火蓋の上下 17~バスチアの苛立ち
白い月が浮いたフランス先頭部隊の駐留地には所々、鯨油のランプが灯されていた。
『中尉殿、ベリーを獲って参りましたので、これでも召し上がり少し落ち着きを。』
パッシーン‼
バスチアは、笊にこんもりと盛られたベリーを、被っていたベレー帽で思い切り払った。
『あッ中尉殿!』
『こんな夜更けにベリーとは!何を考えておる!』
『なかなか寝付けないご様子でありましたので。』
茶灰色のベレー帽のつばの先がベリーの赤紫に滲んだ。
兵士は零れたベリーを一粒ずつ笊に戻した。
バスチアは戻し終わったところを見届けると、今度は牛革の軍靴でその笊を蹴り上げた。
『まだ、来んのか!!補給は‼ 』
バスチアの足元は長く続いた貧乏ゆすりで軍靴の底型に穴が掘れていた。
『連絡班もどうした?!行った切り戻って来んではないか!』
連絡班とは、この小高い山に駐留している先頭部隊と補給班のいる旧ジョラの村を行き来し、バスチアに報告していた部隊だ。
『待ちきれぬ!』
『しかし、中尉殿。補給が滞れば食糧どころか、弾薬さえも底をつきます。』
『うむ、、』
『今ある弾も、ここまでの湿地で使えるかどうか、、』
『補給だって湿地を通って来るんだ!同じ事であろう!火薬も薬莢に詰めてあるのなら湿気は防げるであろう!』
『それはそうでありますが、、』
『お前、そこで試し撃ちをしてみ。』
『ここでですか? しかし眼下はジョラの村ですが、、銃声でも聞かれてしまったら。』
『うるさい!やれ‼ 』
『はっ!』
兵士は鉄の実弾箱から薬莢を取り出すと銃剣に籠めた。
『やれ。』
パーーン!! バサッ
弾は暗闇に白煙を吐き出しながら葉の茂ったベリーの枝をへし折った。
『使えるではないか。』
バスチアはニコと笑った。
『弾さえ使えればどうにでもなる。食糧はジョラで調達すれば良い。家畜もおるんであろ?』
『しかしそれはもぬけの殻だった村のこと。この先でそんな生活をしているかどうか?』
『お前はいちいち「しかし。しかし。」うるさいんだよ!』
『行くぞ!補給は待たずにいく!支度をしろ!』
『しかし、、』
補給が来るまでは、とのんびり構えていた総勢250の先頭部隊は急場に支度を余儀なくされた。
『ほんとにこの装備で行く気か?バスチアは。』
『舐めてかからん方がいいと思うが、、』
『俺は大丈夫だと思うよ。一日もかからずに決着出来るさッ』
『全員しょっ引いて奴隷の道だ。』
『めんどくさい奴は撃てばいい。』
『カジュの酒とやらにはありつけるかな?』
『それより今は寝かせて欲しいよ。』
若いフランス兵は悲喜こもごもの会話をしながら、戦闘の準備を始めた。
『山を下るぞ!!』
バスチアは目の前に実っていたベリーの実をグワと掴むと口にふくんだ。
それは夜が明ける前の朝駆けに向けた行軍であった。




