火蓋の上下 21~レノーという英雄
『補給兵は皆撤退した!もうここには私一人だけだ!』
この宮殿の中に敵はもういない事を願いながらアゾは叫んだ。
話が終わると、レノーはゆっくりと両手を上げた。アゾもそれに倣い手を上げた。
無抵抗の証だった。
『ニジェ様、今ならこの弓矢で一突き。」
『待て、いくらフランス兵の言葉といえアゾがそう言ってるんだ。』
『しかし相手は敵。フランスですぞ。』
『俺が下りる。お前らは待っておれ。何か事が起こったら頼んだぞ。』
そう言うとニジェは天井の穴の縁を掴み、ヒョイとぶら下がった。
『本当だな!アゾの兄貴!』
『あっ!マタ!』
アゾは声を上げた。
ヒョイ!
ニジェは鉄棒さながらに倒れているフランス兵の上に飛び降り、背負っていた弓をレノーと同じ様に放った。
『説明してくれ!他にはおらんのだな!本当の事を言ってもこのフランス兵には言葉は通じないだろ?』
『ああ。補給隊はこのレノー隊長が戻らせたよ。今さっきだよ。』
『隊長?で兄貴は何をしておる?』
『フランスの通訳だ。二年の間に覚えた。』
『あッ、まず手を下ろしてくれ。隊長にも伝えて。』
『ワリも生きている。この先の先頭部隊の通訳として。』
『おー!ワリの兄貴も!』
『マタ、長々話すとレノーが疑う。ここはここでの解決を。』
そう言ってアゾは今度はレノーに向かって話し出した。
『レノー殿、こいつらは貴方たちが殺害し奴隷にしたマンディンカの民の連中です。私の仲間であります。彼らはこの乗り込んできたフランス軍に致し方なく矢を向けたのだと申しております。』
『マンディンカの!、、そうか、、ならばこの殺戮はやむおえない所であろう。私はフランス人だが、いつ時もカザマンスの奴隷化や植民地化に反対をしてきた身。しかし君たちにとってはただの憎き敵、、、私は今ここに一人だ。私が無抵抗のまま帰るのも、持って来た食糧や武器を君達に差し上げるのも、何をやっても自由だ。全て使いなさい。置いていく。』
レノーの言った言葉をアゾはそのままマタ(ニジェ)に伝えた。
『マタ。それで良いか?』
『わかった。、、天井裏に皆いる。表にも。今下ろさせるから、レノー殿に驚かれぬ様伝えてくれ。』
ニジェは人差し指と親指を口に入れ
ヒューイと口笛を吹いた。
すると、屋根裏から子カマキリ達がズルズルと降りて来た。
『おー!無事だったか!アゾ!』
皆はアゾを取り囲み肩を叩き合って喜んだ。
アゾは久しぶりに笑った。
『では、私は戻るぞ。アゾ、お前はここに残れ。皆と仲良く。』
『よろしいのですか!レノー殿!ありがとうございます‼』
レノーは肉の山から、放った銃を戻すと軍服のポケットに押し込んだ。
『アゾ、ありがとう。元気で。』
レノーは宮殿の門まで歩いた所でこちらを振り向きベレー帽を取った。そしてその手を胸に当てると、目の前に広がったフランス兵の残骸に一礼した。
『あッ!ガーラ!その兵は撃つんじゃない!』
ニジェは外で張っていたガーラに大声で叫んだ。
しかし、時は遅し。レノーはガーラの弓に倒れた。




