1 不毛な恋をしています
初投稿です。記念に大好きな作品『高慢と偏見』の姉妹のお名前をおこがましくもお借りしました。
内容は、全然違います・・・
ここはスターレイ伯爵家の次女 エリザベスの部屋。
就寝の準備も済み侍女を下がらせた後、エリザベスは一人文机に向かいながら物思いに耽っていた。
私は不毛な恋をしている。
絶対に叶うはずのない想いに何を無駄なことをとわかっているのだけれど、早く婚約者を決めなさいと両親がヤキモキしていることも十分にわかっているんだけれど。
心が、魂が、彼以外を受け付けないのだから仕方がない・・・。
会わないようにすれば気持ちも離れていく可能性もあるのだが、彼は私の家庭教師を請け負っていて週に3回、何時間も顔を合わす・・・
そのたびにドキドキして、そのドキドキを隠すのに一生懸命で勉強が身に入らない。
おバカだと思われたくないので、結局夜中まで復讐と予習で時間を使い、彼を思う時間を減らそうと努力する。
そんな事をしていれば他の男性と出会うチャンスなどあろうはずもなく(彼はスパルタ学習法を採用しており、勉強内容がとんでもなく多いのだ)
また、彼がやってきてドキドキして、後悔して、ドキドキして、後悔して・・・
・・・不毛だ・・・悲しすぎる。
なんとかこの負の連鎖を断ち切るために、便箋を取り出すと彼の諦めポイントを書き出してみることにした。
≪彼をあきらめるべき理由リスト≫
1.10歳年上 (そこが大人っぽくて良い)
2.指導が厳しすぎてついていけない (彼自身が優秀なので仕方がないのかも)
3.イケメン過ぎて釣り合わないる
4・侯爵である
5・私のことを妹と思っている
6.姉ジェインの婚約者
ポタっと涙が便箋に落ちた・・・
わかってる、わかってるはずなのに、自分で書いておいて自分で傷つくなんてバカみたい。
でも涙は勝手に目から出てくるし、私が一人でいられる時間なんてこの寝る前の短い時間・・・
いつも侍女やメイドがそばにいるし、外出すれば護衛が必ずつけられる。泣けるときに泣いておかないと、心が壊れてしまう。
そう甘いことを考えなら水差しでハンカチを濡らし瞼の上に乗せた。
明日は彼が勉強を教えに来る日だ、泣き顔なんか見せて気持ちを表すわけにはいかない。
大好きなジェインお姉様、伯爵家の長女として美貌と才能を神様から与えられ、それなのに驕ることなく皆に平等に優しいお姉さま。
そんなお姉様が大好きで、彼と間違いなくお似合いで・・・
だからこそ不毛な恋とわかっているのに、なぜ私はこの想いを止められないのだろう。
便箋を裏返し、ハンカチを持ったまま、ボフッとベットに突っ伏すと彼と初めて会った日のことを思い出した。
私が8歳の時、18歳の大好きなジェインお姉様が婚約すると聞いてびっくりした。
ジェインお姉様は、小さいころからいつも教会や貧窮院のお手伝いに行ったり資金集めのサロンを開き、
大人顔負けの活動家として慈善事業に熱心で、男なんかって感じだったから、結婚なんてまだまだ先の事だろうと思っていました。
もちろん両親は大喜びで、使用人達にもシャンパンが振舞われ大祝福。
まぁ、それは仕方がないことだと思う。
18歳までにはせめて婚約者がいないと貴族としては『問題があるご令嬢』と世間に思われかねないと再三心配していたし。
自分たちが珍しい恋愛結婚だったから、娘たちにもできるだけ愛を育める人を見つけてほしいと、意見を尊重しようとしてくれる父でしたがやはり後継者は必要だろうし心配だったのだろう。
ちなみに男の方は貴族であっても成人していても婚約してない人も沢山おり、跡継ぎの必要性がない限りはなんとも思われないのだとか、理不尽な世界だ・・・
ジェインお姉様が婚約者として連れてきたレイノルド様はダンジェル公爵家の次男でジェインお姉様と同じ歳。
