさ」
勝ったら勝ったで、非常に面倒くさいことになりそうだからな。
お陰であまり締まらない返事になってしまった。
「……何だかあの娘、追い詰められているみたいだったね」
ラファータの言葉に同意する。
先ほどのアルテナ嬢の深刻そうな顔がひどく印象に残っていた。
あんな辛そうな顔は子どもがしていい表情じゃないだろうよ。
やはりこの交流試合は、波乱なしというわけにはいかなそうだ。




