火蓋の上下 32~フランス軍撤退
彼らは二つの墓を囲む様にモリンガの種を撒いた。
『いつか実をつけ、二人が蘇った時には召し上がってくれるといいですね。』
一人のフラミンガ兵がポツリとつぶやいた。
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フランス兵の撤退を待ったファルは、マンサの家の壁板の隙間から通りを覗き、それを待ち望んだ。
辺りは朝のモヤっとした沈んだ霧と、キラキラとした眩しい光に包まれていた。
しばらくして地面の霧が晴れると、宮殿の方角からザワザワと足音が聞こえた。
(来た!)
東から西に向かうその列は二列の長い影を先頭に、真っすぐにこちらに向かって行進して来た。
(あんなに綺麗に並んでくるというのは撤退に間違いないな。民家に見向きもしない。)
フランス兵はマンサの家の前まで来ると家畜の死骸を避けながら、列を大蛇の様にうねらせた。
しかしその肩はがっくりと落としているように、ファルの目には映った。
一行が前を通り過ぎしばらくすると、あの通訳に繋がれたディオマンシがヨタヨタと歩いて来た。
(あッ!!ディオマンシ!!)
ファルはサッと身を竦めた。
(なぜだ?!)
もう一度ゆっくりと外を覗くと、後ろから50余の兵がこの二人を見張る様に歩いて来た。
(なぜ?なぜ殺らなかった、、)
フランス軍がカジュの酒を欲しがっているとは、この時のファルはまだ知らなかった。
それゆえ、ディオマンシの命を残したまま連れ戻るというのはファルにとっては想定外の理解の出来ない事であった。
行軍が行き過ぎると、ファルは表に出た。
ファルはフランス軍の遥か後ろを民家に隠れ隠れついて行った。
(最後まで見届けねばな。本当に帰るのか。)
西の山の麓まで来ると一行は一時の休息を取った。
『お前らはこっちに来るんじゃないよ! もっと離れて!離れてぇ!』
ディオマンシとワリの近くにいた3人の兵が叫んだ。
『休息と言われても、食べ物すらないではないか。』
『あったとしても、疫病? 口にできんしな、、』
『で、今からこの山を登るというのか、、』
『一番肥えて、腹の空いてないのは、あのディオマンシとかいう奴だけではないか?』
3人はディオマンシの方を睨んだ。
その後フランス軍は一人、また一人と麓から消え去り、小高い山の密林の奥深くへと残らず入って行った。
(帰ったな。さらば、フランス軍! さらば!ディオマンシ!)
ファルはしばらく、その山を眺めた。
(しかし、ディオマンシの足でこの山を越えることができるのか?)