眉目秀麗、文武両道、非の打ちどころのない方で母などは『ジェインは面食いだったのねぇ。』と初めてレイノルド様に対面したときに言っていたようです。
言っていたよう、というのは私もその場に居たのですが、レイノルド様を見た途端、脳が一切の仕事を放棄してしまい侍女曰く、
『お嬢様は真っ赤になって口を半開きにして固まっておいででした。なんとも間抜っ・・いえっっご病気かと心配いたしましたわ。』
という状態で、今思えば恥ずかしすぎて死ねる初対面。あぁぁぁ消えてしまいたい。
でも、でも!!レイノルド様の漆黒を思わせる黒い髪に深海を思わせるブルーの瞳、この国の正装である軍服を完璧に着こなした鍛えられ引き締まっていることが容易に想像できる身体。
耳元でささやかれたら絶対に腰が砕ける(実際 勉強中にささやかれ何度とろけそうになったことか)低くて優しいお声。レイノルド様のお姿を初めて見た女性が平気でいることなんて不可能だと思う。
両親の大歓迎を受けて、そのまま夕食を共にしたのですが、食事の席ではやっぱりというか当然というか両親の質問の集中砲火がレイノルド様に向かいました。
父とは持参金や爵位継承などは既に話し合い済みと思われますが、母としては初顔合わせ。
聞きたいことが止まらないのだ。
「貴族同志の出会いが教会なんて本当に珍しい事かと思いますが、レイノルド様は慈善事業にご興味がおありなのですか?」
「私は騎士として王宮に努めておりますが、ジェイン嬢の慈善事業への取り組みは王宮でも話題になっており
ます。
聡明でお美しいと評判のジェイン嬢を一目見ようと教会に足を運んだところ、町の人と混じって一生懸命働くジェイン嬢をお見かけして・・・一目ぼれでした。
お恥ずかしながらジェイン嬢とお話をするまで、孤児たちの支援や貧窮院の現状など深く知りませんで、お話していても大変勉強になることばかりで。
それから、時間が空けばジェイン嬢のお手伝いをさせていただいていたのです。
本来ならば伯爵を通してからご挨拶すべき所を本当に申し訳ありませんでした。」
「まぁ、ジェインに会うために教会へ?確かにジェインはお茶会や夜会より教会にいることが多いですものね。
いつも心配していたのですよ、護衛をつけているとはいえ平民の中に混じって危ないことはないのかと・・・
でも、レイノルド様ほどの強い騎士様がそばにいてくださったのなら安心ですわ。」
婚約者が決まった安堵でうっすら涙をためながら話す母に安心させるように姉は言う。
「レイノルド様は婚約しても教会や貧窮院のお手伝いは続けて構わないとおっしゃってくださったの。
それどころか孤児院へ多額の寄付もしてくださったのよ。
私らしく過ごすことを許してくださるレイノルド様と婚約できて私はとても幸せですわ。」
「ジェインが幸せなことが一番ですものね。
母として本当に嬉しいわ。あとの心配事はエリザベスだけねぇ。
まだ8歳とはいえ、エリザベスはのんびり屋さんだから、少しづつでも進めておかないといけないわね。
マナーの先生は今までの先生で十分ですけど、学問のほうはもう少し頑張らないと未来の旦那様が困ったときにお助けできないでしょう?」
それを聞いてやっと落ち着いてきていた私は、またもや真っ赤になって下を向く事しか出来なくなってしまった。
我が国は戦争が長く続いた時代があり、他の国の貴族と違って夫婦で領地を守ろうという気概が強い。
妻は知識を持って夫を支え、戦時でも領地を守れるよう帝王学から経営学、農学まで学ぶ。
家庭教師などを雇って本格的な勉強をすることも多々あり、知能も嫁選びの大事な基準とされているのだ。
エリザベスお姉様の家庭教師は優秀な方でしたが、結婚を機に引退してしまい、それでも優秀なエリザベスお姉様は独学で十分研鑽できているようです。
それに比べて、私は母に心配されるほどの勉強嫌い。
