火蓋の上下 26~ドルンの汗
『しばれ!』
バスチアはワリに目をやった。
ワリはそばにいた兵からロープを受け取った。
『丁度良い所にお出ましだったな。坊や。こんな夜更けに何をしておった?』
ワリがドルンを後ろ手にきつく縛りながら、その言葉をそのまま伝えた。
(訛りはあるが、こいつはジョラの言の葉が通じる。)
ドルンは自分の一言が何か事を起こすのではないかと、瞬時にだんまりを決め込んだ。
食い込んだ縄の痛みにさえ、声を上げることはなかったが、
その褐色の背骨には、一筋の汗が月の光に揺れながら後ろ手までキラと流れた。
(くっそー!)
『何も言わんか。まあ良い。王の居場所に案内せい。お前のおかげで探さずにすんだわい。』
ワリがバスチアの言葉を伝えた。
首だけでコクリと頷いたドルンの顎からは、ポタリと水滴が落ちた。
ハラはフランス兵の多さに、近寄る事すら出来なかった。
(ちっくしょー!)
意を決したハラは、ファルのいる宮殿に急いだ。
(仕方がない。早く伝えねばやって来てしまう。ごめんよ。ドルン!)
ドルンの背中を照らしていた月は、西の山に少しずつ溶け、半分を残すだけとなった。
辺りは徐々に黒い空気に包まれていった。
『とにかく、王をひっ捕らえて殺ってしまえば、それで事は済む。王が屈したとあればこの村も屈したと同じ。手っ取り早い。あとはジョラを一人一人しょっ引いて連れて帰る。よいか、ここからはランプを消せ。速やかに王の宮殿とやらに飛び込む。
夜が明けぬうちに王の居場所まで進み、誰にも気づかれぬうちに奇襲する。』
フランス兵達は、暗闇に沈んだこの村がもぬけの殻だと知る余地もなく、ただ寝静まっているだけだと思いながら行軍していた。
ドルンは時間稼ぎに、来た道より大きく迂回して道を案内した。
放ってきたヤギや鶏も、見つかったらこいつらの口に収まるかと思うとそれも癪に障った。
『バスチア殿。そろそろ近いようであります。小奴がそう言っております。』
『よし!もう王は捕らえたようなもんだ。奇襲は30で行く! 残りは民家を荒らせ!食糧もだ!』
奇襲の30人は銃剣の引鉄に指を掛け歩を進めた。
ドルンの迂回は東の空を少しだけ橙色に染めたようであった。




