火蓋の上下 30~通訳 ワリ
『なぜだ?誰もおらん。また謀られたか?』
フランス兵達は一軒一軒虱潰しに民家を襲おうとしたが、またしてももぬけの殻だった。
『逃げたのか?』
兵達はランプに鯨油を継ぎ足した。
『ん、あそこに誰かいるぞ。あの民家の床下。』
『ガキか?』
兵はゆっくりとそこに向かった。
『おい、お前こんな暗いうちに何をしておる?』
その少年はただワナワナと震え、膝を抱えて座っていた。
『ワリ、聞け!ここの部落の人間はどこに行ったか。』
ワリはその少年に尋ね聞きながら、3歩、4歩と後退りした。
『おいおい、ワリ。どうした?』
『あ、あ、あ、こいつら病にかかって、、おります。』
『なにぃ?!』
兵はそうっと少年に近づくと、身体中くまなくランプを照らした。
『う、血痕。』
兵も後退りを始めた。
『なんだ、この血は?顔にも身体にも!』
ワリは少年に聞いた。
『たった今、病で亡くなった爺様を、村はずれの草むらに捨てに行ってきた帰りであります。
その時に沢山の血が身体に付いてしまったのです。皆、咳き込んで口から血を吐き高い熱を出して死んでいきました。体の至る所に黄疸も、、』
『もういい!やめな!』
そこまで聞いたワリはそのままを兵に伝えた。
ゴホ!コホ!ゴゴ、ゴホ!
『おい!小僧!咳を飛ばすんじゃない! 近寄るな!』
『すぐに報せろ!バスチア殿に!ここは危険だ!!』
少し白んできた夜明け前。
辺りを見回すと、湿った地面の上に多くの家畜の死骸が横たわっていた。
兵らは騒然となり、意味もなくパタパタと軍服を叩いた。
『何か付いてなければよいが、、』
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『ワリ、この王に聞け。お前はカジュの酒を造った事があるか?と。』
バスチアは思った。
もうこの村の家畜や酒は口にする事はできないと。
食糧部隊を待たずに出発したのも少し後悔したが、この村の多くの民が亡くなってしまったのなら、二度とカジュ酒は手に入らないと考えた。
『カジュとやらの酒、お造りになることができますか?』
ワリはバスチアの言う通りにディオマンシに聞いた。
『わしは、造れん。そんな酒造りなぞやる身分ではないわ!』
『そのお答えでよろしいでしょうか?』
『なにがだ?』
『酒が造れないとあらば、用無しということで、この場でお命は無いものと。』
ワリはバスチアの腰の銃を見て言った。
『あ、ん、お、、、造り方は、、知っておると伝えてくれ。』
ディオマンシはワリから目を背けた。
『わかりました。』
『バスチア殿。この王は己のことを酒造りの達人だと申しております。子供の頃から酒造りに勤しんで来たと。』
『わかった。』
バスチアはニコリとした。
『連れて帰る。』
『バスチア殿、こいつももしや、病にかかっては?』
一人の兵が心配そうに尋ねた。
『かまわん! ワリ! お前が小奴を縛って連れて行け! わしらは近づかん。』