お姉様と違って取り柄のない自分にただでさえコンプレックスなのに、お姉様とレイノルド様の前で言われてしまうなんて・・・
「基礎学問でよろしければ私がお教えしましょうか?」
レイノルド様がなんでもない事のように、そうおっしゃるので私は思わず、顔を上げてレイノルド様を見つめてしまった。
「そんなっ、公務にお忙しい中そんな御足労をお願いするわけにはいきません。妻の戯言はお聞き流しください」
慌てた様子で断る父にレイノルズ様は微笑みながらおっしゃられる。
「いえ、エリザベス嬢は私の大事な義妹になる方です。週に何時間かの時間を割くのはそう大変な事ではありません。
それにこの年齢から基礎学問をしっかり学んでおけば、どこの貴族と結婚しても夫をしっかり支え領地を盛り立てる良き伴侶となれるでしょう。
こう言っては何ですがダンジェル侯爵家の私が指導したとなれば、結婚市場で有利になるのではないでしょうか?」
領地を盛り立てる。
結婚市場に有利。
これを聞いて嬉しくない父母はいないだろう、結局なんだかんだ言ってレイノルド様は私の家庭教師としてうちに通うようになったのです。
★ ★ ★ ★
それから6年、私は14歳になっていた。
基礎学力だけのお願いだったはずのレイノルド様の家庭教師もなんだかんだで、相当難しい分野にまで入ってきている。
領地経営から科学に歴史、どんどん詳細に実地も絡めて指導して下さっている。
さすがにここまで深く指導してくれる他の先生はおらず、学校に入るにしても私の勉強が進みすぎてて年齢と学年が合わなすぎるようだ。
勉強自体をやめるか独学にすればいいんだけど、レイノルド様は『学問の探求をやめてはいけません』と両親を説得するし、なんだかんだいって私もレイノルド様に会いたいから何も言えず。
本当に自分に甘い。
ここは我が家の図書室兼学習室、テーブルにはレイノルド様お手製の課題プリントが出されているのだが、私は昨日の夜眠れなかったせいか、レイノルド様が近くに座られるので全く集中できないでいる。
いつも思うのだが、レイノルド様は距離感が近すぎな気がする。
課題プリントを解くのを見るのに、膝がくっつくんじゃないかと思うぐらい近くに椅子を寄せてくる。
「今日は全然集中出来てないようですね。何かありましたか?」
ちょっと困ったように、でも心配そうに私の顔を覗き込むレイノルド様。
「 申し訳ありません。何でもないんです。」
「 集中してないときに続けても身になりませんね・・・今日は天気もいいし、軽く散歩に行きましょうか。淑女たるもの、夜会などで姿勢よく華麗にダンスを踊るには体力も重要ですからね。」
軽い散歩と言っても、レイノルド様の軽いは全然軽くないことを私は知っている。
前回もちょっと庭を走りましょうかと言いながら、ダッシュ100本ノックさせられた。
「いえっ、元気です。すっかりやる気になりました!!」
慌てて、取り組もうと机にがぶりよる私からプリントを取り上げるレイノルド様。
「お散歩、行きましょうね。」
顔を極限まで近づけてきて、にっこりされるレイノルド様。
くっそー私が、この顔に弱いってことを解ったうえでの確信犯め・・・
婚約者がいるくせに、この距離感はいけないだろうに。
というか私が女と思われないだけだけど・・・あっまた悲しくなってきた・・・
因みに私の心の声がまったく令嬢らしくないのはジェインお姉様の影響である。
お姉様は小さいころから下町によく行かれていたし、それに私だけにはこっそり教えてくれたのだが、お姉様は『転生者』という者らしく、前世の記憶があるらしい。
前世では平民だったらしく、その時の言葉遣いだそうで、二人だけの時は言葉遣いがとても悪い。
勿論、両親や他の人の前では令嬢らしく振舞わなければならないけれども、
忌憚なく話すお姉様に憧れて私もお姉様と数人の心許す人の前ではこんな話し方をしているのだ。