火蓋の上下 19~補給隊長レノー
『雲ではないな?』
『この宮殿からのようであります。』
宮殿から立ち昇る細く長い黒煙が、丸い月の片側だけ曇らせていた。
『火事でありましょうか?それとも?』
『いや、火事なら少なからず我が部隊が表にもいるはず。声もしない。用心だ。銃を持て。構えていろ。』
フランス補給班20人は銃を手に取り、辺りを見回しながら宮殿に向かって前進した。
『ただの火ではない異臭、、』
まだ門には数十メートルの距離があったが、鼻をつく臭いが辺りを覆っていた。
兵は利き手に銃、空いた手で鼻と口をおさえた。
『入るか?』
フランス兵はレノーという隊長を先頭に門をくぐった。
『わあぁ‼』
思わず一人の兵が奇声を上げた。
『静かに!』
月の光に浮き出たのは、門から宮殿までズラと折り重なって倒れている自軍の兵だった。
(なんだこれは。矢だ、矢が刺さっている。真っ黒だ。どういうことだ? 今起きたばかりだ。ジョラの仕業か?)
『身軽に!』
レノーは全ての兵に荷物を下ろせと命じた。
兵達は背負っていた補給用の食糧や武器をその場に静かに置き、お互いに背を向け輪をつくった。そして四方八方に銃で威嚇のポーズをとった。しかしその足は轢いたレンズ豆を炒っているかのようにガタガタと震えていた。
『危ない。一旦出よう。まだ、どこかに潜んでいるぞ。』
ザッザッザッ
兵はその輪を保ちながらゆっくりと門を出た。
『レノー殿、どういたしましょう?』
『きっと、中にまだいる。扉が崩れていた。そして煙。惨状は中だ。先頭補給はもっといたはず。』
『ここを避けてバスチア部隊に向かうのも道なき道。私達はこの先の事は何も聞いてはおりません。迷うのは、、』
『間違いないな。』
泥が顔に付いた兵は、恐怖と不安で目の下に水溜まりをつくった。
溢れた水は頬をつたった。
レノーはしばし考えた。
『よし!お前ら元来た道を帰れ!ここは俺の責任において補給を先頭部隊に渡す。』
『はっ?』
『怖いだろ?さっきからお前の銃が揺れておる。俺はお前達を死なせたくない。帰れ!』
『よ、よ、よろしいんですか?』
『上官の命令だ!引き揚げろ!』
『しかし、、』
『おっと、アゾ!お前は残れ。手伝ってもらう。』
『えっ!』
荷物を宮殿に捨てて来た補給隊はレノーとアゾを残し、銃で辺りを窺いながら音を立てずに来た道を戻って行った。その背中は月と煙の影で揺れていたのではなく、この惨状からくる震えだった。
『アゾ。中に入るぞ。』
『中と言いますと?』
『宮殿の中に決まっておるだろ。』




