火蓋の上下 28~王は誰だ
20の兵は取り囲んだ。
ドカドカと靴音を鳴らして入って来るフランス兵になすすべもない王は、椅子から立ち上がる事すら出来なかった。
バスチアは両腕を後ろに組み、背筋をピンと伸ばした。
そして、椅子に深々と腰掛けた王の周りをコツコツとゆっくり一周し、目で舐め回した。
『おう、おう、その水色の石はなんだ? トルコ石か? 派手の上塗りの様な首飾り。
して、これは?』
バスチアは王の前で少し屈むと腰蓑をさすった。
『ライオンのタテガミか? この辺りにはおらん代物だな。はて、これもご丁寧に。』
と言うと今度は冠の羽を一本引っこ抜いた。
『まさしくジョラの王でございますな。』
一人の兵が相槌を打った。
バスチアは葉巻にスッと火を点けた。点けたばかりの火が目に染みたのか、しばらく目を瞑った。
目を開けると、煙の向こうに、言葉の通じない恐怖に晒された王が椅子の肘掛をキツく握り締め、ワナワナと震えているのが見えた。
(なぜだ!)
縛られたまま連れて来られたドルンは目を丸くした。
その椅子に座っていたのは、ファルではなく、腰紐を解かれたディオマンシであったのだ。
『さて、如何いたしましょうか?』
バスチアはもう一度ディオマンシの前に腰を落とすと目の高さを揃え、ジッとその目に笑みをくれ、葉巻の煙を吹きかけた。
ディオマンシは目を背け「わしは王ではない!」と声に出したものの全く通じなかった。
『では、』
バスチアは葉巻を咥えたまま、右手を下ろすと腰からガチャと銃を抜いた。
そして抜いた右手をゆっくりと上げ、ディオマンシの眉間に照準を合わせた。
バスチアの人差し指が引鉄に掛かった時であった。
ドカドカ!ドカドカ!
扉の前の階段を駆け上がる何足もの軍靴の音が響いた。
『バスチア殿!!大変であります!』
バスチアは銃をそのままに後ろを振り向いた。
『なんだ!?どうした?!!』
『大変であります!なにやらこの辺り一帯は疫病に冒されているようであります!!』
『なにぃ~!!なぜわかる?!』
『民家には人っ子一人おらず、ただ、血塗られた小僧が一人、遺体を捨ててきたばかりだと! しかもこの近くにはやたらに家畜が死んでおります!』
『ワリ、本当か?!』
『はい、少年が、うずくまって震えながらそう申しておりました。』
『ウぇ!もしや?!このガキも?!』
ドルンを繋いだロープを持っていた大柄な兵が身じろぎ、一瞬手を離した。
(今だ!)
ドルンは見逃さなかった。
ロープを波打つ様に引きづると、フランス兵のいない裏手の扉を肩でボンと開け、一目散に外に飛び出した。
フランス兵は誰も銃を弾けなかった。




